捕獲?それとも補食?
ふぅ…殺られるかと思ったわ。って今日何度目?厄日?
斎棊様と麗稀様は城に何かあった時に両翼を守る形にあるから、つまり斎棊様の執務室は麗稀様の真逆にあるからこっから結構遠いんですけど…
あたしが勤める外務局の部署は麗稀様の執務室に近い。まぁうちの部署が近いっていうより何でこんなところに高官の執務室が!?っていうところにある麗稀様の執務室の方がおかしいとは誰も言えません。
「…遠いし、一度本館を通らないと駄目なのがまた面倒くさい」
翼館から他館に入る際には身分の提示が必要で、いつも混み合ってるから出来れば通りたく無いなぁ…なんて思ってしまう。
「あぁ…愛しの文字ちゃんとの時間がどんどん減ってく…」
恨みますよ儀晶様。
あたしの文字ちゃんとの時間を奪った事は、食べ物の恨みより怖いですよ。
しかもまた走ったから預かった書類のよれっぷりったら…半端ない。
あれ?入り口結構空いてるじゃん!ラッキー!
って思ったのもつかの間…無情にもそこで出会った斎棊様付きの秘書に告げられた言葉に泣きそうになる
「斎棊様は今日は国境まで見回りに出られていて戻られませんよ」
つまりはこの書類は麗稀様に届けるしかなく…儀晶様…あたしに何か恨みでも?
あんな修羅場に飛び込むのやだ〜!
警備騎士に預けようにも封筒に赤々と『機密書類』とかの判が押されてるしぃ…
渡さずに帰ってこんな時間だったら…怒られる事間違いないし…
あっ!思いついた!!
「紐で縛ったまま扉の隙間から渡せばいいんじゃん!」
あたしあったまいい〜♪
そうと決まればさっさと行動!
スタコラと来た道を戻ってさっきの警備騎士さんに手を振ってみたりして…泣きそうな視線をこちらに向けてくるのは取りあえずスルーで…ごめん。
よし…まだ扉は突破されてないみたいだ…そのノブの外れ方からみて時間の問題みたいだけど…しかも今度は中から何だか怪しい術の印が聞こえてくるんですけど!
まずい…扉がふっとぶ。麗稀様は最高位の術師でもあらせられるから…警備騎士さんごとふっとんじゃうよっ!!
「麗稀様ぁストップ!」
「閔鈴?あぁ(やっと)戻って来てくれた。何だか扉が壊れてるみたいなんだ(さっさと)この扉開けてくれるかな?」
口調に()がついてるのは何で?っていうか…開かない時点で諦めろよっ!
何て口が裂けても言いませんよ?だってまだ死にたくないですもん
とりあえず少しだけ結んだ紐を緩めてっと…
少し開いた扉からちょっとだけ中を覗き込んでみる
目の前に怒りマークをつけながら微笑む麗稀様。姫様は全く見えない…残念。檻に入った餌を見てみたかったのに…
「れ…麗稀様におかれましては…相変わらずお麗しいお姿で…」
「そんなとって付けた言葉はいらない。というか閔鈴にそんな言葉使われるの嫌なんだけど…早く扉開けて入っておいで」
にっこり微笑まれても…私には口が裂けてる様にしか見えないんですけど…
「あの…これ」
書類を隙間から差し込んでみるけど、やっぱり受け取って貰えない。
「…麗稀様?これ儀晶様からです」
「中に入ってちゃんと机に置いてってくれるかな」
その笑顔が怖いんです…。絶対中に入ったら捕獲される…食される。
「い…忙しいので…」
「僕とこの書類について話す時間もとれない程?すぐに返さないと駄目な書類かもしれないのに?」
「このまま待ってますから…」
「閔鈴」
「き、きちんと放り込まれた餌をご賞味下さい…」
「餌は自分で狩る方なんだ」
「ここはパークですので…野生はちょっとご遠慮頂きたい…です」
「…ここを破壊されて捕まるのと、自分できちんと入ってくるのどっちがいいかな?」
んぎゃー!何て事!二者択一になってないっ!!どっちも補食じゃんかっ!
「どっちもご遠慮…」
どごぉぉぉぉん!
っていうか…普通に横の壁が吹っ飛びましたけど!?
返答聞かずに破壊フラグ立っちゃってるですけど!?
しかもそこから優雅に出てこられても、ねぇ?
破壊の埃煙を浴びながら、固まるあたしに麗稀様がにっこり笑いかけて下さり、これまた固い笑みで返すしかなく。
「れ…麗稀様?」
「やっと閔鈴を全部見れた。初めからこうしておけばよかったんだよね?面倒くさいからこれこのままにしとく?」
麗稀様の視線は財務部報告に『朱が聞き分けの無い行動を取った為、壁の修繕費』とか言うぞっていう顔してるし…そんな事で財務に睨まれたら儀晶様に…ぐふっ!
「あの…いや…直して頂けると…有り難いです」
「じゃあ中でお茶してく?」
う…そんなにっこり執務内指差されましても…それってお茶しなかったら報告するけど…って脅しっすよね?あうぅぅぅ…
うぉっ!破壊された壁から、餌…もとい姫様と目が合いましたけど。心なしか睨まれてるのは…気のせいじゃないよねぇ。
あぁ…胃が痛い。そうだっ!ここは常套手段で乗りきろう!
「有り難いのですが…職務中…」
「立花堂のお菓子があるけど?」
「喜んで!」
はっ!?今あたし何て言った?「喜んで!」とか言っちまった!?
ぎゃー!!何故だ自分!?何故こんなチープな罠に引っかかるんだ!?
そんな事では野生で生きていく事なんて出来ないぞっ!!
でもさ…
だって立花堂!あの甘味所上位三位に入るあの立花堂!
たかだか焼き菓子一個を買うのに五時間待ちの立花堂!
それに麗稀様にお菓子を差し出されると、昔からのくせでどうしても『はいっ』って何でも答えちゃうのよぅ…何故かは自分でも永遠の謎なんだけど…
「じゃあ中にどうぞ」
あたしの気分とは真逆のこの声が憎い…しかも壊れた壁からどうぞってどういう事?
「し…失礼しまーす…」
「あ…聖瑛殿はもうお帰りですよね?扉が壊れてるようなのでこちらからどうぞ」
「え?れ…麗稀様!?」
さり気なくなんて事を言うんだ!麗稀様っ!
「え?あ…あの…」
いやーん!しどろもどろになる姫様可愛いっ!!さっきまであたしを睨んでたなんて嘘みたい!っていうか…えぇ!!姫様退場!?
「麗稀様。よ、よければ、せせ、せ、聖瑛様もご、ご一緒に…」
「こら閔鈴。これは機密書類でしょうが」
駄目だぞっ可愛く言われても、瞳が怖くて仕方ないんですけどぉ!!しかも思い切り姫様に聞こえる声でいってますよね?それ…
機密書類って…機密書類って…ぎゃーーー!!!
「というわけですので、聖瑛殿。機会を改めて頂けますでしょうか?」
改めなくていいっ!!
「そういう事でしたら…私は…」
のぉぉぉぉ!お願い姫様、帰らないでぇぇぇ!!
「詠進ここは大丈夫だから、聖瑛殿を部屋までお連れしてくれ」
「了解致しました」
護衛騎士を連れ立って、去っていく姫様を涙目で見送りながら、あたしの頭の中では警報がなりっぱなし、これは立花堂どころじゃない!今すぐここを去らないと危険!危険!
エマージェンシー!!エマージェンシー!!
「麗稀様、急ぎの仕事を思い出しましたので…」
ごんっ!!
出て行こうとした壁の穴がない…から頭打ったんですけど…
おーい、手を翳しただけで壁が一瞬で直ってますけど…いや…それぐらいわかってたんですけどね…何だか自分の悩んだ胃の痛み返せっていうか…やっぱり麗稀様は恐ろしい…
あわわ…早く退散しないと…扉、扉。
ガチャ!ガチャ!
あっ……あたしの髪紐が見える…
じゃあ!護衛騎士さんに開けてもら…って、奴は姫様送ってったぁぁぁぁ!!!
「それじゃあ、お茶しよっか?」
後から聞こえてくる優しい声が猛獣の遠吠えに聞こえるのは私だけでしょうか…