8. 乾杯
カウンターに倒れ込んだ少年は、しばらくするとカウンターに突っ伏したまま話し始めた。
「ここまで歩いて来るのがこんなに大変だなんて、思ってもいなかったよ。というか、何なんだい?あの夕立は。あんなにすごいの、始めてだよ。」
そうぼやきながらも、少年は笑っていた。フードの下から少し見えた口元は、小さい子供のように笑っていた。
「よくしゃべるなぁ。そんな元気が残ってるんなら・・・。」
マスターがそう言いかけた時、慌てた様に少年は
「冗談じゃない。クタクタさ。今日はもう休みたいよ。」
と叫んだ。
「ここまで歩いてきてもこんなに元気なやつはそうそう居ないな。」
そう客の誰かが言って、周りは笑った。そして昔はどうだったとか、今じゃ体力も衰えたとか、そんな話をガヤガヤとし始めた。
「少年、あんたもここに来たからにはここの住人だ。すぐ先に行っちまうんだったら住人って言えないかもしれないがよう。ほれ、乾杯だ。」
「僕お酒飲めないよ。」
「水でいいさ。こっち来い。」
さすがの少年もたじたじだった。
「ほい、そこの嬢ちゃんも。」
「え、私もですか。」
マスターは水の入ったグラスを2つ、急いで用意した。
「新しい出会いに乾杯!」
かけ声と共にグラスががちゃがちゃと鳴った。
気付くとマスターも水の入ったグラスを持ってちゃっかり乾杯の輪に入っていた。
「水じゃなくて酒でいこうぜ。今日ぐらい。」
客の一人も気付いたらしく、そうマスターに言った。
「俺が酒飲むとどうなるか知ってるだろう。」
「すんごく気前のいいやつになるんだぜ。酒は飲み放題、俺の得意技だ、とか言って料理ばんばん作って出して、あげくに金取るの忘れて俺達を返しちまうんだからよ。」
ゲラゲラと笑い声が響く。
「こっちが大赤字になる。」
とマスターは苦い顔をして言う。
「え、あれでもこっちだって大変なんだぜ。料理残すと怖いからよお、残さず食べなきゃなんだよ。苦しい思いして食べてやってんだから金取るのはヒドいだろう?」
こうして夜は更けていった。