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亡国の宰相 〜昭和の豪腕政治家が蘇る〜  作者: けんけん


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8/20

第8話 夜の接触

指定された場所は、渋谷から少し外れた静かなビルの一室だった。


表通りから二本入った路地。看板のない入り口。エレベーターで五階へ上がると、廊下の突き当たりにドアがある。


桐島美咲は、そのドアの前に立った。


時刻は夜の八時。


「一人で来ること」とDMには書いてあった。


美咲は来た。


ただし、剛造が「別の入り口から入る」と言って先に消えている。今頃どこにいるのかはわからない。


おじいちゃん、私、正しいことをしていますか。


美咲はドアをノックした。


「どうぞ」


中から声がした。


-----


部屋は小さかった。


テーブルが一つ。椅子が二つ。窓のない部屋だ。


テーブルの向こうに、男が座っていた。


三十代後半。痩せた体に地味なスーツ。眼鏡をかけていて、一見すると官僚か研究者のような雰囲気だ。


どこかで見た顔だ、と美咲は思った。


「桐島美咲さんですね」と男は言った。「座ってください」


美咲は椅子に座った。


「あなたは」


「名前は、今は言えません」男は静かに言った。「ただ、あなたに伝えなければならないことがある」


「どんなことですか」


男はテーブルの上に、薄いファイルを置いた。


「田島剛造さんのことです」


美咲の体が、わずかに固まった。


「……続けてください」


「田島さんは今、ある意味で時限爆弾を抱えています」


「どういう意味ですか」


男はファイルを開かずに、美咲を見た。


「田島さんの体は、普通の人間の体ではありません。あなたはもう、そのことに気づいていますか」


美咲は答えなかった。


傷が消えた掌のことは、剛造から聞いていた。


「……続けてください」


「田島さんの意識は、ある技術によってこの肉体に転写されています。しかしその転写は、永続するものではない」


「永続しない、とは」


「意識の安定性には限界があります」男は言った。「起動から六ヶ月を境に、徐々に記憶の混濁が始まります。昭和の記憶と令和の現実が入り混じり、やがて判断力が低下する」


美咲は息をのんだ。


「そして最終的には――」


「最終的には」


「意識が、消えます」


部屋に、沈黙が落ちた。


「いつ起動したんですか」男に向かって美咲は聞いた。「田島さんが永田町で目覚めたのは、二ヶ月前です。あと四ヶ月ですか」


「それが……わからないんです」


「わからない?」


「起動のタイミングは確認できています。しかし、意識の安定性には個人差がある」男は言った。「田島さんの場合、予想より安定しています。おそらくは……」


男は少し間を置いた。


「あなたが傍にいるからだと、私たちは考えています」


美咲は目を細めた。


「どういうことですか」


「転写個体の意識安定には、転写元と強い感情的紐帯を持つ人物の存在が助けになる」男は言った。「田島さんとあなたの祖父・桐島五郎博士は、深い信頼関係にあった。その紐帯が、あなたを通じて田島さんの意識を安定させている可能性がある」


美咲はしばらく黙っていた。


「……私が傍にいることで、田島さんの時間が延びる」


「そう考えています」


「逆に言えば、私が傍にいなければ」


「早まる可能性がある」


美咲は目を閉じた。


おじいちゃん。あなたは私を、田島さんの「安定装置」として育てたのですか。


怒りではなかった。


ただ、すべてが繋がっていく感覚があった。


「一つ聞かせてください」と美咲は言った。「あなたは誰の味方ですか」


男はすぐには答えなかった。


「田島さんの、と言いたいところですが」男はゆっくり言った。「正確には……桐島五郎博士の遺志の、味方です」


「おじいちゃんの遺志」


「博士は、田島さんにこの国を立て直してほしかった。そのために、プロジェクトを設計した。私はその設計を、完成させたいだけです」


「御堂は」


男の顔が、わずかに曇った。


「御堂慎一郎は……このプロジェクトの存在を知っています。そして悪用しようとしています」


「どう悪用するんですか」


「田島さんの意識データを使って、自分自身を転写しようとしている」


美咲は目を上げた。


「自分を、不死化しようとしている」


「そうです」


部屋に、また沈黙が落ちた。


そのとき、部屋の隅で物音がした。


美咲は振り返った。


壁際に、いつの間にか人影があった。


「……随分と詳しい話をしとるな」


田島剛造だった。


腕を組み、壁にもたれて立っていた。いつ入ってきたのか、まったくわからなかった。


男は驚いた様子もなく、剛造を見た。


「田島さん、ですね。お会いできて光栄です」


「光栄かどうかは知らん」剛造は部屋の中央へ歩き、椅子を引いて座った。「俺の話を勝手にするな。当事者がここにいる」


「……失礼しました」


「もう一度、最初から話せ。今度は俺に向かって」


男はしばらく剛造を見た。


それから、静かに頷いた。


「わかりました」


-----


男が話し終えると、部屋に沈黙が続いた。


剛造は腕を組んだまま、天井を見ていた。


美咲は剛造の横顔を見ていた。


怒っているのか、考えているのか、読めなかった。


「一つだけ聞く」と剛造は言った。


「はい」


「俺に残された時間は、正確にはわからんと言ったな」


「はい。ただ、最短で四ヶ月、最長で」


「最長は」


男は少し間を置いた。


「……二年、という報告書があります。ただしそれは理論値で」


「二年あれば十分だ」


美咲は剛造を見た。「十分って……」


「やることは決まっとる」剛造は言った。「御堂を潰す。日本を立て直す種を蒔く。それだけだ。二年あればできる」


「でも田島さん、あなたは」


「消えることが怖いと思うか」


美咲は答えられなかった。


「俺は一度死んだ人間だ」剛造は静かに言った。「二度目の人生で、やるべきことをやる。それだけだ。怖くはない」


「……本当に怖くないんですか」


剛造は少し間を置いた。


「嘘をついた」


美咲は息をのんだ。


「怖い」剛造は言った。「やり残すことが、怖い。国民に、種を渡せないまま消えることが、怖い」


その言葉が、静かに部屋に沈んだ。


美咲は目の奥が熱くなるのを感じた。


「田島さん」


「なんだ」


「消えさせません」


剛造は美咲を見た。


「私が傍にいれば、時間が延びるんでしょう」美咲は男を見た。「そうですね」


「可能性としては、はい」


「じゃあ私はずっと傍にいます」美咲は剛造を見た。「おじいちゃんがそういう設計をしたなら、私はそれを全うします。それが私の仕事です」


剛造はしばらく美咲を見た。


「お前を巻き込むつもりはない」


「もう巻き込まれてます」


「……そうだな」


剛造は小さく、口の端を曲げた。


「骨がある」


-----


男が帰った後、二人は夜の渋谷を歩いた。


「あの男、信用できますか」と美咲は言った。


「わからん」剛造は言った。「だが話の内容は、これまでの点と一致していた。嘘をついている様子もなかった」


「御堂が自分を転写しようとしているというのは」


「あり得る話だ」剛造は言った。「権力を永遠に持ち続けたい人間は、古今東西どこにでもいる。手段が変わっただけだ」


「田島さんはどう思いますか、自分が転写された存在だということ」


剛造はしばらく黙って歩いた。


「桐島博士が俺を選んだ理由がある」剛造はやがて言った。「それが何かは、まだわからん。だが選ばれたからには、それに応えるだけだ」


「おじいちゃんのこと、怒ってないですか」


「怒る理由がない」


「だって、勝手に転写して」


「俺が生きていた頃、国のために勝手に動くことはよくあった」剛造は言った。「俺もやったし、部下にもやらせた。桐島博士も同じだ。国のために、勝手にやった。それだけだ」


美咲は剛造の横顔を見た。


「田島さん、やっぱり不器用ですね」


「そうか」


「でも」美咲は言った。「そういうところが、おじいちゃんに似てます」


剛造は何も言わなかった。


ただ、夜の街を、まっすぐ歩き続けた。


-----


その夜、都内のある場所で。


白髪の老人が、電話を受けた。


「会いました。二人とも、知りました」


老人は目を閉じた。


「田島さんの反応は」


「……予想通りでした。怖くないと言って、怖いと言いました」


老人は静かに笑った。


「五郎さん、あなたが言っていた通りの人ですよ」老人はつぶやいた。「『田島さんは、嘘をつけない人だ』と、あなたはいつも言っていた」


老人は窓の外を見た。


「残りの時間で、あの人はどこまでやれるでしょうか」


電話の向こうには、答えがなかった。


老人は静かに電話を切った。


そして、一枚の古い写真を取り出した。


田島剛造と、桐島五郎が、肩を並べて笑っている写真だ。


「五郎さん」


老人は写真を見た。


「あとは――私が、仕上げます」




-----


読んでいただきありがとうございます!

田島剛造のタイムリミットが、ついに明かされました。次話から物語が大きく動きます。

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