表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の宰相 〜昭和の豪腕政治家が蘇る〜  作者: けんけん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

第3話 御堂慎一郎という男

永田町は、東京の中でも特別な空気が流れている。


権力の匂いとでも言うのか。霞が関の官僚街とも、丸の内のビジネス街とも違う、独特の緊張感がある。ここで生きる人間は皆、何かを狙い、何かを守り、何かを恐れている。


田島剛造はその空気を懐かしいと思いながら、衆議院第二議員会館の前に立った。


「本当に行くんですか」と桐島美咲が言った。「アポなしで幹事長室に」


「行かなければ始まらん」


「追い返されますよ」


「追い返されたら、また来る」


剛造はコートの襟を正し、入り口へ歩いた。


-----


受付で剛造は静かに言った。


「御堂幹事長にお取次ぎ願いたい。田島と申します」


受付の女性は丁寧に笑った。「アポイントメントはございますか」


「ない。ただ、竜神会の黒岩からの紹介と伝えていただければ、幹事長はわかります」


女性の表情が一瞬固まった。それを剛造は見逃さなかった。


しばらくして、スーツ姿の若い男が現れた。秘書だろう。三十代、目が鋭い。御堂の側近と見た。


「田島様でいらっしゃいますか」


「そうだ」


「……少々お待ちください」


男は廊下の奥へ消えた。美咲が剛造の隣で小声で言った。「黒岩さんの名前、効きましたね」


「ああ。御堂はああいう筋と繋がっとる。だから名前を聞いて無視できない」


五分後、秘書が戻ってきた。


「幹事長がお会いになります」


-----


幹事長室は広かった。


調度品は高級で、壁には著名人との写真が並んでいる。総理との握手、外国要人との会食、経済界の重鎮たちとのツーショット。権力の証明書を壁一面に貼り並べたような部屋だ。


御堂慎一郎は、部屋の奥のソファに座っていた。


六十代、白髪交じりの頭、温和そうな顔。テレビで見る「改革派の重鎮」そのままの風貌だ。しかしその目は笑っていない。値踏みをする目だ。


美咲はふと、壁の写真に目を止めた。


著名人との写真が並ぶ中に、一枚だけ古い白黒写真が混じっていた。


昭和の政治家たちの集合写真のようだ。


あの顔がある。


剛造と同じ顔が、その写真の中にあった。


そして御堂の父と思われる男が、その隣に立っていた。


御堂の父と田島剛造は、知り合いだった。


「田島さん、でしたか」御堂は穏やかな声で言った。「黒岩さんのご紹介とのことで。どのようなご用件でしょう」


剛造は勧められたソファに座った。美咲は入り口近くに立ったまま、手帳を持っている。御堂は美咲をちらりと見た。


その目が、一瞬だけ止まった。


美咲は気づかなかった。しかし御堂の視線は、美咲の顔をほんの少しだけ、長く見ていた。


「単刀直入に言う」と剛造は言った。「あなたとアーク・キャピタルの関係について、話したいことがある」


室内の空気が、かすかに変わった。


御堂の顔から表情は消えなかった。しかし目の奥が、一瞬だけ鋭くなった。


「……アーク・キャピタル? 私はそのような会社とは」


「御堂建設の子会社・御堂インベストメントが、アーク・キャピタルの日本法人に出資している。その出資の見返りとして、港湾整備の入札情報が事前に流れている」


御堂は微笑んだままだった。「それは根拠のない話では」


「根拠がなければここに来ない」


剛造はスーツの内ポケットから、折りたたんだ紙を一枚取り出した。広げて、テーブルに置いた。


数字が並んでいる。日付、金額、口座番号の断片、そして企業名。


御堂はその紙を見た。


一秒、二秒、三秒。


「……どこでこれを」


「それはあなたには関係ない」


御堂はゆっくりと目を上げた。穏やかな表情は消えていた。その目に、剛造が初めて本物の御堂を見た気がした。冷たい、計算だけで動く男の目だ。


「あなたは、何者ですか」


「田島剛造だ」


「田島……」


御堂の目が、かすかに揺れた。


美咲はそれを見た。


驚きではなかった。確認するような目だった。まるで、その名前を予期していたかのような。


「その名前は」と御堂は言った。声が、ほんの少しだけ低くなった。


「昭和の政治家だ。知っとるか」


「……知っています」


御堂はゆっくりと答えた。「父が、大変お世話になった方です」


「そうか」


「しかし田島総理は、とっくに」


「死んだ。だが戻ってきた」


沈黙。


御堂は剛造を見た。その顔には、困惑と警戒と――美咲には読めない何かが、複雑に混じっていた。


「……何が目的ですか」


「目的はひとつだ」剛造は言った。「この国を立て直す。あなたがやっていることは、その邪魔になる」


「私は日本の経済成長のために、外国資本の導入を推進している。それの何が問題なのですか」


「水と土を売ったら、国じゃねえ」


剛造の声は低かったが、室内に響いた。


「港湾を売る。農地を売る。水道を売る。それで入ってくる金は、誰のところへ行く。国民のところへ行くか。地方の農家のところへ行くか」


御堂は答えなかった。


「あなたのところへ行く。御堂建設のところへ行く。アーク・キャピタルのところへ行く。国民には何も残らん」


「……投資です。長期的には」


「長期的に国民が豊かになった例を、ひとつでも見せてくれ」


また沈黙。


御堂は視線をテーブルの紙に落とした。それから顔を上げ、今度は別の表情になった。交渉の顔だ。


「田島さん、あなたが何者かは今は問いません。ただ……その資料を、どうするつもりですか」


「今は何もしない」


「今は、ということは」


「あなたの動きを見る。もし動きが変わらないなら、然るべき場所へ持っていく」


御堂はしばらく考えた。その顔には、様々な計算が走っているのが見えた。


「……わかりました」と御堂は言った。「お話は承りました」


剛造は立ち上がった。紙を手に取り、ポケットに戻した。


「最後にひとつだけ言っておく」


御堂は黙って剛造を見た。


「あなたは賢い男だ。だからこそ言う。賢い人間が間違った方向へ進むと、馬鹿が間違うより何倍も質が悪い。まだ引き返せる」


御堂は答えなかった。


剛造は踵を返し、部屋を出た。


-----


議員会館を出ると、冬の風が吹いていた。


美咲はコートの前を合わせながら、剛造の隣を歩いた。


「……すごかったです」と美咲は言った。「御堂さん、完全に飲まれてましたね」


「飲まれてはおらん」剛造は言った。「あれは計算しとる。どう対処するか、頭の中でずっと動いとった」


「それでも圧倒されてました」


「圧倒されながら計算できる男は怖い」剛造は言った。「油断したら足をすくわれる」


美咲は手帳に書きながら歩いた。「田島さん、御堂さんが田島さんの名前を聞いたとき……驚いてなかったと思いませんか」


剛造は歩きながら、前を向いたまま言った。「気づいとったか」


「確認するような目でした。まるで知っていたみたいな」


「ああ」


「どういうことだと思いますか」


剛造は少し間を置いた。


「御堂は俺のことを、何か知っとる。父親から聞いていたか、あるいは別の方法で知っていたか」


「別の方法って」


「今はわからん」剛造は言った。「だが御堂が俺の名前に反応したのは確かだ。それだけで今日は十分だ」


美咲は頷いた。


「田島さん」


「なんだ」


「壁に昭和の写真がありましたよね。御堂さんのお父さんと、田島さんが並んでいる写真」


剛造は何も言わなかった。


「御堂さんのお父さんとは、どんな関係でしたか」


しばらく沈黙が続いた。


「……昔の話だ」と剛造は言った。「今は関係ない」


しかしその声に、わずかに何かが混じっていた。


美咲はそれ以上聞かなかった。


-----


その夜、御堂慎一郎は一人で執務室に残り、電話をかけた。


相手は一言で聞いた。「どうする」


御堂はしばらく考えてから答えた。


「……調べろ。田島剛造という男を、徹底的に。それと」


御堂は少し間を置いた。


「桐島美咲の動きも、全て把握しておけ」


「桐島美咲、ですか。なぜ彼女を」


「理由は言わん」御堂は静かに言った。「ただ……あの娘には、気をつけろ」


電話を切り、御堂は窓の外を見た。


夜の永田町。光と闇が混在する街。


「田島剛造……」


その名前を、御堂は静かに繰り返した。


そしてもう一つの名前を、心の中だけでつぶやいた。


桐島五郎。あなたの計画が、動き始めた。


御堂は目を細めた。


政治家として長く生きてきた勘が、警告を発していた。


急がなければならない。田島が動く前に。



-----

読んでいただきありがとうございます!

御堂が「桐島五郎」の名前を知っていた――その意味が、少しずつ見えてきます。

ブックマーク・感想お待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ