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6 イージスの深苑

5 イージスの深苑



「夢・・・?」


目だけを動かして、もう一度見回す周囲の様子。

何かを探すためではなく、仰向けのまま、体を動かさずに確認するのは一先ずの安全。

トゥリアはもう一度目を閉じ、より深く周囲を探る。

耳をすまし、肌で空気を感じるが、やはり周囲に“誰か”の存在どころか、生き物の気配すらもないようだった。


「・・・っ、たた」


小さく呻くトゥリア自身の声。

確認出来た安全に安堵し、身体を身じろがせるが、本格的に起こそうとした上半身が軋み、起き上がろうとしたトゥリアの意思に抗議するかのように、全身の筋肉が鈍い悲鳴を上げる。

どれ程の時間、自分はこの場所の地面へと仰向けに横たわっていたのだろうかと、しかめる顔にも思わずにはいられなかった。


ベッドの上どころか、屋内ですらもないのに、眠っている時のように横たわっていたトゥリアの身体。

下は一応乾いてはいるが硬い土の地面で、トゥリアはそこに倒れていたと言うのが正解だろう。


それでもとトゥリアは首を傾げる。この全身の硬直具合はどういう事なのかと。

野宿の経験はあるが、ここまで寝起きが悪いのも珍しい、そんな事を思いながらも、ゆっくりと筋を伸ばすように四肢を動かし、身体を少しずつほぐして節々の痛みを和らげて行く。

そうしてどうにか起こした身体で、目だけではなく、首を使って周囲を見回した。


時折垣間見る、黒い影のような木々の連なり。

漂うでもなく、その場に満ちた、深い霧の茫漠たる光景。

それはやはり、未だトゥリアが夢の中にいるかのように、世界を曖昧なものに見せている。

そんな思いに拍車をかけているのが、霧と言ってはみたが、感じられない空気の湿り気や、霧の発生に伴われる筈の土や木々の匂いだろうか。

それらの何処か無機質な感覚が、自身が森の中にいると言う意識すらも、希薄に感じさせていた。


「えっと・・・?」


思い出そうとしてみる今の自分の状態だったが、思うように考えが纏められない。


トゥリアの意識の片隅にあるのは声の響き。

そして聞いた言葉の内容。

あの時、目覚める間際に聞いた筈のその声が、どうしようもなくトゥリアの意識を攫っていく。


「・・・なにが、どこまでが、夢・・・・・・?」


トゥリアは声に出して呟いている。


「・・・・・・」


今の自分の状況とこの先の事。本当ならトゥリアは直ぐにでも動かなければならない。

けれど、そんな場合ではないと理解しつつも、逸れて行く思考は、探るようにして答えを求め続けて行く。


「声を・・・“聲”?」


呟くトゥリアが不意に思い出すのは、あの声を自分は耳で聞いた訳ではないのではと、そんな漠然とした感覚だった。


覆うようにして押さえた左耳を、そのまま左手で擦るようにして撫る。

耳が音として意味を聞き取ったのではなく、頭の内側に直接意思を響かせられているような、そんな不思議な感覚の“聲”をトゥリアは思う。

聴覚で捉えている訳ではないから、トゥリアには聞く事を拒む事の出来ない“聲”で、その方法の結果は一方的な意思の伝播。


「夢なのかな」


夢でしかないのだからと言う諦感。

夢でなけば良いと言う切望。


「夢?」

「うん」

「夢を見たの?」

「そ、う・・・?」


その瞬間の遅すぎる違和感がトゥリアに首を傾げさせた。


「・・・え?」

「うん?」


傾げた首。傾いた視界。

唖然と漏れ出た、自分のものとは思えない声にトゥリアは硬直する。


−リィン、チリン−


近く、遠く。

鈴に似た何かを転がし、ぶつかり合うような響きが空気を微かに震わせる。

トゥリアの見詰めるその場所には、淡く弾け、舞い散る光が瞬いて・・・そこには、トゥリアと同じように首を傾げた少女の姿があった。


年の頃は十五から十七歳程度だろうか、トゥリアと同じくらいか、少し幼いぐらいの女の子。


けれど、とトゥリアは思った。


身長は百六十と少しぐらいだろうか、トゥリアより十センチ弱は低い筈だが、今はトゥリアがまだ立ち上がっていなかった事もあり、トゥリアがやや見上げ、少女が見下ろしていると言った状態。


トゥリアは瞬きすらも忘れ、ただ見詰めて・・・


一人首を傾げて佇む少女の姿。

いつからそこにいたのか、トゥリアが気付いたその時には、少女はそこにいた。


「・・・・・・」


トゥリアの目を引き付ける、癖のない髪は、金と言うにはあまりに色素が薄く、白に限りなく近い白金。

癖のない髪の繊細な流れが、少女の羽織る空色のポンチョの胸もと迄に瞬くような光を散らしていた。

それはまるで星や月の光を紡いで編み上げたかのように、その髪の一本一本に淡くも冴え冴えとした煌めきを湛えている。

そして、その髪と同じ、白金の光に縁取られた薄い藍色の瞳。

その瞳は、夜明けを迎えた空の光を宿した神秘的な美しさの中に、トゥリアだけではない世界の全てを映し込んでいるかのようにさえ感じさせる。

透けるような白い肌の木目は細かく、すっと伸びた鼻梁と、そこだけ赤い唇の艶やかさ。人形のような等と言う言葉では生ぬるい、そんな美しい少女の存在がそこにはあった。


どうしてこんな場所に人がいるのか?それも自分より年下であるだろう女の子が一人きりで?

それらは当然思うべき疑問。

けれど少女の纏う空気と、少女がそこにいると言う光景は、トゥリアから口にすべき疑問の全てを奪い去り、疑念の欠片をも抱かせる事がない程に神秘的で圧倒的ですらあった。

魅了されたのとは違っていて、けれどそうする事が当たり前であると言うかのように、トゥリアはただ少女へと笑いかけ、微笑する。

この少女が自分と親しい既知の間柄の存在であるかのように。


「・・・泣いて」

「え?」


呟くような少女の言葉の意味が分からなくて、トゥリアは戸惑いの声を発する。

けれど、色彩が混じり、境界が滲むように、いつの間にかトゥリアの見上げた視界がぼやけていた。


「えっと、あれ?なんだろう」


意味が分からなかった。

分からないのに、触れた自分の目もとが濡れている事に気付き、トゥリアは反射的に目を擦る。

確かに自分は泣いているらしい。けれど悲しい訳ではないのだ。そんな自分で自分が分からないトゥリアの戸惑い。


「まだ薄暗いけれど、夕方ってことはなさそうだから早朝ってことになるのかな?」


振り払うように強く目を擦ると、誤魔化すように浮かべる笑みにトゥリアは尋ね、もう一度見詰めた少女から視線を外すと、更に上方を見上げた。


トゥリアの視界の半分以上を丈のある木々から茂った葉が埋め、けれど上方を覆う霧だけはそう厚くないのか、その遥か向こうの空に、薄紫から薄い青に染まりかけ、夜明けを控えた空の色を垣間見る事が出来た。


そして、視界に映し出される光景がトゥリアに“忘れていられた”出来事を思い出させ始める。


木々を幾本も挟んだその向こうで、切りだった崖の、聳え立つ様子を見上げる。


「・・・この崖の上から落ちてきたってこと?・・・え?」


言葉は自然に口から零れ、視線で辿る崖の上部は空へと呑まれ行くかのように、窺い見る事すら難しいその縁にトゥリアはただ戦慄する。


そこは、空の一角を切り取るかのようにしてある大地の隆起。

木々の合間から覗いた、かなりの高所にあたる崖の切れ目。その見詰めた光景からトゥリアは唐突に何があったのかの全てを思い出した。


「・・・うん?」


もう一度、どこか呆然と呟き左手は自身の胸もとへと無意識に伸びていた。


見上げていた場所から、崖伝いに視線は下へ下へと、そして、不意に途切れた霧の向こう、トゥリアはその場所にあるものを視界へと入れた。


森の獣の仕業か、強風等の影響があったのか、その木は幹の中程から折れてしまっていた。

倒れて時間がたっているのか、見える範囲のどの枝にも葉は残っていないようだった。

そしてそれは、倒れてしまってもなお空を指し示すようにして伸ばされている一際太い枝も同じ。


見詰めるトゥリアの表情には、今はもう苦笑すら浮かんではいなかった。


空を指し示す枝の尖端が無惨にも折れ、凶悪な断面を晒し聳えている様子をトゥリアは凝視する。

痛みの記憶とともに焼けついている光景。自分の胸もとから生えていたあの枝だと思った。


トゥリアの表情は無表情に近く、情動の全てが抜け落ちてしまったかのような顔にも、続けて見下ろした場所で左手に触れている自分の胸の中央辺り。


「・・・・・・」


浅い呼吸を繰り返す。

声すらも、発する事が出来なくなっていた。


その“何の異状もない”自身の身体を眺め続け、トゥリアはただ沈黙を余儀なくされる。


そこには何もなかった。

いや違う。あるのは、見慣れた自分の身体だ。


着慣れた濃紺色のジャケットを、開いたままにしている胸もと。そこには、ジャケットの下に着込んでいるチュニックの暗い紺色の生地が覗く。


夢ではない。夢の筈がない。

疑う事すらも難しく、生々しい感覚としてトゥリア自身が覚えている。


「あ、う・・・」


嗚咽にもならない、喘ぐ声の断片。


意識に焼け付く痛み。

感じた自分の血の熱さとは対照的に身体は冷えていく。

ただ寒くて、それは明確な・・・


「死ぬんだって、死んだんだって、そう思ったから・・・」


思い出してしまった記憶の最後を、絞り出すようにして声に出す。


トゥリアは自身の胸もとに触れ、見下ろし、だが、そこにはどれ程確かめようと、何の異常も、異変の痕跡もなかった。

そう、あの瞬間、折れた木の枝が胸を貫いた筈の傷どころか、着ているチュニックにすら、旅の間に出来たであろう綻び以外の傷みは見られないのだ。


「・・・たとえばだけど、あの時、回復の魔法を使える者がそばにいたとして、それでも、死に至るような傷を完全に治癒してしまうことは、今の魔法の技術では無理なんだって、そう、ライが言っていたから」


意識を取り戻した時、トゥリアは一人だった。

この霧深い森の一角で、そばには誰もいない状況。


「ここはイージスの森で、それ以上に、僕にとって魔法は“意味がない”」

「意味がない?」


独白の言葉に聞き返されトゥリアははっとする。


目を覚ました時、確かに自分は一人だった筈だが、今は違うのだ。

未だ座り込んだままのトゥリアを、変わらず見下ろしている少女の存在。

薄い藍色の瞳がトゥリアをただ映していて、見つめ返し、そうしているとトゥリアは自分の動悸が収まり、緊張が解れて行くのを感じていた。

そして、落ち着いて来た事で取り戻す現状への危機感に、顔が緊張で強張って行くのを自覚する。

ここは安全な町の中等ではなく、危険な魔獣が蔓延る森の中なのだと、今更ながらに思い出していたのだ。


「えっと、ごめん。いろいろと混乱していて、どこか、落ちつけるところとかあるといいんだけど」


ぎこちないと思うが、どうにか取り繕うようにして浮かべる微笑みに、トゥリアは少女へと話し掛けてみた。


少女へとトゥリアの緊張が伝わり、余計な警戒を抱かせたり、不安を煽らない為の微笑。

けれど、それ以上にトゥリアはこの少女には、自分の笑った顔を見せていたいと、そんな思いがあった。


「どこか、ここでない場所・・・」

「うーん、君は一人?だれかと一緒じゃないの?」


常識的に考えれば、こんな危険な森の奥に女の子が一人でいる筈がないのだ。

一緒に森へと踏み込んだ仲間か、保護者に該当する誰かがいて然るべきだと思い聞いてみたのだが、少女はトゥリアを見返す眼差しに首を傾げてしまうばかり。


「ひとり・・・誰か、いた場所」

「えっと、え?」


断片的な喋りの最中、おもむろにトゥリアへと差し出される手があった。

長い指はしなやかで、手首から肘迄を守る為と言うよりも、飾るかのような籠手の細工は、精緻な銀の蔦のような図案を描きトゥリアの目を引いた。


「あ、うん。ありがとう」


察する意図に差し出された手を借り、体重を掛け過ぎないように注意しながらトゥリアは立ち上がる。

重ねた手の暖かさに安堵するトゥリアは、自分の手が思いの外冷たくなってしまっている事に気付いた。


「・・・!!!」


あまりにも自然に取ってしまった少女の手。

触れているトゥリアの右手、その手に感じる柔らかさを今更ながらに意識し、先程までとは異なる緊張感が沸き上がって来るのをトゥリアは感じていた。

顔が熱い。耳も熱く赤くなっているのではないかと思い至ってしまう羞恥が、トゥリアを更に赤面させる。


そんなトゥリアの反応に気付いていないのか、気付いていても気にしていないだけなのか、少女はトゥリアの手を取ったまま歩き始めた。



―踵に翼、翡駿馬の蹄 渡るよ 西風の乙女(ゼピュロシア)


歌の一節を口ずさむかのような響きがトゥリアの耳朶に染み入る。

優しく、涼やかな旋律にリズムを刻む少女の声音。


吹き抜ける風に背を押される感覚。

瞬きをトゥリアがしたその瞬間、世界が切り替わった。


ライ「うおらぁぁぁぁ」

トゥリア「え、なに?」

ライ「オレの出番がねぇってのになにオマエはカワイイ超絶美少女とヨロシクしてンだ‼」

トゥリア「えっと」

ライ「しかも手を握るとか何様のつもりだ!このムッツリめ!」

トゥリア「ムッツリって、ええっ!」

ライ「オマエのコトだ、どーせ握るだけじゃ飽きたらず、さわさわ、フニフニのニギニギと堪能しまくってンだろ!」

トゥリア「してない!してないよ!そんなの!」

ライ「信じられるか!つーかオマエ今ドコいンだよ!殴りにいってやる!スグ言え!ほら言え!キシャー」

トゥリア「ライがこわれた!」

トゥリア「次は彼女から話しを聞くつもりだから、もう少しいろいろとわかると思うんだけど?」

ライ「彼女だと!オマエもうカレシづらか!」

トゥリア「違うよ!違うからね‼」

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