表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の宰相 〜昭和の豪腕政治家が蘇る〜  作者: けんけん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/20

第20話 国会前夜

国会質問まで、あと三日。


鎌倉の別荘に、林田誠司、中村誠、桐島賢一が集まった。


テーブルの上に、データが広がっている。


財務省の資料。アーク・キャピタルの帳簿。御堂の資金管理団体との繋がり。通信インフラの売却契約書。


全部揃っていた。


「これだけあれば十分です」と林田は言った。「国会で出せば、御堂は言い逃れできない」


「質問の順番は」と剛造は言った。


中村誠が手元の原稿を出した。「最初に通信インフラの問題から入ります。国民が一番わかりやすい話題から始めて、次にアーク・キャピタルとの資金の繋がり、最後に御堂の口座との直接の証拠を出します」


「いい順番だ」剛造は言った。「感情を入れるな。数字だけで話せ」


「わかりました」


「声は落ち着けて、ゆっくり話せ。慌てると相手に隙を与える」


「はい」


「最後の証拠を出すとき、御堂の顔を見ろ。目を逸らすな。それだけで、国民に伝わる」


中村は頷いた。


賢一が言った。「田島さん、私は何をすればいいですか」


「お前は中村の後ろにいろ。何があっても動くな。ただし、中村が崩れそうになったら、隣から支えろ」


「わかりました」


林田が言った。「美咲さんの記事は、質問の二時間前に出ますよね」


「ああ」美咲は言った。「準備できています。あとはタイミングだけです」


剛造は全員を見渡した。


「全員、準備はいいか」


全員が頷いた。


「三日後、俺たちは動く。御堂は必ず潰しにくる。しかし動じるな。準備してきたことを、ただやれ。それだけだ」


-----


夕方、林田たちが帰った後。


剛造は縁側で一人、海を見ていた。


美咲がコーヒーを持ってきて、隣に座った。


しばらく無言だった。


「田島さん」と美咲は言った。


「なんだ」


「顔色が悪いです」


「そうか」


「昨日より、悪い」


剛造は海を見たまま言った。「問題ない」


「また」


「本当に問題ない。三日持てばいい」


美咲は剛造の横顔を見た。


「三日持てばいい、って……そういう言い方をするんですね」


「正直に言った方がいいだろう」


美咲は少し間を置いた。


「田島さん、怖いですか。今」


剛造はしばらく黙った。



「やり残すことが怖い。三日で全部終わるかどうか、わからん」


「終わります」美咲は言った。「絶対に終わります」


「根拠は」


「田島さんが準備したから」


剛造は小さく鼻を鳴らした。


「お前は楽観的だな」


「田島さんを信じているだけです」


剛造はしばらく海を見た。


「美咲」


「はい」


「一つだけ聞いていいか」


「なんですか」


「お前は、俺が消えた後、どうするつもりだ」


美咲は少し考えた。


「記者を続けます」


「それだけか」


「それと……田島さんのことを、書き続けます。田島さんがやったことを、田島さんの言葉を、ちゃんと残します」


「なぜ」


「誰かが覚えていないといけないから」美咲は言った。「田島さんが言ってたじゃないですか。お母さんの写真について。誰かが覚えていてやらないといかん、って」


「俺は言っていない。黒岩が言った」


「同じことです」


剛造は少し間を置いた。


「……そうだな」


「田島さんのことは、私が覚えています。ずっと」


剛造は海を見た。


その目が、かすかに揺れた。


「……ありがとう」


美咲は少し驚いた。剛造が素直に「ありがとう」と言うのを、初めて聞いた気がした。


「どういたしまして」


二人は並んで、冬の海を見続けた。


-----


その夜。


剛造が眠りについた後、美咲は一人でいた。


手帳を開き、この数週間で書き留めた言葉を読み返した。


剛造の言葉が、びっしりと並んでいた。


「政治は農業と同じだ。丁寧にやれば、必ず実る」

「信じることと動くことは別だ。政治家は信じていなくても、利があれば動く」

「賢い人間が間違った方向へ進むと、馬鹿が間違うより何倍も質が悪い」

「逃げることと、動き続けることは別だ」

「怖くない……嘘をついた。怖い。やり残すことが、怖い」


美咲は手帳を閉じた。


これだけの言葉を残した人間が、消えてしまう。


それが、どうしようもなく惜しかった。


おじいちゃん、あなたはこの人を選んで正解だった。


美咲はパソコンを開き、記事の最終稿を確認した。


完璧だった。


あとは三日後を待つだけだ。


画面を閉じようとしたとき、スマホに通知が来た。


須藤からだった。


「明日、お会いできますか。田島さんにも、美咲さんにも、お伝えしたいことがあります」


美咲は少し考えてから、返信した。


「わかりました。明日の午前中でいいですか」


すぐに返信が来た。


「はい。実は……プロジェクトの最後の設計について、お二人に話しておかなければならないことがあります」


美咲は画面を見た。


プロジェクトの最後の設計。


胸の奥で、何かが動いた。


-----


翌朝。


剛造が起きてきたのは、いつもより遅かった。


六時ではなく、七時だった。


「珍しいですね」と美咲は言った。


「少し眠れなかった」


「大丈夫ですか」


「ああ」


剛造はコーヒーを受け取り、一口飲んだ。


そのとき。


剛造の手が、止まった。


美咲を見た。


その目が、一瞬だけ——


「…………」


何かが、揺れた。


美咲の顔を見て、剛造は言った。


「……美咲か」


美咲は息をのんだ。


「はい。美咲です。田島さん、わかりますか」


剛造はしばらく美咲を見た。


それから、目を閉じた。


開けた。


「……ああ。わかっとる。すまん」


美咲はテーブルに手をついた。


「田島さん」


「問題ない」


「問題あります」


「三日持てばいい」


「田島さん!」


美咲の声が、震えた。


剛造は美咲を見た。


その目に、いつもの鋭さが戻っていた。しかし美咲には見えた。その鋭さの奥に、疲弊が積み重なっていることが。


「……すまん」剛造は静かに言った。「心配をかけた」


「心配して当然です」


「そうだな」


美咲は深く息を吸った。


「今日、須藤さんが来ます。プロジェクトの最後の設計について話があるって」


剛造は少し間を置いた。


「……そうか」


「田島さん、もしかして知っていましたか。最後の設計のことを」


剛造は窓の外を見た。


「五郎の手紙に、少しだけ書いてあった」


「どんなことが」


剛造はしばらく黙った。


「須藤が来たら、一緒に聞こう」


美咲は剛造を見た。


その横顔に、初めて見る表情があった。


覚悟と、それと同じくらいの――惜しむような何かが、混在していた。


田島さんは、知っている。


自分がどうなるかを、知っている。


美咲は手帳を開き、何も書かずに閉じた。


令和の朝が、静かに明けていた。



-----


読んでいただきありがとうございます

ブックマーク・感想お待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ