1. 記憶の無い朝
朝日が窓から差し込んできたのを感じて、私は目が覚めた。見慣れない部屋の天井をしばらく眺め、昨晩のことを考えた。
そうだ。私は昨日の夜、この宿にたどり着いたのだ。でも疲れていたのか、ほとんど覚えていない。そういえば、ここには店の主人のおじさんがいたっけな。挨拶ぐらいしに行こう。優しそうな人だったし。
そう考えながら、身だしなみを整えて店に降りてみた。
「おはよう。疲れはとれたかい?」
店に続く階段を降りると準備中のマスターが明るく声をかけてきた。
「はい。お陰様で。昨日は急に来たのに部屋を貸していただきありがとうございました。」
「いや、いいんだよ。そんなに客が多い店に見えるかい?空き部屋だらけさ。」
そう笑ってマスターはグラスを磨き始めた。
「私、いろいろ分からないことだらけなのですが」
少しためらいながら私はマスターに聞いてみた。
「そんな、なにもかも分かっている人間はいないさ。」
マスターは笑って返す。
「そういうことじゃなくて、いや、でも・・・。その・・・。」
私はうまく言えなかった。自分でもまだ混乱しているからだ。
限りなく無い記憶を、どう人に尋ねたらいいのかだなんて、私には分からなかった。