執務室の攻防
蛇に睨まれた蛙っていうのは正しくこういう状態の事をいうんではないでしょうか?とはいっても麗稀様は微笑んでいらっしゃるんですけどね。何でしょうね?その微笑みが深くなるほど怖くなるのはあたしだけなんでしょうかね?例えば今みたいなテンションMAXの麗稀様程恐ろしいんですけど…
「さ、閔鈴座って。お茶用意するから!」
「わ、わ、わ、私が致しますからぁぁぁ!!!」
茶器を麗稀様の手より強奪成功!ふぅ、よくやったあたし!
これで麗稀様にお茶でも入れて貰おうもんなら、一緒に休憩の第一のコース『私』第二のコース『麗稀様』で、大差をつけて敗北決定じゃないですかっ!!!無理無理!絶対無理!
「そぅ?閔鈴がお茶を【僕の為】に入れてくれるなんて嬉しいな」
何で【僕の為】強調?
そりゃお茶を入れるぐらいでこの檻から逃げ出せるんなら、どんなお茶でも命に代えても一級品に入れてみせますよ?だって
「家臣ですから!」
「……」
さむっ!!突然部屋の温度が…。どうみても原因が横に居る人な気がするんですが…。 もしかして…あたし…何か地雷…踏みました?
あぁ!そうかっ!!
あたしが直接的な部下じゃないから使った言葉に怒ってらっしゃるんですね。何と言っても麗稀様はこの国で斎棊様と共に、二番目に地位が高い右宰相様でいらっしゃられますからね!ちなみに斎棊様は左宰相様なのですよ。一外務部の書仕に家臣など…恐れ多いですね…反省!
「申し訳ありません。私ごときが家臣などと…」
「閔鈴…何言ってるの?かんちが…」
「でも!!精一杯お茶は入れさせて頂きますから!」
追求は身の破滅。よしっ!この件は、スルーで!
「先日、同僚に褒められたんですよ!「閔鈴の入れるお茶は美味しい」って」
「…同僚って儀晶?」
「まさかっ!儀晶様にお茶を入れるなんて…見返りに殺してくれっていってるようなもんですからっ!!」
お茶の葉の選別から蒸し方から注ぎ方に至るまで、全てにドSなあの人のチェックが入るなんて、それに耐えうる猛者をあの部屋で見た事なんてないですし!!
「同僚の孝謙が言ってくれたんです」
「へぇ…閔鈴は…同僚に、お茶なんて入れてあげるんだ…」
さ、さむぃぃぃぃ!!
絶対零度ぉ?ど、どうして?
「しかも、何だか嬉しそうに聞こえたのは僕の気のせい?」
「え?いやぁー孝謙いい人なんですよ!あっ!でも…あの…し、仕事はしてますよ?ちょっとした休憩…なんかに…です」
「休憩ね…僕の所には居る時間も無いのに、休憩とかしちゃうんだ…」
ぐぅっ!なかなかさっきの件、根にもってやがる…
「さっきのは…その…聖瑛様がいらっしゃいましたし」
面倒くささ極まりないなんて言いませんよ…もちろん!
「聖瑛殿がいたからって、どうして閔鈴が僕とお茶出来ないの?」
えぇーー?あんだけの姫様のアタック無視ですか?
「抱きしめて下さい」とかって言われてたのスルーですか?
『ぎゅっと』とかって言われてたの空耳じゃないですよね?
とか、言いたい事は山ほどあるけど…聞きませんよ。聞けば身の破滅ですもん…ここは無難に…
「身分の高い方と同室になるには、今の私の服装では失礼にあたりますから」
ついでに貴方と一緒にいるのもほんとは逃げたいんだよぉってちょっとだけ含みを持たせてみたり…あ、やばい…余計な事した気がする。
だって麗稀様がここぞとばかりに極上の笑みを浮かべてらっしゃる…やばい…
「閔鈴が失礼だなんて、そんな事を言う奴は僕がきっちり排除してあげるよ。閔鈴は何を着てても可愛いし、僕の大事なお姫様なんだから」
ぞぞぞ…うぅ背筋に何かが走った。
さぶいっ!!!さっきとは違った意味でさぶいっ!!!
この鳥肌見せたい!!
何でこの人はいつもこうなの?お姫様って何!?姫じゃないし!
あたしと麗稀様と斎棊様は年齢は違えど、所謂『昔なじみ』って奴で…でもそれもただあたしのお父さんがお二人の教育係だったからで…お母さんを亡くした直後に、いつも父と一緒に行動してた幼子のあたしに対して二人は妹みたいな愛着が湧いたらしく、それ以来二人とも『僕のお姫様』って呼んでくる。
…未だに。あ…もちろん血のつながりなんてないんで!
ありえないでしょ!?23の娘にむかって『僕のお姫様』ってどうよ?
宮に勤めだした初日に、廊下ですれ違った時の『あぁ、僕のお姫様、困った事はない?』に周りドン引きよ?
それ以降も麗稀様も斎棊様も改めて下さらなかったから、「え?こいつ何者?」って同期で仲良くなりそうだった子皆に遠巻きに見られる存在になったわよ!
二人に関わりたくないって思うあたし間違ってないわよね?
しかも何気に『大事な』とかオプション増えてるしっ!!
「麗稀様のお気持ち嬉しゅうございます。ですがどうぞお気持ちだけでっ!!」
「閔鈴、いいかげん他人行儀なその口調どうにかならない?」
わざと溝を作ってんだよっ!!
「職務中ですから…あっ!お茶入れますね」
頑張れ!あたし!顔に微笑みの石工貼付けろっ!!
「麗稀様はどうぞ書類に目を通して下さい。お茶お持ちしますから…」
「閔鈴が僕の秘書になってくれたらいいな…そうすればいつでも休憩中に閔鈴のお茶が飲めるんでしょ?」
ちっ!政務机じゃなくてソファに座りやがった…一向に書類に向かう気配無いんですけど…あぁ、あたしの愛しの書類ちゃんとの時間が…しかも麗稀様が『秘書に』って言ったらほんとに秘書にされそうで恐ろしいんですけどっ!!
…仕方ない。立花亭のお菓子と機密書類、両方手に入れる為には、こうなったら奥の手を使うしかない…。
「麗稀お兄ちゃま…」
「え?…み、閔鈴?」
ソファに振り返って思いっきり潤む瞳で麗稀様を見つめてやる。もちろん振り向く前に目を異様なぐらい見開いたからうるうる度2倍!
くくっ!久しぶりに『極技』使ったから麗稀様めちゃ動揺してる!
「…今の仕事大好きなの!!だから秘書になんてしないで…」
「閔鈴…大丈夫だよ。閔鈴の嫌がる事なんてしないから」
おぉう!ソファを立ち上がってこっちに向かってきます!や…やばいっ!!やりすぎた
「まだあたし仕事たくさんあるのっ!!だからお願い。早く書類頂戴っ!!」
「…すぐ済むから」
ふぅー。
危機一髪…あと50センチで腕の中にすっぽりだった…あぶねぇー。
しかも今までが嘘みたいに手の動き早いし…1センチはある書類がもうあとちょっとって…やっぱ極技は最強だね。仕事は凄く尊敬出来る優秀な人なのになぁ…何でシスコンの残念君なんだろうなぁ…
もう三十二だった筈だし、早く嫁でも貰って落ち着けばいいのにねぇ?
何てお茶を入れながら思ってしまうのは、うざいぐらいな人達だけど、昔から可愛がってもらってあたしにとってもお兄ちゃんの様な大切な人だからなんだけどね
「はい…終わり!」
「お疲れさまです!これお茶です。それではあたしはこれで…」
「…え?お茶は?」
「護衛騎士の方も帰って来たみたいなので、戻ります」
そう、お茶入れてる間に扉のノブがガチャガチャって動いてたんだよね?あれってあたしの髪紐解いてくれたんだと思う。
「で、でも立花亭の…」
「頂いて帰ります」
…へへっちゃんと抜かりはありませんよ?
書類を持つ手と反対のあたしの手にはちゃっかり立花亭の焼き菓子セットがあるのです
「…み、閔鈴?」
「ありがと!お兄ちゃん!」
言葉最後にハートマークを付けるのを忘れずにね!
では、さっさと退散なのですっ!!
ちゃんと扉も開いたし、ハートマークの威力から立ち直った麗稀様が扉の向こうで「くそっ可愛過ぎる」とかわけのわかんない事を叫んでましたが、やっぱりこれももちろん追求はナシなのであります!
えへ…閔鈴ちゃん『鳴杏』読者の最近の女の子なので、小悪魔ちゃんです(笑)
それにそんな閔鈴に振る舞わされる最強で最弱な麗稀だったのです