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【序鐘】

【〜序鐘〜】


ー白の欠片(カケラ)が降り注ぐー


重さを感じさせない軽やかさと、触れる事を躊躇わせる、その儚い存在感。

“彼”はそれを雪だと思った。


“彼”が自身の胸の前で、両の手の平を重ねて作った受け皿。

その上に、欠片(カケラ)のひとつが舞い降りる。


幻想的なまでに儚く、そして、どこか物悲しくある程の切ない美しさ。

“彼”は、受け止めた欠片(カケラ)の白色をただ眺め、見詰めている。


本当に真っ白な欠片(カケラ)だった。


そして、その欠片(カケラ)は、“彼”が始めに思った雪だと言う存在感を否定する。


そこには、冷たく身を凍てつかせてしまうような冷ややかさはなく、体温の温もりに触れれば溶けてしまうような繊細さもない。

カケラ(欠片)の持つ、あまりに汚れない白色は、硬質的でありながらも何処か柔らかかった。

それは、その欠片(カケラ)の内側から滲み出す、沁み入るような仄かな光の為に感じるものだろうか。


ー・・・・・・ー


何時からそうしていたのか、彼方にあるのは、曇っている訳でもないのに、遥かな夕闇の紺青色すらをも飲み込んで、空へと下ろされた漆黒の帳だけ。

青に何重にも青を重ねる。

その果てのようにして、そこにあったのは、微かな光すらも届かなくなってしまったかのような夜の空。


“彼”の見詰める限りの空に広がっている、透明な闇で満たした夜の色。

そこには、煌々と光を放つ月どころか、瞬く星の一欠片(カケラ)すらも輝いてはいなかった・・・・・・


光のない空。

そんな空の一点から、“彼”のもとを目指して舞い降りて来ているかのような白の欠片(カケラ)たち。


震えるようにして舞う夜闇の中。

“彼”の背中側だけが伸ばされた髪が、彼方にある空と同じ色を湛え、視界の端で揺れ蠢いている。


佇む“彼”の歳の頃は十四歳か、十五歳か、それとももっと下なのかもしれない。

その幼さの残る顔立ちに、覗き込めば、吸い込まれてしまいそうになる程の、深い青色を湛えた双方が空の夜色を映し続ける。


何をするでもなく、“彼”は一人その無彩色な世界に佇んでいた。


地面を覆い隠す一面の白色には誰の足跡もなく、平坦な地平が続く限りの場所には、人影どころか民家の明かりすらもない。

“彼”の視界が続く限りに広がる闇夜の空と、曖昧な境界とが寄り添い在る仄かな白の大地。


“彼”は何時からこの場所にいて、そもそも何処からやって来たのか。

深沈とした空気に、止む事なく降り続ける白の欠片(カケラ)

それは“彼”が見聞きし感じる、今在る世界の全てだった。


自分は何処から来たのだろうか。

そして、何処に行こうとしていたのだろうか。

抱いた疑問からか、不意に佇む“彼”はみじろぐ。それは、或いは首を傾げるような仕種だったのかもしれない。



ー見つけた・・・・・・


疑問をそのままに、瞳が映す限りに白の(欠片)カケラが舞う光景を眺め見ていた。

そんな時、“彼”はそう(こえ)を聞いたような気がした。


静寂に慣れてしまっていた、“彼”の耳朶へとすんなり沁み入り行く響きの余韻。


生じた空気の変化への反応か、“彼”の空を仰ぎ見続けていた身体は、再び身じろぐように振るえた。


そこから更に一呼吸分の間があった。


あまりにもぎこちなく、そして、何かを思い出したかのような緩慢な動き。

動かす首の向きに、視線をさ迷わせて、そうして“彼”は、“誰か”の姿を探していた。

そして、気付く。


白いカケラ(欠片)が舞う世界の向こう側。

その“誰か”は、“彼”が探すまでもなくそこにいた。


そこには、先程までは確かに誰もいなかった。

その筈で、だからこそ、その“誰か”は、“彼”のほんの僅かな意識の空隙を突いたとしか思えないような刹那の間に突然現れたとしか思えない。


けれど、そんなあり得ない出来事の、その全てはどうでも良かった。

どうでも良いと、そう思ってしまう程の存在感。


そこにいて、けれどそれは決して“此処”ではないかのような不思議な感覚。

“彼”の正面、その視界の中央に、その“誰か”は“彼”と向かい合うようにして佇み立っていた。


ーふわっー


佇む姿の、身体のライン(形)に沿って、流れ靡いた白金の髪。

そんな光景を“彼”はただ見ていた。


その瞬間に、“彼”がいる場所には風は吹いていなかった。

だから、そんな光景に、その“誰か”の存在そのものが、風でも纏っているかのように“彼”は錯覚してしまう。

いや、錯覚等ではないのかもしれない。

白い繊細な光は、今も跳ね回るようにして風の中で煌めいているのだから。


瞬く幾多の光の糸は癖のない髪の流れを形作る。

それはまるで、空にある星々の光を集め編み上げたかのような繊細さに煌めいて、“彼”の目を掠い、釘付けにする。


細く、けれど華奢とまでは表現のし難い、しなやかな身体にゆったりと着込まれた薄藍色のローブコート(外套)。

そのローブコート(外套)の上からでも見て取る事の出来る、男性よりも丸みを帯びた体つきから、目の前に佇む人物は女性なのだと“彼”は意識した。


けれど、何故なのか。“彼”には、その“誰か”の顔が分からない。

表情を窺う事が出来ないのではなく、顔そのものが分からなかった。


“彼”とその女性が佇む場所との距離は二メートルもなく、いくら月の光のない夜闇の中であろうと、白い大地からの照り返しに、決して相手の顔が分からないような距離ではない筈だった。

そう、その筈だとそう思うのに、だが、どれだけ目を凝らそうとも、“彼”にはその女性の顔が分からなかったのだ。


ー見つけた・・・・・・ー


“彼”の感じている不可思議しさを知らず、薄い口唇は、そう言葉を刻む。

発した自分自身の言葉の大半を、口の中だけで反芻するかのような声。


見えていない表情にも、感じ取れてしまう唇の動きに、先程聞いた言葉が、目の前の女性により繰り返されたのだと察する。


けれど、それは誰に対しての言葉だったのか。

考えるまでもないのかもしれない。ここには“彼”しかいないのだから。


綴られた言葉の一音一音は音楽的な響きの連なりであるかのように、けれど、紡がれる意思は“彼”の頭の芯へと直接響く不思議な“聲”へと姿を得ていた。


向けられているであろう言葉に、目の前の“誰か”が女性であるのは、“聲”から受ける印象からも間違いはなさそうだった。

二十代前半か、十代後半。あるいはもっと若いのかもしれないし、もっとずっと年上なのかもしれない。

声音から受ける印象は酷く落ち着いたもので、“彼”が感じた年齢への判断を曖昧なものへとしてしまう。


ー探していた・・・・・・、貴方を、ずっとー


音はなく、止むこともなく白の欠片(カケラ)は降り続いている。


その時、告げられている言葉の意味を考えるよりも先に、“彼”は唐突に気付いた。


瞬く微細な光を、“彼”の深青色の瞳は映している。

その正体は、白の欠片(カケラ)だったものだろう。

舞い降りる真っ白な欠片(カケラ) は女性の身体に触れる直前に砕け、微細な粒子となって煌めきの中へと散って行く。


いや、触れる直前と言ってみたが、目を凝らしていると、厳密には、女性の身体と現象までの間には数センチメートルの間隔があるのが分かった。

だからこそ、その光景はまるで、その女性が薄く透明な光の膜の中にでもいるかのように“彼”には見えていた。


佇む女性の存在と、降り続いている白の欠片(カケラ)

同じ処に重なりながらも世界から隔てられる。それは神秘的で幻想的なまでに美しい光景を“彼”の瞳に見せていた。


ー・・・・・・ー


“彼”は何かを言おうとした筈だった。

なのに“彼”が小さく開いた口からは、どんな言葉も紡がれ出て来る事がなかった。

声の出し方そのものを忘れてしまったかのように、吸い込んだ息はそのまま微かな吐息となって“彼”自身の口腔から零れ、掠れ消えてしまう。


告げたいと願うもどかしさの衝動のまま、“彼”はただ女性の存在を見詰め続ける事しか出来ない。


ー分から、ない・・・・・・?ー


それはどう言う意味だったのか。

“彼”の感じているもどかしさを知ってか知らずにか、“彼女”から告げられた言葉はある意味その通りで、分からない“彼”には何の事かも分からない問い掛けに、ただただ困惑する。


姿はどこか陽炎のように、二歩分の距離を、“彼女”が“彼”へと向け歩み寄って来たのだと意識する。

そして伸ばされて来る、その手の動きを“彼”はただ眺め続ける。


差しのべられた“彼女”の左手が“彼”の前髪に触れるか触れないかのその瞬間だった。


−ヂッ、バチッ−


音が弾けた。

刹那、拒絶そのものを思わせる鮮烈な白の電磁光が、微かな衝撃を伴い視界に散った。

拒絶そのものを思わせる、いや、それは“思わせる”だけではなく、間違いのない拒絶だった。


“彼”と“彼女”、その間に迸った火花の白い閃光に、驚きに目を見張ったのは“彼”だけ。

“彼女”の顔同様、その表情もまた分からないままなのだが、恐らくはそうなのだろう。


ー・・・・・・っー


堪えようとして、けれど押し殺しきれなかった事を思わせる、微かな呻き声。


“彼”に向かい伸ばされていた“彼女”の手は、受けたであろう衝撃から反射的に引き戻されている。

けれど、“彼”が視界の中央に捉えたその場所に、生じてしまった現象の結果は間違いなく刻まれていたのだ。


“彼女”は弾かれた指先を素早く握り込み“彼”の視界から隠した。

だが“彼”は、その白い肌が僅かに赤く、火傷の様な様相を示し、白煙をたなびかせているのを見てしまっていたのだ。


ーそう、まだ・・・・・・まだ、・・・・・・貴方は、私を“ ”す事が出来ないー


傷付いた筈の、指先の痛みを訴える訳でもないその声に、“彼”は諦めにも似た哀切の響きを聞いていた。

上手く聞き取る事の出来ない、けれど、聞いた“彼”の胸を穿つ、そんな深い慟哭の音。


俯き見詰める先には何もなく、握り込んだままの、傷付いた自身の指先に、“彼女”は緩やかに、力なく首を横へと振った。


ー私は、もう・・・・・・ー


唇はそう音の形を綴り、そしてその先は続けられて行く。


ーそう、もう、誰も、何も“ ”したくないのに・・・・・・、私を“ ”す事が出来るのは貴方だけなのに・・・・・・ー

ーまだなの・・・・・・、まだ・・・・・・ー


何処か遠くから聞こえて来るかのような聲の響きは、泣いてるような気がした。

そんな“彼女”の姿に、“彼”は何かを言おうと、言わなければと思うのに、なのに、どうしてなのだろう。

どんなに思おうと、どれ程の焦燥を募らせようと、やはりどんな言葉すらも“彼”には声に出すことが出来なかったのだ。


ーああ・・・・・・無理をしなくて良いー


何かに気付いたかのように、俯けていた顔を上げた“彼女”は、始めと同じような声音の静かな響きにそう告げてくる。

それは、“彼”のもどかしさを理解してくれているかのような、そんな言葉。


ー・・・・・・大きな、とても大きな力だったから 、その反動だと思うから、きっと・・・・・・ー


体を半身に、首を動かして、辺りを見回すような仕種。

そして、“彼女”は再び“彼”を見詰める。


ー今も、まだ、貴方は答える術を知らないだけなのだから・・・・・・ー


“彼女”が自分を見ているのかは、本当のところ判断出来ていなかった。

告げられる言葉の意味もまた、“彼”には分からなかった。

ただ、心の中を見透かされているかのような、そんな驚きに、“彼”は僅かに見開いた青い双方へと“彼女”の姿を捉え続けている。


なのに、そう、それなのになのだ。

そこにいる筈の“彼女”との間に、“彼女”の視線の向く場所どころか、やはりその相貌は“彼”には分からないままなのだった。


どうして、と思う。

思い、だからこそ“彼”の手は“彼女”の存在を求めて再び伸ばされる。

伸ばしかけ、けれど、その途中で“彼”の身体はビクリと震え、そこまでになった。


寒さを感じていなかった先程まで。

なのに、その指先は酷く冷え、冷たく、光を遠退かせた暗い視界に今はただ凍えそうな程に。


“彼”の脳裏には先程の光景が焼け付いていた。

何故自分がこれ程迄に衝撃を受けているのか、“彼”の身をすくませたのは、本能的な拒まれる事への恐怖だった。


ー誰の事も傷付けない為に、けれど拒絶を恐れる貴方は、いつの時もきっと正しい・・・・・・大丈夫、貴方が私に触れても、まだ貴方は私を“ ”せない−

ー“ ”ー


何事かを告げるべく、“彼”の唇は声にならないままの言葉の形を綴る。

発する事が出来ない言葉のまま、もて余し募らせる感情。

“彼”はただ“彼女”の姿を見詰める。


やはり分からない。

分からないのだ。

そこにいるのに、“彼女”の顔がどうしても見えない。


けれど、どうしてなのか、その瞬間、“彼”は“彼女”の微かな笑みを、その表情に感じ取ったような気がした。


そんな笑みへの憧憬が、言葉に出来なかった問い掛けを思う“彼”の表情となる。


ーそう、貴方はずっと探し続けていたから・・・・・・ごめんなさいー


謝られる理由への戸惑い。

言われた言葉の意味を心の中だけで反駁し、探し続ける、と、その一言を考えようとする。

探し続ける。誰が?何を?


意味の分からない言葉の端々にも感じた微笑みの気配。

“彼”の意識を惹き付けるその“聲”はただただ柔らかく、けれど何故そう思ってしまうのか、“彼”にはそんな笑みの残滓すらも切なくあって・・・・・・


ー私は“ ”ー


直感する。

それは、先程の“彼”が発する事が出来なかった問い掛けの答えだと。


(あなたは、だれ?)


あの時、そう問い掛けたかった、その言葉への答えなのだと。


けれど、答えを得たと思ったその瞬間には、耳鳴りがする程の不自然な認識の空白を意識させられる。


顔だけではなかった。

声すらも“彼”には聞く事が出来ないのかもしれない。

告げられた筈の名前。

自分が確かに聞いた筈の“彼女”の名前。


“彼”は声には出せなかったが、聞いたのだ。

“彼女”が“誰”なのかと言う事を。

そして今、確かに“彼女”は答えてくれた。

だから、聞き取れなかった事への焦燥感に、“彼”は“彼女”を強く見詰める。


どうしてなのか、どうして自分には、“彼女”の声が上手く聞き取る事が出来なかったのか。

もう一度答えて欲しいと願い、だが・・・・・・


ー覚えなくて良いよ、いずれまた、私と貴方は・・・・・・きっと・・・・・・ー


覚える、覚えないではなく、“彼”にはそもそも聞き取る事自体が出来ていない。

それを分かって欲しくて、なのに言葉にはならないのだ。


いずれまた、とその一言を聞いた瞬間に生じる意識の空白。

そこに去来した“次”があるのだと言う期待は、“彼”の心を何とも名状し難い感情で満たした。

そして、今はこれで終わりなのだと言う理解が、満ちた感情をそのまま凍てつかせる。


ーほら、もうじき貴方を迎えに来てくれる人が来るよ・・・・・・ー


促すように、緩やかな所作で、“彼女”の左手の人差し指が指し示した彼方の方角。


その動きにつられて“彼”はそちらへと視線を向ける。


突風の如き一陣の風が、“彼”のすぐそばを吹き抜けて行った刹那。


跳ねる髪の向こ側で、無数に散る白の欠片(カケラ)に覆われた“彼”の視界。

反射的にか、思わず閉ざしてしまっていた双眸。


再び“彼”が目を開いた時、そこには既に誰の姿もなかった・・・・・・


ーだから、おやすみー




※ ※ ※ ※ ※


青白い閃光を帯びた月の光に照らされて、“彼女”はひとりそこに佇む。

そこは、何処かの森を眼下の背景にして佇立する、木々が途切れた丘の上。


渇いた光を湛える真紅の瞳。

そこには既に涙の跡すらもなく、白き少女は独りきり。

膝を折り、そのまま抱えるようにして身を小さくし、丘の先端に少女は座る。


僅かに首を上方へと傾け、虚ろな双方が仰いだ遠い空。


ー私は・・・・・・私はまだ、世界に拒まれる。拒まれ続けて・・・・・・ー

ーいつまで・・・・・・ー


それは抱ける限りの感情の尽き果てた先にある、それでも擦り切れてしまう事のない想いの声だった。


願い続ける事に、疲れる事にすら思いは至らず、忘れる事も出来ず、歪んでしまっているのかもしれない感情の果てに、何かを恨む事も憎む事も知らず、ただ一つだけの望みを抱き続けた少女の“聲”・・・・・・


そして、


ーその日、一夜にして世界を滅ぼす程の力を持った黒き獣は倒された。

それを成し遂げたのはまだ幼い一人の少女だったという・・・・・・


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