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プロローグ:《ラグナロク》終了のお知らせ

「──さぁやってまいりました、またもこの時間が!!」


『いぇぇぇぇええい!』


 蒼い空に、キィィーンとマイク音が響き渡る。司会の声に、どこか遠くから地鳴りがするほどの熱気が応える。

 それを全身で感じ、また一呼吸置き叫ぶ。


「第──あれ、何回だっけ。ま、いいや。もう数えるのも億劫になってくるほど繰り返した神々の闘争劇《ラグナロク》! なぜ終末戦争が何度も繰り返されているんだ、とか、なぜ神々のと言っているのに北欧神話の戦争に限定されてるんだ、とか。ひとまずそんな疑問は置いちゃってください! それ完全に私の趣味なんで!」


 どっと笑いが広がったのを感じ、次の句を紡ぐ。


「んでですね、そんな何回も繰り広げられた闘争なんですが──ご存知の通り、決着がつきません。理由なんてのは単純で、この現代において神々の力というのは皆等しく平等になっちまったのです。神様という存在は人間の信仰心によってその強さを決するわけですが、今の時代、神を根っこから信じる者などいないのですよ。よって力の衰えた神々達はほっとんど変わらない力を持ってして勝敗なんか決まりっこない闘争を続けているわけであります」


 言いながら、ほんっと、神様って馬鹿だな〜と心の中で毒づく。

 決着がつくはずのない闘争を、もう何年も続けている。一度引き分けで終わったのちはずぅーっと引き分けの繰り返し。

 そもそも、全神類バトルロイヤルなんていう方式を取っているのに引き分けなんて結果になった時点で察するべきだ。それぞれの力の差はもう、かの戦神時代のようなものではない。差などとうの昔になくなっているのだと。

 そんなことも理解せず……いや、認めたくない神様たちは今でもバトルロイヤルを続ける。

 どうせならそれをバラエティのように扱って、非戦闘神たちに楽しんでもらおう。そう思い始まったのがこの神様用バラエティ番組《ラグナロク》だ。


「さて、そんな神様たちですが──今日こそは決着がつくのでしょうか!? 手に汗握るバトルを彩る神々を紹介いたします! まずは言わずと知れた北欧神話の英雄神──オーディン!」


 名を告げると共に、どこからともなく番組側が用意した戦闘フィールドに現れた騎士。

 手に握る槍の銘は《グングニル》──ひとたび放たれれば、どこまでも敵を追い絶命のその瞬間まで逃れることはできない。今までも多くの神を仕留めてきた神器だ。

 だが今ではその槍の力を最大限に発揮することはできない。何故ならば、人間たちがその槍の力を『あり得ない』とするからだ。

 ただ人間たちが信じないだけで、その有り様は脆く崩れ去る。どこまでも敵を追うとされた狂気の槍は、オーディンの力が及ぶ範囲までしか敵を追わず、仕留めたとしても絶命に至る前に敵が回復してしまう。

 なんとも世知辛い神世になってしまったものだ。人より強大な力を持つはずの神は、その力を人間に左右され本領を発揮できない。

 それでもなお、過去の栄光に縋りオーディンはこのバトルロイヤル《ラグナロク》に参加する。


「さて、お次は日本神話からご登場。天叢雲剣アマノムラクモノツルギを携えコンバンワ! ──須佐之男命スサノオノミコトです!」


 フィールドの上に暗黒の厚い雲が現れる。

 その切れ間から光が溢れ、フィールドに降り注ぐ。

 光はまるで階段のように、雲の上から一つの影をフィールドへと誘う。

 腰に下げた剣は八岐大蛇ヤマタノオロチを討ち倒した際、大蛇の尾から現れた天叢雲剣。邪なるモノを討ち、農業の発展と村の繁栄を象徴する。

 過去には天照大御神アマテラスオオミカミと共に剣を共有し、邪悪なる妖怪を成敗したという。

 だが現在、彼らを敬うものなど人間の中にはいない。皆電子機器溢れるIT社会に生き、農村に生きる者は数少ない。その上、神を形だけで祀り、その実これっぽっちも信用しないため彼らは力をほとんど失ってしまった。

 天照大御神はすでに英気をなくし、隠居生活を送っている。そんな彼に、まだ自分たちはやれる。そう誇示するために須佐之男命はこのバトルロイヤル《ラグナロク》に参加する。


「さあ、どんどん揃ってまいりました──お次はこの方、エジプト神話から──太陽神ラー!」


 須佐之男命が呼んだ雲が四方に流れる。

 隠れていた輝かんばかりの太陽が姿を表し、フィールドを端々まで照らす。

 突如、その光が消える。

 その理由はすぐに明らかとなった。何かが太陽の光を遮っているのだ。

 フィールドへと近づくその影はまさに太陽の化身と呼ぶに相応しい。その熱エネルギーは余すことなく周囲へと伝わり、空気を焦がす。

 背中に背負いし太陽の紋。それを封印するように絡まる鎖。

 太陽神ラーの降臨である。

 過去に一度、ラーの権威は衰え、自分を敬わない人間を滅ぼす為に人間界に自らの目から生み出したセクメトと呼ばれる殺戮兵器を送り込もうとするも、同じく神であるオシリスの意見により取りやめた。

 そんな過去を持つラーは人間に対して良いイメージを抱いていない。そんな人間たちに自らの力を思い知らせる。そのためにラーはこのバトルロイヤル《ラグナロク》に参加する。


「本日最後の参加神でございます。ギリシア神話から──全知全能の神ゼウス」


 その名だけは、口にするのを躊躇われた。同じ神であるはずの司会者でさえも。

 フィールドに冷気とも言える、うすら寒い気配が充満する。

 神界にある五大元素が震え、それに伴い世界が揺れる。

 本来どこにも属さない、すべての始まりである神がついに──姿を現す。

 神話は彼から始まり、彼に終わる。

 それは神話に限らず、すべての命がそこから始まり、死はつまり全知全能の神ゼウスへの帰還を意味する。

 言うなれば、世界そのもの。それがゼウスである。

 そこに意思はなく、元素がどうにか人としての形を創るのみに留まる。実体などはなから存在せず、圧倒的な神としての存在感だけが、そこにある何かをゼウスだと認識させる。

 形容し難き神の始祖。それがゼウスだ。


 もはや恒例とさえなったゼウスの《ラグナロク》参加……意思のないゼウスが参加することに理由があるとしたら、それはおそらく『調和の乱れ』を正すため。神々が一箇所に集まり闘争することで崩れる神界と人間界とのバランスを整えるため、このフィールドに顕現しているのだろう。


 そう考える司会の神は、慣れることのない威圧感に気圧されながら職務を全うする。

 いよいよ、始まる。


「本来交わることのなかった平行線の神話。その境界線がなくなってから数千年。幾度となく戦を繰り返し、世界の形を変えた戦神時代。その決着は、ゼウスの介入によって終わりを迎えることになった。

 だがそれに満足しなかった神は未だ闘争を続ける。己の欲のため──」


 司会の前置きに、神界のすべてが緊張に包まれる。


「さあ──今宵も戦を始めよう。《ラグナロク》開幕ゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!!」


『オァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 まさに熱狂。

 神界のいたるところでモニタリングされる神々の戦を眺める神々。

 幾度となく繰り返された《ラグナロク》に飽きる者もいれば、未だ熱冷めやらぬで戦を見つめる者もいる。

 彼らは気づいている。今のままでは近いうちに、神という存在は消えるだろうことに。

 そしてそれは、すでにどうしようもないことにも。


 神話は──終わる。


 ◆ ◆ ◆


 実は、この戦に決着がつかない理由は、人間たちの信仰がなくなり神々の力が衰えたからだけではない。

 やはり力を失いつつありながらも、その存在感だけは衰えることのない絶対神、ゼウスが参戦しているからでもあるのだ。

 多少なりとも実力に差が生まれるのは必然。それを突けば、実際は戦などとっくに終わるはずなのだ。

 だが現実は違う。それはなぜか。

 ゼウスが、その場にあるすべてをある一定のバランスに定めてしまうからだ。

 その『すべて』の中には、神々の総合的な戦闘力も含まれる。

 純粋な力、地の利、経験、運。勝負を左右する大事な要素が、すべてゼウスの手によって平等に揃えられてしまうのだ。

 条件が真の意味で同じになった時、勝敗が決することなくその戦は引き分けで終わる。

 そして当のゼウスは、戦が終わったとみるや姿を消すのである。

 ゼウスが、神々の戦によって神界と人間界とのバランスが崩れるのを阻止するために現れているのだとしたら、なぜ戦神時代の時には最後の最後まで現れなかったのだろうか。少なくともあの戦により、人間界に、神界がほんの少しだが傾き、人間が住む世界を大いに揺らしてしまった。

 考えれば考えるほどわからない。ゼウスはいったい、何を考えているのか──


「──そんなものは考えるだけ無駄ですね」


 と、今宵も仕事を無事終えることのできた司会の神がひとりごちる。

 もう何年も司会を務めてきた《ラグナロク》。今夜もそれはゼウスの手によって引き分けに終わり、もう何度と聞き飽きた視聴者の「また引き分けか……」という言葉を拾った。

 ここは神界。視聴者である神々の声は、ちょっと力を使えばどこにいても拾えてしまう。《ラグナロク》の企画を始めた当初こそ、その力によって聞こえてくる楽しかった、面白かったなどという感想を原動力にして頑張ってこれたのだが……ゼウスが現れるようになってからはマイナスな感想しか聞こえなくなってしまった。


「そろそろ、何か新しい要素を取り入れねばなりませんかねぇ……」


 司会の神はため息をつく。

 ……念のため言っておくが、別に『司会神』という意味で言っているのではなく、『司会を担当している神』という意味で言っている。

 その司会の神──サローネは、《ラグナロク》放送局の会議室にあたる場所へと足を運んでいた。

 神々の世界でも、人間界同様の生活空間が広がっている。ビルもあれば家電なども存在し、それぞれに仕事もある。

 たがその仕様はまったく異なり、たとえばテレビなんかは電波など使わず、神の力により目で見たモノを神界中に発信──という感じである。

 だが、やはりその神の力も人間の信仰心が薄れていることにより段々と衰え、今では複数の神たちが力を合わせてでないと映像を届けたりなんてのはできなくなっている。


「どうせなら、人間様方に私たち神の存在を証明できるような。それでいて視聴者の皆様に楽しんでいただけるような新企画がいいですよねぇ……」


 言いながら足を止める。会議室に着いたのだ。

 《ラグナロク》終了後は毎回こうして会議室に集まり、反省会が行われる。

 今日もどうせ、大した進展などないだろう……、とため息をつきながら会議室に入るサローネ。中にはすでに運営委員会の神々が集まり、司会として最後まで番組を支えていたサローネが一番最後ということになる。

 サローネが席に着いたのを確認し、《ラグナロク》運営委員会の委員長が口を開く。


「では、第……回《ラグナロク》反省会議を始める」


 あ、今数をごまかした。

 さすがにもう何度目の反省会か憶えてなどいないだろう。

 と内心笑っていたが、このままいつも通りの反省会をしたのではまた次もゼウスの介入により同じ結果を迎えてしまう。それでは泥沼にはまる一方だ。

 意を決して会議を遮る。


「あの、良いですか」

「どうぞ、サローネ君」


 委員長も同じ気持ちだったのだろう。会議を遮ったサローネに何を言うでもなく、半ば縋るような声で先を促す。


「……みなさんもご存知の通り、引き分けで終わる《ラグナロク》がもう何年も続いています。このままでは視聴者も減るし、何より私たち放送局の神力が足りなくなってしまいます」

「……ふむ。それが現段階での改善すべき問題点だな」


 ちなみに神力とは読んで字のごとく神の力である。《ラグナロク》の様子を中継したりする時に使う力でもある。


「今のまま《ラグナロク》を続けるのは正直厳しいです。ここらで何らかの変化を加えないと……」


 そんなのはここにいる誰もがわかっていることだ。ゆえに委員長は言う。


「サローネ君は何か、案はあるかね?」

「…………」


 ないことは、ない。

 実は先ほど、これ以上にない名案を思いついたのだ。

 人間様方に神々の存在を証明し、なおかつ離れていった視聴者をまた取り戻せる、新たなアイディアが。

 だがそれは、人間に危険が及ぶ上に、確実に神界と人間界のバランスが崩れる荒技だ。そこにゼウスが現れまた邪魔が入らないとも限らない。

 ……が、これ以外に案は思いつかなかった。


「……あるには、あります。ですがそれはかなりのリスクを伴う上に、やはりゼウスの介入が予想されます」

「……言うだけ言ってみてくれ。ここにいるみんな、すでに頭を振り絞った後なのだ。今さら案など出ようものか」

「……では」


 そしてサローネは語った。その案を。

 人間に危害を及ぼし、神界と人間界のバランスを崩し、ゼウスの介入を許すことになるであろう、その案を。



「……危険だが、もうそれしかない。新企画として動き出そう。異論はあるかね?」


 会議室からは声が上がらない。

 全員の了承を得て、サローネの案は実行に移されることとなった。


 ◆ ◆ ◆


「──さぁてさてコンバンワ! 《ラグナロク》司会のサローネです! 実は女の子な私ですが、そんなどうでもいい事実はぽいしちゃいましょうッ! 今日はお知らせがあって参上した次第にございます」


 突如としてテレビに映ったサローネを、全神界の神々は食い入り気味に見つめる。


 ──聞こえてくる声はどれもこれも興味心身。出だしは順調。


「実は──神々のバトルロワイヤル《ラグナロク》は次回をもって『終了』とさせていただくこととなりました」


 サローネの耳に届く声の中にブーイングが混じる。不快な声が脳を埋め尽くす反面、これから告げる言葉にどれだけの神が心踊らせるか楽しみで仕方ない。


「が、しかぁし! それと同時に新企画を立ち上げます! ずばり──《神人戦争しんじんせんそう》」


 そしてサローネは一字一句細やかに、その企画の詳細を語る。そして感じる。

 耳に届く声に、確かな手応えがあることを。


「参加者数無制限! それでは、全神類参加型企画《神人戦争》──乞うご期待!」



 こうして永きに渡り続いた《ラグナロク》はついに終わりを迎え、新たな戦争の始まりを告げた。


 舞台は人間界・・・


 神話は終わり──新たな物語が、幕を開ける。

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