おお、神よ…… :約2000文字
やられた……。ああ、なんたることだ……! おお、神よ……偉大なる神よ! どうか、愚かなる我らをお許しください……。
我らが王は、甘言を弄する悪しき者どもにそそのかされ、ついにあなた様をこの地上から消し去るという決断を下してしまいました。その声は蜜よりも甘く、耳に心地よく響いたのでしょう。さも高潔で、選ばれし者であると錯覚させ、使命感を巧みに揺さぶり、それが自らを、そして人々を救う行いであるのだと。
王は疑いもせず、その囁きに身も心も委ねてしまったのです――。
神殿は無惨に打ち壊されました。白い石柱は地に横たわり、祭壇は粉々に砕かれ、風が面影を攫っていくのです。書物は広場に積み上げられ、火を放たれました。爆ぜる音とともに炎が頁を食らい、文字を呑み込み、灰へと変えていったのです。火の粉が夜空へと舞い上がるたび、幾世代にもわたり語り継がれてきたあなた様の偉業やお言葉は星へと還っていくかのようでした。
石板までも砕かれ、そこに刻まれていた御名もまた、粉塵となって風に吹き払われてしまいました。
この地上から、あなた様の存在そのものが、記憶ごと抹消されようとしているのです。
私はそれを阻止すべく、昼も夜もなく駆け回りました。凍える朝も、獣の遠吠えが響く深夜も戸口を叩き、人々に説き、涙ながらに訴えました。
時には地に額を擦りつけ、泥にまみれながらも仲間を募ったのです。どうか、力を貸してほしいと……。しかし、集った仲間は次々と捕らえられ、地下牢へと引き立てられ、見せしめのように鞭で打たれました。
私自身も反逆者の烙印を押され、ついにはお尋ね者となってしまったのです。
そして……おのれ、憎きモーセ!
奴は神に仕える身でありながら、あろうことか王の側へと寝返ったのです。
奴は隠していた書物や彫像、信者が身を潜める場所を告げ口するだけでなく、神聖なる洞窟に刻まれていた壁画にまで手をかけました。刃物で削り、槌で叩き、無惨にも破壊したのです。あなたの姿は削ぎ落され、残されたのは無数の傷跡ばかりです。それを見るたびに、私の肉体もまた裂けるように痛み、胸の奥がえぐられる思いがしました。
ああ、思えば以前から兆しはありました。奴はかつてこう言ったのです。『自分は神のようになりたい』と。
私は気づくべきでした。そこにあったのは敬慕ではなく、もっと危うい光であったことに。
奴はあなたの偉業を盗み集め、そこへ己の空想を塗り重ねた、まったくもって荒唐無稽としか言いようのない文章を『聖書』などと名付け、密かに書き連ねていたのです。
きっとそれを後の世に広め、自らを予言者として祀り上げるつもりなのでしょう。王をそそのかしたのも、間違いなく奴です。
ああ、人を信じ、人を愛し、疑うことを恐れた私をどうかお許しください。裏切りを想像することすら罪だと信じ込んでいた私が、あまりにも愚かでした。
いくら悔い、いくら詫びても、この言葉があなた様に届かぬことが、ただただ残念でなりません。この書もまた、いずれは炎にくべられるのでしょうから……。
明日の朝日の下でもう一度これを見返すことすら、叶わぬやもしれません。
宵闇の向こうに、奴らの掲げる松明の火が浮かんで見えます。黒い丘の稜線に、橙の点がいくつも揺れているのです。風にあおられた炎が、獣の舌のように伸び縮みしながら、じわじわとこちらへ近づいてくるのです。ああ、聞こえます……。奴らの鎧と剣とが擦れ合う音が。大地を踏み鳴らす音が。
私はここで命を終えるのでしょう。もう逃げ場はありません。力が及ばなかったことが無念でなりません。あなた様の偉業も、歴史も、祈りも歌も、先祖代々引き継がれてきたすべてがここで断ち切られ、奴らの都合のよい物語へと作り替えられてしまうのでしょう。やがて子らは、偽りの名を本当の神として教えられるのです。
それでも……あなた様をお慕いするこの心までは消し去ることはできないはずです。この世界のどこかに、誰かの胸の奥底に必ずや残り続けるはずです。私はそう信じております。
私は、私たちはいつまでもあなた様を信じております。あなた様のお帰りをお待ちしております。
あなた様の故郷……ゴルゴナ星とこの星がどれほど隔たっているのか、私には知る由もありません。夜空に瞬く無数の星々の、そのどれかがあなた様の生まれし星なのかも、私の乏しき知識では読み解くことができませんでした。
ですがいつの日か、伝え聞くその天をも覆う巨大な船であなた様が再びこの地に現れたとき、きっと人々は天を仰ぎ、息を呑んでこう呟くことでしょう。
「おお、神よ……」




