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4 夜の獣〜ノクスウルフ戦2~

長いです。


3 夜の獣〜ノクスウルフ戦2~


聞こえなくなった銃声。

ライの指示から、まだ然程の時間は経過していない。

一分?二分?仕切り直しのように対峙した獣との視線の交錯に、トゥリアには既に良く分からなくなっていたのだが、恐らくはその程度の時の進みでしかないのだろう。

援護の銃声は既に絶えている。

だが、ライがトゥリアを置いて一人逃げ出した訳では勿論ない。

“準備”に集中しているのだろう、邪魔をされない為かその気配は酷く薄かったが、トゥリアの耳には、ライを発生源とした、何かを弄るそんな音が聞こえいていた。


ライはライのやるべき事を進めている。

ならば自分もまた同様に頑張らなければいけない。

そうして、トゥリアもまた、ライが希望した通り、ライが準備を終えるまで漆黒の獣を引き付け続けるべく奮闘を続けるのだった。


獣を引き付けること事態は難しくなかった。

漆黒の獣は、どうやらトゥリアに狙いを定めているらしく、木々の障害物を利用しながらも走るトゥリアへひたすらに追い縋って来るのだ。

けれど、引き付ける事はどうにか出来ても、引き付け゛続ける゛事は酷く困難だった。


(日が沈む・・・)


移り変わる景色の中、木々の暗いシルエットを滲ませた朱い残光をトゥリアは見ていた。


このイージスの森で、ウルフハウンドとの遭遇戦になった時、既に日は傾き始めていたのだ。

そして今、木々の向こうに日は殆ど沈み終え、森は着実に深い影を広げつつあった。

今はもう、数メートル先の場所にすら、まともに視界が利かなくなっているのだ。


トゥリアの駆ける地面は、ウルフハウンドを相手にしていた時もそうだったが、木の根に下草と酷く不安定だった。

不確かな方向感覚の中、トゥリアの進行方向を生い茂った茂みや迫り出した枝葉が覆い塞いでいるのだ。


着実に明度を落とし、闇の深まりつつある周囲の光景。

けれど、それらの悪条件に影響を受けているのはトゥリアだけのようだった。

漆黒の獣は、トゥリアの障害となっている、その全てをないもののように駆け続ける。

トゥリア個人との基本的な身体能力の差も歴然としたものだったが、森に対して新参でしかない一介の人間と、森を住家として来た野生の獣の差がその根底にはあるのだろう。


動きの持つそもそもの破壊力が、漆黒の獣の行動を遮る全てを蹴散らす。

考えなくてもその差を痛感させられているが、考えれば考える程に、トゥリアにとっての不利な要素だけが現状には積み重なって行く。

それでもトゥリアは、少しでも長い時間を稼ぐ事だけを念頭にと立ち回りを続けた。


(でも、やっぱり、僕を狙っている・・・というより)


回避だけを専念させた動きの最中、何等かの思いがトゥリアの意識の隅を掠めた。

けれど、その考えが確かな形を持つ事はなかった。

不意にトゥリアの視界がブレたのだ。


足場を見失なったのだと意識するよりも早く、トゥリアの視界が回った。

疾走の勢いそのままに、踏んだ場所の地面が沈む。


露出した木の根に苔がむし、水気を含み滑りやすくなっているその場所。あからさまなその場所を避けたが為に、その根の影になっていた、恐らくは何等かの巣穴となっていた場所を踏み抜いてしまったのだった。

そんな、役に立たない現実を頭の冷えた部分が弾き出した時、それでもどうにか転倒を免れ、トゥリアは踏み止まる事が出来た。


「っ!!」


バランスを崩したままでも身体は反応し、逆手に構えた長剣を翻してトゥリアは防御の体勢を取る。

けれど、それは最早、形だけのものでしかなかった。


次の瞬間、トゥリアが掲げた剣腹に光を喰らう鋼色の鋭利な爪が接触したのは一瞬にも満たない刹那の間。

衝撃があったと、そうトゥリアが認識した時には既にガードした剣ごとその身体は、凄まじい勢いで吹っ飛んでいた。

背中から叩き付けられる地面に、なおも身体は土面を削って滑る。


「ぐぅ、がはっ」


叩きつけられ、押し潰されたように吐き出された息は、吸い戻される事がないままに詰まり身体を硬直させる。


激突した先にあったのは木の幹か、大きな岩か。

衝撃と何処が痛むのかもはっきりとしない身体。

そんな時でも、いや、そんな時だからこそ、と言うべきか、身に宿った生存本能だけは正常に機能していた。

麻痺しているかのように、衝撃で痺れ、上手く動かす事の出来ない身体をもて余すトゥリアの脳裏では、直感だけが弾けるような働きを見せていた。


当たり前だが、呼吸を整える間も満足には得られないどころか、痛みに大人しく呻く間も与えては貰えないらしい。

トゥリアは叱咤する身体に上半身だけをどうにか起こした。

半ば以上を直感に頼り、吹っ飛ばされる間もそれだけは手放す事のなかった長剣を眼前に掲げ持つ。


ーガキンッー


一際甲高い音。

ぎりぎりのところで防ぐ事が出来たらしいと、トゥリアはどうにか意識を繋ぐ。

漆黒の獣の(あぎと)が喰らいついた、青銀色の刀身。

トゥリアの眼前には、鋭過ぎる乳白色の犬歯があった。


ギチギチと刀身の軋む音が聞こえる。

並の剣なら刃を噛み砕かれていたであろう黒い獣の顎の力。

青銀色の刃は漆黒の獣の牙を支え、けれどそれ以上はどうにも出来ない。

ぎりぎりのところで受け止めたその一撃は、同時にトゥリアの動きを押さえ込んでしまっている。

片膝を立てるトゥリアの背後には、先程衝突した場所の硬い感触。

身動きを制限された状態でも、背中に感じる感触から、それが木の幹だと予想は着いたが、今現在、その考えに意味はなかった。

こうなってしまえば、後ろが木だろうが岩だろうが、現在の体勢からトゥリアが抜け出す事は容易ではないのだから。


そして、そんな時だった。


「トゥリアッ!!」


強く呼ばれる名前。

その呼び声を聞いたトゥリアの口もとには、自然と微かな笑みが刻まれた。


声の主である、ライの姿を探す余裕こそなかったが、トゥリアを呼んだその声が、窮状にある仲間の名前を呼ぶ響きではなく、トゥリアへ役目の終わりを知らせる為の合図だと分かったのだ。


トゥリアの役目は漆黒の獣を自身へと引き付け続ける事。そしてライの声は、ライが考えた手段に対する準備が終わったと言う事なのだ


「くぅ……」


ぎちっと鈍く軋む音は、腕の筋肉や関節、はたまた握る長剣の刃や柄の限界を告げる悲鳴か。

トゥリアは剣で受けていた獣の爪を、腕の筋肉が悲鳴を上げるのを無視した渾身の力で押し返そうと抵抗を続ける。


トゥリアは目だけを動かす。

自らが掲げ持つ刀身の向こうを見遣り、漆黒の獣がトゥリアを見下ろしている無感動な双眼との視線が交錯する。

そして、繰り返す浅い呼吸の合間とでも言うべき一瞬の間が訪れる。

獣の上下する胸の動きがトゥリアの呼吸に同期しているかのような錯覚。


「・・・っ、う」


次の瞬間、トゥリアは止めた呼吸に瞬発力を発揮する。

そして、ほんの数ミリだけれど、長剣を押し返す事に成功したのだった。

十分とは言い難いが、不十分にしてはいけない成果。


「っ、あぁぁぁッ」


トゥリアは咆哮した。

隙とも呼べないその瞬間を結果へと導く為に。


漆黒の獣の牙を受けていた長剣に込める力だけはそのまま、寧ろ、その一点を起点にし、背中を強く幹に擦り付けながらも、足もとから獣の体躯の下へと潜り込ませる。

素早く滑り込むようにして、同時にトゥリアの仰向けに倒れ行く身体の動きと連動し、長剣の構えには角度が発生する。


「ライっ!」


叫ぶその一言に全てを集約する。


獣がトゥリアを押さえ込んで来ていた力をそのまま、自身が先程まで背にしていた幹へと導く。

漆黒の獣は、トゥリアの抵抗する力が突然なくなった事に対応しきれてはいない。

獣の眼前には太い幹の存在。獲物へと向かう筈だった力の制御を失い、獣はトゥリアの動きが導く勢いのまま、木の幹へと激突する。


「うおらぁッッ!!」


待ってましたと言わんばかりに、耳を劈く銃声すらも凌駕しかねないライの雄叫が森へと轟いた。

 

閃く紫電の閃光はトゥリアの目を白く焼き、通常のの発砲音を遥かに凌ぐ程の、凄まじい着弾の轟音が大地をも揺るがせる。

同時にトゥリアの両腕は、獣との間で拮抗させていた力をかっ拐われていた。


衝撃と轟音には、トゥリアを襲っていた漆黒の獣の躯を、自らが放つ閃光の中へと喰らい込みながらも吹っ飛ばす程の威力があった。

思い出したよう、トゥリアは顔を両腕でガードし、頭上から来る光と衝撃から自身を守ろうとするが、もし直撃を受けていたなら、その行動にどれ程の意味があったのかは定かではないと思わずにはいられなかった。

腕の隙間を抜けて来た光は、きつく閉じた瞼の上からでもトゥリアの瞳を焼き、耳朶をぶん殴る轟音が平衡感覚をも奪い去る。

気が付けば体は浮き、衝撃で地面を転がるだけのトゥリアには、その全てに対して成す術もなかった。


「う・・・っ・・・うぅ・・・」


その微かな呻き声を、自分が発しているものだと漸く気付いた。


今の一発は、先程ウルフハウンドに使っていた通常の弾丸とは明らかに異なっていた。

発砲音はどうだっただろうかと思い出そうとするが、耳鳴りが酷くて考える事すら億劫に感じる。


恐らくは、銃弾ではあって、それが間違いなく特殊弾丸である事は分かる。

はっきり言って何も考えたくない。

けれど、トゥリアは鈍い頭でも考える事で、どうにか散り散りになりかける意識を引き止めてもいた。


「・・・か?」


どれぐらいの時をそうしていたのか、その声が遠くから聞こえて来ているのか、すぐそばで発せられたものなのかも分からなかったが、ライの声である事と、疑問の響きを帯びている事だけは、曖昧な意識の中でもかろうじて判断する事が出来た。


それから、ぼんやりとだが視界が戻って来る。

パチリと、全てが茫漠とした光景の中で、微かな紫雷の光が瞬いた。


「エレクトロブレッド試作Ⅱ型、・・・この威力がリボルバー(回転式拳銃)でもでりゃぁイイんだが、ショットガン(散弾銃)は二発以上の連射ができねぇかンな」


瞬きから凝視する。

まだ、耳鳴りは収まっていないが、トゥリアはそんな風にぼやくライの言葉を聞き取ってしまっていた。


それは、放たれた弾が通過した跡だったのだろう、弾そのものが放ち纏っていた膨大なエネルギーの残滓にか、今なお大気中には放電現象にも似た青紫色の火花が弾け瞬いていた。


「・・・えっと、このイージスの森ではさ、マジックアイテム(魔道具)とかも、使うことが出来ないって・・・うん、すごいよね?」


色々と、色々だとトゥリアは思った。

まずまずの威力を思うのか、眇めた目にライが見ているのは、自らが放った一発がもたらした効果の程。

瞬かせる目に、ようやくトゥリアの視界は静かな森の光景を映し始め、夕闇の中に沈む木々の影と、その影の間に何の気負いもなく佇むライの姿を眺める。


自分の唖然とした声も今はちゃんと聞こえているなと、意識の片隅が正常な活動を開始する。


ライの下ろした右手が握る、黒鉄色に青い金属光沢の艶を滲ませた銃。

トゥリアが漆黒の獣を相手にして動いている“準備”の間に、ライの持つ銃がリボルバー(回転式拳銃)からショットガン(散弾銃)に変わっていた。


「エレクトロブレッド、・・・試作Ⅱ型?」


うん?

耳鳴りの治まる数秒の間を待ち、木の幹へと付く手に、倒れ込んでいた地面から身体を起こす。

トゥリアは漸く意識がはっきりとして来るのを感じていた。


認識と感想と思索。

先程の凄まじい威力により放たれた、ライ曰くエレクトロブレッド試作Ⅱ型と言う弾丸は、リボルバー云々の言葉から、そのショットガン(散弾銃)専用の弾なのだろうと思われる。

試作と言う単語に、完成形ではないのだと、完成形ではないのにこの威力なのだとトゥリアは素直に感嘆した。

通常の弾丸ではあり得ない威力は、魔力を宿した道具。要するにマジックアイテム(魔道具)の一種だろう。

けれど、そこでトゥリアは首を傾げる。

先程、既に自身で提示していた疑問にだ。


「イージスの森・・・」

「おう、メリディエス(南方守護域)と星喰いの地との領堺、イージス(楯)の森。大陸最大の魔法無効化地帯だかンな」


トゥリア達の暮らす大陸の南方メリディエス(南方守護域)と、約千二百年前に起きたとされる“星蝕(エクリプス)”と呼ばれる災厄によって、人どころかあらゆる生物の暮らせなくなった星喰いの地。

その間に広がり、人の領域を守る広大な森、それがイージス(楯)の森だった。

彼方で隣接する星喰いの地の影響か、嘗ての災厄の弊害か、イージス(楯)の森と呼ばれるこの領域では魔法と、魔法に類する全ての力を使う事が出来ない。その筈なのだ。


だが、弾丸が通過したであろう射線上の枝葉をも散り散りに、命中したエレクトロブレッド試作Ⅱ型の威力で、漆黒の獣は障害物すらも巻き込み十メートル近い距離を吹き飛ばされて、そこにいた。

叩き付けられる形になったのであろう大木は、漆黒の獣が激突した幹の部分から亀裂を広げ、今にも倒れかねない程に傾きビキビキと不穏な音を鳴らしている。


ライの放った魔法弾は確かに、その凄まじいまでの威力を発揮していたのだ。


「・・・・・・」


トゥリアは傾いた大木の根もとに横たわる漆黒の獣を見た。

吹っ飛ばされた威力に毛並みを乱れさせ、獣は横倒しの躯をぴくりとも動かす事はない。

その様子をしばらく見詰めていたが、思い出したようにトゥリアは鞘へと長剣を戻し、自身の状態確認を始めた。


今は分からない現象よりも、継戦が可能か不可能かの自分の事を確認しようと意識を切り替えたのだった。


長剣を握り、漆黒の獣の牙を受けていた腕は、加えられていた力の強さを物語るかのように、未だトゥリアの意思とは関係なく震えて上手く動かない。

これは時間が解決してくれるものだと理解している為、今は考えない事にする。

それから、既に正常な機能を取り戻しつつある目と耳。


「五割、良好、とはいいがたいけど、まぁなんとかなる?かな」


失った体力と、精神的な疲労感。

目や耳以外で、身体の手や頬等に軽い擦り傷こそ負ってはいたが、それ以上の怪我はないようだった。

改めて無事だったと言う安堵に、トゥリアは凭れていた場所から離れ、自分の足だけで立つとライへと笑顔を向ける。


「魔法の無効化だろうがな、オレのは特別なンだよ!もうオレそのものが特別ってカンジだ」

「はは」


ふふんと胸を張るライの、俺様的な言いようをトゥリアは笑う。

馬鹿にしたとかではなく、その言い様が如何にもライらしいと自然に笑みが浮かぶのだ。


「製造方法は企業ヒミツな、で」


そこで言葉を切り、じっとライがトゥリアを見て来る。


「えっと?」

「おう、つーかあのタイミングであの位地にいて全く無傷ってどうなンだ?」


切れ長と言うにはやや剣呑過ぎる眼差しも、付き合いがそれなりになるトゥリアには戸惑いの対象でしかない。


「どうって言われても?」

「お前の方がハルかに納得いかねぇんだが?やっぱしココはビョードーに一発殴っておくべきだろ」

「ええっ!」


何故そういう流れになるのか、そして、何が平等だと言うのか。

分からな過ぎるライの言い分で、反射的にトゥリアは驚きの声を上げていた。


いやいやいや、いやいやいや

自分でも何を否定しようとしているのか、トゥリアは首を横に振り続ける。

そんなトゥリアへと、ライの口角を吊り上げる不敵な笑みが向けられる。


「お前の笑顔がヨユーっぽい」

「まったく、全然、本当に余裕じゃなかったよ!」

「ああッ、オレのとっておきが大したコトねぇってのか!」

「だからっ!」


間近で体感した筈のエレクトロブレッドⅡ型の威力に対して、トゥリアの笑顔が余裕に見えたらしいライの八つ当たりだった。

勿論トゥリア自身にそんな気はない。言われる程、余裕どころか平気でもない。


ここは何がなんでも否定をしきらなければと必死になりかけ、けれど、トゥリアは続ける筈の言葉を失ってしまった。


一転して、ライのトゥリアを見るまじまじとした眼差しと視線がぶつかったのだ。


「ライ?」

「おう・・・お前、やっぱしトゥリアなんだよなぁ?」

「うん?」


戸惑うトゥリア。

ライの表情と、その声音に滲み感じる、何処か寂し気で、それでいて不思議そうな雰囲気。

けれど、その表情は本当に一瞬にも満たない間にいつも通りの陽気な笑顔に取って代わられている。

いや、陽気な笑顔どころではなかった。

ニヤリ、その表現がぴったりな、確信的笑顔。


これは不味い。この展開はいけない。


「・・・っ!!」


ライの変化に、抱いた焦燥感と危機感に、けれどトゥリアが僅かに見開く双眸で息を呑んだのは、何故気付かなかったのかと言う致命的な事態を視界に入れてしまったからだった。


「ライ」


“いない”漆黒の獣。

倒れ、横たわっていた体躯が何処にもなくなっている。

トゥリアは自分が目にしている情景が意味している事に気付いた時、戦慄に表情を強張らせライの名前を呼んだ。


ーザッー


実際にそんな音がした訳ではない。

けれど、トゥリアは確かにその歩みを感じた。


「ライっ!!」

「ッ!?オイッ!」


注意喚起でも警告でもなく、けれどトゥリアはライの名前を呼んだ。

呼んで、そして、有無を言わせずライへと体当たりする。

たったそれだけの行動が精一杯だったのだ。

なのに、そんな対応ですら少しだけ遅かった。

そして、命がかかった瞬間において、少しだけ遅いと言う事実は、それだけで致命的なのだ。


ライの驚いた表情が印象的で、そして、その瞬間トゥリアは漆黒の衝撃波を思った。


間近に見た漆黒の体躯は、ほんの僅かにライの身体を掠めただけで、ライの存在を弾き飛ばし、そしてトゥリアはその直撃を受けた。


「ふぐぅっ」


衝撃で肺から押し出される呼気。

背中から、受け身も取れずに叩き付けられたのは地面だろうか。

痛みに詰まる息の中で視界が回っていた。

苦痛と衝撃は全身から、余す事なく感じる程に。

それでもどうにか視界の端でライの方を見ようとしてみれば、そこには頭をさすりながらも、ライが起き上がろうとしている様子があって・・・


「トゥリア!ダメだ!」


はっとしたように、上げる顔でトゥリアを凝視する紫の双眸。怒鳴るライの驚愕に見開かれた目・・・


トゥリアが見る事の出来たのはそこまでだった。


視界が上下と左右の境界を失う。

漆黒の獣と半ば縺れ合うようにして、トゥリアは地面を転がっていた。

周囲の光景は回りながらも、高速で流れて行く。


何故、突撃して来た獣までトゥリアと一緒に回っているのだろうか。

深い青の双方とその瞳。気付いた時、トゥリアの眼前には漆黒の獣の顔があった。


青色の瞳の深過ぎる色合い。

宵時の闇の中にあって、なお、その青い色彩を失う事のない双方が、読めない感情に暗くトゥリアを見ていた。

見返し、そして、唐突に途切れた地面の感触と周囲の情景。


抜けた茂みの影。

一瞬の浮遊感があって・・・


「トゥリアァッーッッ!!」


ライの絶叫にも似た怒鳴り声が上方から聞こえる。

ごうごうと、風の音が鼓膜を圧迫する。

そこでようやく、トゥリアは自分が急速に落下しているのだと気付いた。


「トゥリア・・・そっか、“僕”の名前だったよね」


全身に感じる風圧から、かなりの高度を落下しているのだと言う感覚。

なのに、トゥリアの妙に薄い危機感と恐怖心が呟かせるのは、何処か感情の希薄なそんな言葉だった。

ライ「トゥリアッ!!!」

トゥリア「うん、トゥリアだよ?」

ライ「まだ一発殴ってねぇのにドコ行くンだ!」

トゥリア「ええ?!なんで!どうしてそんなに殴ることにこだわってるのさ」

ライ「ん?まぁソレはソレで、なンかお前スッゲーピンチっぽくね?つーかなによ?あのボケた反応は?」

トゥリア「いやぁ、あはははは」

ライ「笑ってごまかせる範囲越えてね?」

トゥリア「だいじょうぶ、かな?・・・次は女の子が出るみたいだし(コソ)」

ライ「あ?なンか言ったか?」

トゥリア「う、ううん?がんばるよ、うん」

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