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5. 夕立
その日の夕方は夕立が降った。
二階の部屋の窓から草原に降る雨を眺めながら、私はなんとなく考え事をしていた。
マスターの話は分かるようで分からない。
結局、この街のことが分かったという訳でも無く、何か思い出せた訳でもない。漠然とした大きな謎は空の灰色の雲の様に、私の心の中に広がり、ゆっくりと渦巻いていた。
風が吹く度に草は揺れ、雨の音が騒がしく鳴っていた。
ふと、窓の下に見える塀の上を何かが通り過ぎた。
ほんの一瞬だったが、確かに黒いものが走って行ったのだ。
それは一階の店の窓に塀から飛び込むように入っていった。
何だろう?とりあえず、確かめてみよう。私は下の店に降りてみた。
「おいおい、そんなに慌てるな。水をかけないでおくれ。」
マスターはそう言いながらバスタオルで何かを拭いていた。
驚いたことに、マスターの持っているタオルの中から、一匹の猫が出てきた。