7. びしょ濡れの猫はもう一匹
夕立はすぐに通り過ぎて、夜が訪れた。
「やあ、今夜も飲ませてもらうよ。」
そんな言葉をマスターにかけながら客がだんだん入ってきた。男達ばかりだったが若者から老人まで、みんな仲が良さそうな雰囲気だった。
「意外とお客さん来るんですね。」
私がそうマスターにつぶやいたら、
「いやー、ここに居るのは常連さ。毎晩来るよ。」
マスターは忙しそうに、しかし嬉しそうに答えた。
マスターのこの小さな店は、喫茶店とも酒場ともとれる店だ。昼はコーヒーと軽食を出してるし、夜はランプを付けてお酒を出している。
ちょっと古風で落ち着くこの店は、まさにマスターの店であり、この街の安らぎの場だ。
「お、そこのお嬢ちゃん。見ない顔だね。昨日あたりに来たのかい?」
「は、はい。そうです。」
急に客に声をかけられてびっくりしてしまった。
「そんなに怖がらなくても。みんなこの街に住んでるやつさ。」
マスターがからかうように言った。
「俺もこいつらも、ここに住み着いて長くなるなあ。いつまでもぐずぐずして旅立たないやつらさ。おかげでみんなもう何年も店をやってる始末さ。」
「そんなに言うなよ。店やってて何が悪い?長年住んでて何が悪い?俺達が居なきゃここは街じゃ無くなっちまう。ただの廃墟さ。」
男達の笑い声が響く中、誰かが店に入って来た。
「いらっしゃい。」
誰だろうとみんなが入り口の方を覗き込んだ。
「ああ、やっと着いた。」
そう言って、びしょ濡れの少年が倒れ込むように私の隣のカウンター席に着いた。
「やれやれ、今日は2匹もびしょ濡れの猫が来るとは」
マスターはそう言いながらまたバスタオルを持ってきた。