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8 名前

8 名前



「・・・四節の名前か」


二本目のハニーバーを中程まで食べ進め、お茶を一口。

それからトゥリアは、手にしたカップの中で、揺れる水面を見ながら、眉根を寄せるようにして呟いた。


「四節?」

「フィンの名前のことを少し考えていたんだけどね」

「名前?フィン?」

「う~ん、フィン・セレファイスそれが基本の名前なんだと思うんだけど、二節目のアスティルと四節目のセフィリアシスの部分が気になった感じなのかな」


首を傾げるフィンへと、トゥリアは曖昧に笑いかけ、パキリと小気味良い音を立ててハニーバーをもう一齧りする。

口の中の一欠片を口内の温度で溶かすようして食べる時間で、トゥリアは自分の思った事を纏め、考えていた。


この世界の一般的な名前の構成は、名前の最初、単語の一節目に個人の名前が来て、二節目に血族や所属等の、繋がりとしての名前が来る筈だった。

家や組織等を示す所属。何々家の誰、何処何処に務めを持つ誰と言う、そんな意味合いが基本の形になる。


仮に孤児だったとすれば、個人の名前の次に来る所属としての名前にあたるのは、保護され町や、施設の名前と言う事になる。

フィンがこの子自身の名前なら、セレファイスはフィンの家族や所属していた場所の名前の筈だった。


「セレファイスのフィン、そこに象徴が増えると、個人と所属の間に象徴を示す単語が追加される」

「象徴が増える?」

「そう、違う時もあるけれど、三節の名前を持つ人の二節目にあたるのはだいたい象徴を意味する名前。これは、誰もが持つものじゃなくて、その者を性質を表すものやその者自身の本質が兆しとして発現したものなんて言われてる」

「兆しの、発現」


一つの単語を発するとともに瞬きを繰り返すフィンの様子。

そんなフィンの反応を窺いながら、トゥリアは口の中の甘さの余韻をお茶で流し、ついでに喉を潤す。

僅かに傾げられた首でトゥリアをみるフィンの眼差しに、トゥリアはこの先をどう伝えたものかと考えながらも口を開いていった。


「兆しの発現って言うのは、分かりやすいものだと教会の啓示とかだと思う。なにかお告げがあるらしいんだけどね。でも今だと職業とかを示すものが普通になっている感じでもあるんだ」

「・・・ノクス」


呟かれたその言葉にトゥリアは僅かに目を見開く。

目を見張るようにして、フィンを見詰め、そしてふわりと笑みを浮かべた。


「僕の名前だね。トゥリア・ノクス・カイヤナイト」


フィンに告げたトゥリアの名前。

名乗ったのはトゥリア自身で、けれど、フィンが呼んでくれるとは思っていなかった為の驚きだった。

さっきの今の事で、交わした言葉があり、けれど、それでもフィンの視界に自分が映っているのかすらトゥリアは不安だったのだ。


「ねえ、フィン」

「うん?」

「あとね、今では、名前の二節目には、魔法を使う人たちが、自分の代名詞となる属性を入れていたり、名の知られた剣士が自らの扱う武器の名前や、技名を入れていたりするんだ」


フィンの端的な疑問と思われる言葉にトゥリアは説明を足して言葉を続ける。


名前の二節目は今ではある種の役職名である事が、正式なところだとトゥリアは聞いていた。

神官や役人等の職業から、咎人等の罪歴を示す名前が入る事もあると。

けれど、正式にはそうでも一般的には少し違うのだった。


「自己ピーアール、自分はこれが得意なんだ、自慢にしているって感じかな」


冒険者等に多いのがこの自称二つ名。

功績に応じて周りからの評価で呼ばれるようになる二つ名ではなく、自分で自分を表明する手段としての活用。


「ノクス・・・“夜”」


囁くような声音が告げる。

予想はしていて、だからトゥリアはその顔に笑みを浮かべたままでいられた。


「ノクス、とても古い言葉で意味は“夜”、フィンは知っていたんだね」


知られていた驚き、知っているのではないかないかの予感。

けれど、その意味までは分かってしまっているのかとトゥリアは考える。

“夜”を名前の二節目に頂くと言うその理由を。


「職業、自分、兆し」


フィンは考えているのかもしれなかった。

端的に言葉を紬ぎ、トゥリアを映す瞳。

多分だが意味が分からないのだろう。それはそうだとトゥリアも思う。思い、同時にどこかで安堵している自分に気付き、フィンへと向ける笑みへと淡いものを滲ませてしまう。


“夜”が職業とか、“夜”が自分のアピールだとか、兆しはそもそもの意味が捉え難い。


「白の王と黒の獣、聞いたことあるかな?」


突然の話題の転換だとトゥリアも分かっているが、この先を話す為には必要な確認だった。

トゥリアが告げたのは、この世界で最も有名な物語の題名。伝承であり、そして歴史でもある物語。


「白の王と・・・分からない」


あまりにも有名で、子供向けの童話から、大人向けの劇場の公演、詩や書籍あらゆるものに編纂され今なお親しまれている、知らない者等いないに等しい筈の物語。

知っているかどうか等、本来ならば確認するまでもない筈で、けれど問い掛けたトゥリアの言葉にフィンは分からないと答えた。


「分からないか、じゃあ、ちょっと話してみるから聞いていて欲しい」


そう言ってトゥリアは僅かに笑むと、そのまま話し始めた。


それは、古い物語り。

ずっと昔で、でも本当にあった出来事。


世界には人間がいて、人でない妖精がいて、獣人がいて魔族や怪異なんて種族もいた。

そして争いがあった。


人と人でないもの、人どうしですらも些細な事からいがみあい武器を取る。

幾千の憎しみと幾万の悲しみの中、争いが争いを呼び、そして、誰もが戦う理由を見失っていく、そんな時代。


大地には昼夜を問わず、悲鳴や怒号がこだまして、(あまね)く世界には、覚める事のない夜の夢が舞い降りる。


それは、夜色の深遠。

その果てに目覚めた黒き夜闇の獣。

黒き獣は、人を、動物を、そして大地を蝕み、侵し、喰らって行った。

空が、大地が、海が喰われ、多くの命は失われてしまった。


誰もが等しく絶望したんだ。


世界はこのまま滅びの一途を辿るのかって。


でも、そこに白銀(しろがね)の騎士が立ち上がる。

黒き獣と対峙する白銀の騎士が纏う光は“夜”の侵蝕の(ことごと)くを防ぎきり、その手に携えた光は、獣の身体を容易く切り裂いた。

力の限り、想いの限り、白銀の騎士は戦って戦って戦い抜いた。


そして幾夜の時を戦い抜き、白銀の騎士は遂に黒き獣を打ち倒した。

闇夜を切り裂き、蝕の侵食を打ち払い、世界に光ある平穏を取り戻したんだ。


そして戦いの後、白銀の騎士は人々に望まれるまま王となり、白銀の君または白の王と呼ばれるようになった。


それはこの世界に伝わる英雄譚。

偉大で崇高なる彼の王の物語 。



「これで、おしまい」


終わりを告げてお茶を一口。

あれだけ凄まじいと感じたお茶の味が、ハニーバーの強い甘さの余韻の為か、今なお口当たり滑らかに、そして飲み込む事で長く話して疲れた喉を潤す。


「聞いてくれてありがとう」


トゥリアはそう告げると、トゥリアをその双方に映し眺め見るフィンの瞳を意識した。

感情の揺らぎを見せる事のない、静かな薄い藍色の瞳は、凪いだ湖面のように深沈とした色合いを湛え、その思考の一切をトゥリアに窺わせる事がないまま。

けれど、聞いてはいてくれたようで、フィンは口を開いた。


「黒い獣、夜闇の獣、夜・・・(ノクス)

「そう、僕は夜。夜の色を髪色に持つ。だからトゥリア・ノクス」


フィンの綴る言葉。

その答え合わせのようにトゥリアは告げ、前髪を一摘み持ち上げて見せると、自分もまた上目使いにその髪色を見た。

自分につけられた名前の由来を示す黒色の髪を。


「夜と黒色は違うよ」

「え?」


フィンの告げる言葉にトゥリアは反射的な戸惑いを返す。


「トゥリアの髪は夜の色。うん、でも、黒色は違う」


重ねられるフィンの言葉。

髪を持っていた手を下ろし、トゥリアは見返すフィンの眼差しに首を傾げた。

夜の色と言われて、トゥリアは黒色を思い浮かべていた。トゥリアだけでなく、多くの人がそう答えるのではないかと思う。

けれど、フィンは違うと言った。


「夜は、黒色じゃない・・・?」


違うと言い、なのに黒色の髪色を持つトゥリアを夜色だと言う。

どう言う事なのだろうか。


「あ・・・」


フィンの微かな声。

その声に前後するかのように、トゥリアの視界か急に陰った。

何かがトゥリアの上に影を落としたのではなく、照明の放っていた光の量自体が減ってしまったようだった。


「魔力切れかな」

「うん?日が暮れて、眠る時間」

「・・・えっと?」


部屋を照らしていた、照明の魔法道具に込められていた力が切れかけているのだと思ったトゥリアの言葉にフィンの説明らしき言葉が返されたのだが、意味が分からなかった。

それを察してくれたのかフィンはもう一度口を開く。


「場所の日の光が通過する。光の量が一定を下回る。寝る時間」

「・・・・・・」


トゥリアは考える。

フィンのしてくれた説明を理解しようと、眉根を寄せ、薄暗い室内をぼんやりとした眼差しで眺め見る。


魔法道具とは媒体となるものに、“刻印”を用いて魔法の力を定着させ、その力を定着させた媒体を核に、望む効果を発揮させる道具の事だった。


「宿屋の照明だと、光か火の魔法を刻んだ核に、特定の言葉で点灯と消灯を指示出来る仕組みがあったはずだけど、そんな感じかな?」


薄ぼんやりとした光を湛えるのみとなった頭上の結晶を見上げ、トゥリアは首を傾げた。


光を発しているのは、掘り出したか、削り出したままの原石を思わせるごつごととした鉱石で、大きさは両手の平に収まる程だった。

加工してあるようには見えないその状態に、トゥリアはそれが、天然の発光鉱物だと思っていたのだが、フィンの口ぶりからどうやら違うらしいと察せられる。


「石が共鳴する。これは欠片で、親石の状態で光り方が変わる。分かる?」


考え込んでしまっていたトゥリアの様子に、フィンもまた説明を考えてくれていたのかもしれない。

こてんと擬音が聞こえて来そうな首を傾げるフィンの挙動にトゥリアが意識を向ければ、そんな説明と共に問い掛けて来た。


「・・・どこか別の場所にある、もともとの石の、その時々の状態で、ここにあるカケラの光り方が変化する、ってことで良いのかな」

「良いと思う」

「そっか、教えてくれてありがとう」


つまりは、トゥリアが最初思っていた通り、光を発している頭上の石は、魔法道具等ではなく、そう言う性質を持った鉱物と言う事らしい。


ただ、お礼を告げながらも、トゥリアには気になる事があった。

アースウォーカー(冒険者)として各地を回っているトゥリアだが、フィンが言うような性質を持った鉱物について、噂レベルの話しですらも聞いた事がなかったのだ。


(イージスの森、特有の未知なる素材だったりするのかな?)


新しい発見への期待と興味。そして、利益への臭覚。

見上げる鉱石が発している、仄かな光の淡い色合いは瞳に優しく、照らす者を眠りに誘っているかのようだった。


自然と瞼は落ちかけ、けれど、それではいけないとトゥリアは瞬きを繰り返す。

気分を変えるためにも、鉱石の事をもう少し詳しく聞けないものかと、トゥリアは視線を下ろして行く。

そして、先程とは違う理由で瞬きを繰り返す事になった。

トゥリアの見詰める先、またもいた筈の場所からフィンの姿がなくなっていたのだ。


一瞬にして目が覚めた。

会話の為に口を開くのではなく、トゥリアは目を見開く。


今の今まで、フィンは端的ではあったが相槌のような返事をしてくれていたのだ。


「フィン?」


見回してみるが、先程とは異なり、フィンの姿は部屋の何処にもなかった。


「興味のない話しをして、あきれさせちゃったかな?」


困ったように微苦笑するトゥリアは、そんな事を呟きながらも再度部屋を見回した。

死角等ないに等しい室内。フィンの姿が何処にもないのは一目瞭然で、どうしたものかとトゥリアは考える。


聞いていてくれるトゥリアの話しと、聞かれないトゥリア自身の事。

トゥリアは自分の事を話しているようで、その実、現状に至るまでの事をなにも説明してはいなかったのだ。


優先させたのは、トゥリア自身の欲求で、探していたのはフィンとの繋がり。


「そっか、僕は、あの子のことを・・・」


そこまでを声に出して呟くと、トゥリアは続く言葉を飲み込んで淡く微笑んだ。

その微笑みを見るものがいたなら、切なさすらも感じさせる、今にも泣き出しそうな顔だと思ったかもしれない。そんな不思議な微笑。


「見つけた・・・って、でも、それは僕の方かもしれない」

「見付けた?」

「うん、僕の旅する目的って言うか、アースウォーカー(冒険者)をやっている理由かな」


死んだと思った、あの最後の瞬間に聞いた筈の言葉。

“見付けた”と、あの時の言葉を呟いた時、途切れていた反応が返されて来て、けれどトゥリアは何事もなくその反応へと会話を続けていた。


「僕にはね、四年ぐらい前のある日以前の記憶がないんだ」

「うん?」


奥のドアの向こうに行っていたのか、ドアの開閉の音こそしなかったが、フィンはそこに立っていた。

右腕にかけるようにして持っているのはブランケットだろうか。


「でも、そのない記憶の中にだと思うんだけど、断片的にもフラッシュバックする“いつか”、があったんだ」

「いつか?」

「わからないんだ、あれがいつで、あの子がどこにいるのか」


探す為に、トゥリアは世界中を回り、あらゆる情報の飛び交う、冒険者と言う職を選んだのだった。


トゥリアはドアの前に佇むフィンを見詰めた。


「記憶のない何時か、探している誰かで何処か。それがトゥリア?」

「そう、なのかな」


曖昧に笑う。そんなトゥリアの眼前に、濃い茶色のもふもふが付き出される。

それが、フィンの手にしていたブランケットだと気付いた時には、反射的に受け取っていた。

その瞬間の、もふっと指が埋もれるような柔らかさと、そのまま零れ落ちてしまうのではないかとトゥリアが慌てた程のすべすべとした感触。


「奥の手前の部屋を、お休みなさい。良い夜を」

「おやすみ、え?」


なんとなく予想は出来ていたが、返事をしてしまいはっと顔を上げたトゥリアの視界からは、フィンの姿がなくなってしまっていた。


「・・・よい夜、か。それにしても、手触りが、もふっとして、すごいな」


手の中のもふもふに指を埋めながら、トゥリアはフィンの消えていったであろうドアを表情なく見詰めていた。

トゥリア「トゥリア・ノクス・カイヤナイトです」

フィン「トゥリアで夜で夜より深い青の石」

トゥリア「少しだけ出ました僕の裏設定」

フィン「裏?」

トゥリア「本当に少しだけだけどね」

フィン「ん、よろしく?」

トゥリア「え、うん、よろしく」

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