閑話 密約
*一人称ではありません
閔鈴が部屋を出たのを確認してから彼女の父、将星は笑顔を浮かべたまま麗稀の方へ視線を向けた
「さて、麗稀様?どういう事か説明をして頂いてもよろしいですか?」
麗稀は将星の質問にすぐには答えず、ふぅっと息を吐き目を閉じた
「すまない。暴走した…」
「おや…麗稀様が珍しい」
麗稀は閔鈴に全く持って恋愛対象に見られていない事に焦って暴走したとは言えず、さすがに自分の思いに気づいてくれるだろうと願って行った行為が…やっぱり全く相手にされて居ない事に気付かされただけで、自分に倍になって打撃を与えるとは思っても見なかった
「閔鈴はどうすれば私の思いに気付いてくれるんだろうか…」
こちらの思いに気付いてくれない限り、それを発展させる事など出来る訳がなく、麗稀のため息は深くなるばかりだった。それ対して将星は自分の娘の鈍感さに苦笑を浮かべるしかなく、しかしそうなった一因は麗稀にもあるので、
「うちの娘は色恋沙汰には疎いようで…すみません。」
としか言葉が出なかった。
「…やはりこのまま閔鈴を嫁に貰う事は出来ないか?」
「それは駄目です。お約束したでしょう?閔鈴が麗稀様に思いを寄せるようになったらいつでも喜んで送り出しますが、あれの気持ちを無視して後宮に入れる事になれば…」
「わかっている…」
…閔鈴を連れて国を出る。
閔鈴への気持ちを自覚した時に将星には素直に伝え、いずれ閔鈴を嫁にと言った。
その時、将星は麗稀の思いを王族だからと撥ね付ける事はせず、一つ約束をして欲しいと言っただけだった。それが今の条件。
その頃の麗稀は周りから王族という立場と見目によって傅かれる事に慣れており、まさか女に対して拒否される事など想像もしなかったから、簡単にこの約束を受けた
そしてそんな麗稀に対して唯一の例外が閔鈴。
閔鈴は麗稀を大切に思ってくれているだろうが、決してそれは恋愛感情へは進展しない。どれだけ思いを告げても、遠まわしな否定の言葉が返ってくるばかりだった。
さらに最近は王宮勤めによって一緒の時間を過ごす事すら倦厭される様になってきた。
だからと言って…既成事実を無理に行えば…自分の前から閔鈴が永久に居なくなる…
麗稀はがっくりと頭を抱きかかえた枕に埋めると、そこに残る閔鈴の香りに安心したが、本人を抱きしめたくなった。
「…諦めて頂けますか?」
「まさか!………その口調、私との事は反対なのか?」
世の女性で国王候補の麗稀との縁談を断る家など考えられなかった。
少しむっとした口調で麗稀が言葉を発すると、また将星は苦笑を浮かべ困った顔をした
「後宮は女魔の巣窟でございます。妾妃であれば道も険しいでしょう。あれが望めば喜んで送り出しますが…無理に行かせたいとは望みません」
将星が笑みを引き答える。
「私は…閔鈴を妾妃に迎えるつもりはない、閔鈴以外に嫁を取る気もない」
これには将星も驚いた表情で麗稀を見た。
一呼吸置いて将星が返事をする
「でしたら…尚更あれの道は険しくなりますね…」
だが言った言葉とは違い、将星の顔には笑みが浮かんでいた。
「…では、朝餉に参りましょうか?」
「閔鈴の手作りの朝餉…」
将星は呟いた麗稀の表情を見て「朝餉でこのように綻ばれるとは…まだまだ先は長そうだ」と思ったのだった。