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亡国の宰相 〜昭和の豪腕政治家が蘇る〜  作者: けんけん


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16/21

第16話 記事、公開

その日の正午。


桐島美咲は、パソコンの前に座っていた。


黒岩の事務所の一室を借りて、朝から書き続けた記事が、ようやく完成した。


タイトルはこうだった。

「日本の通信インフラが、外資に売られようとしている――その先に何が起きるか」


美咲は最後にもう一度、全文を読んだ。


数字がある。具体的な企業名がある。売却の仕組みがある。そして、それが国民の生活にどう影響するかが、平易な言葉で書いてある。


難しいことを、簡単に。


それが、美咲の書き方だった。


おじいちゃんから受け継いだ、唯一のものかもしれない。


「できましたか」


剛造が背後から声をかけた。


「できました」美咲は言った。「読みますか」


「ああ」


剛造はモニターを見た。


五分、読み続けた。


「……いい記事だ」


「本当に?」


「お世辞は言わん」


美咲は少し笑った。「じゃあ、出します」


「ああ。出せ」


美咲は投稿ボタンを押した。


-----


記事が公開されたのは、正午過ぎだった。


最初の一時間、反応は静かだった。


しかし午後二時を過ぎたあたりから、SNSが動き始めた。


「これ本当なのか」

「基地局が外資に買われたら、有事のときどうなる」

「なんでこんな話がニュースになってないんだ」

「この記者、前も拡散した人だ。信頼できる」


午後三時。シェア数が五万を超えた。


午後四時。テレビのニュース番組が取り上げ始めた。


午後五時。国会議員の複数が、SNSでコメントを出し始めた。


美咲はスマホの画面を見て、剛造に見せた。


「田島さん、見てください」


剛造はスマホを受け取り、数字を確認した。


「五万か」


「一時間でここまで来るのは異例です」


「内容が本物だからだ」


「これ、テレビも取り上げ始めました。夜のニュースでも出るかもしれない」


剛造はスマホをテーブルに置いた。「御堂が動くのは、今夜だ」


「どんな動きをしますか」


「記事の否定。美咲への圧力。そして」剛造は言った。「橘総理への揺さぶりだ」


「総理への揺さぶり?」


「橘が通信インフラを一時停止した。御堂はそれを、党内で問題にしようとするはずだ。『総理が独断で動いた』という形で」


「党内を使って総理を孤立させる、ということですか」


「そうだ。御堂のやり方だ。正面からではなく、周囲を崩して孤立させる」


美咲は手帳に書いた。「どう対処するんですか」


「橘に連絡する。今夜中に、もう一手打ってもらう」


「どんな一手ですか」


剛造はコートを羽織った。「橘が自分の口で、国民に話す」


「記者会見ですか」


「官邸からの発表でいい。通信インフラを一時停止した理由を、国民に直接説明してもらう。御堂が党内で動く前に、国民世論を味方につける」


美咲は目を丸くした。「それ、橘総理が動いてくれますか」


「動く」剛造は言った。「今朝の目が、そう言っていた」


-----


夕方、剛造は藤堂に電話した。


「橘に伝えてくれ。今夜、官邸から国民向けの発表をしてほしい。通信インフラの件だ」


藤堂はしばらく沈黙した。


「……先生、それは橘総理にとって大きなリスクです。御堂との全面対立になる」


「わかっとる。だが御堂が党内を動かす前に、橘が国民の前に出れば、御堂は動けなくなる。国民世論が盾になる」


「なるほど……」


「橘は動けるか」


「伝えてみます。ただ先生、一つだけ」


「なんだ」


「橘総理は、あなたのことを信じています。今朝の会談で、そう感じました。しかし同時に、あなたが言った『消える』という言葉を、ずっと気にしています」


剛造は少し間を置いた。


「……そうか」


「先生の時間が限られているなら、橘に話しておいた方がいいかもしれません。全部ではなくても」


「それは今夜考える」


「わかりました。橘に連絡します」


電話を切り、剛造は窓の外を見た。


夕暮れの東京。


「田島さん」美咲が言った。「橘総理に、自分の秘密を話しますか」


「一部はな」


「怖くないですか」


「政治家に秘密を話すのは、常に賭けだ」剛造は言った。「しかし賭けなければ、動かない」


「橘総理は信頼できますか」


「今朝の目は、本物だった」剛造は言った。「目を見れば、人間はわかる」


美咲はその言葉を手帳に書いた。


「田島さん、一つ聞いていいですか」


「なんだ」


「御堂の出生の秘密、御堂本人は知っているんですか」


剛造は少し考えた。


「……おそらく知っている」


「なんでそう思うんですか」


「御堂が俺の名前に反応した目を、覚えているか」


「はい。確認するような目でした」


「あれは、転写された人間の名前を聞いたときの目だ。自分が転写の器として育てられたことを知っている人間の目だ」


美咲は息をのんだ。


「御堂は……ずっと知っていたんだ」


「そうだ」


「だから不死化にこだわる」


「自分を器として育てた父親と同じことを、自分でもやろうとしている」剛造は言った。「悲しい話だ」


美咲はしばらく黙っていた。


「田島さん、御堂に会ったら、その話をしますか」


「……する」


「なんで」


「最後にもう一度だけ、引き返せる機会を与えたい」


「それが、政治家としての流儀ですか」


「人間としての流儀だ」


-----


夜八時。


橘総理の官邸からの発表が出た。


「通信インフラに関する外資への売却案件について、国家安全保障上の観点から精査が必要と判断し、一時停止を命じました。国民の皆様に、詳細は追って説明いたします」


たった三行だった。


しかしSNSが、また動いた。


「総理が動いた」

「御堂幹事長の案件に、総理が待ったをかけた?」

「これ、内閣が割れてるんじゃないか」

「橘総理、やるじゃないか」


美咲はその反応を見て、剛造に見せた。


「田島さん、総理が動きました」


「ああ」


「これで御堂は党内を動かしにくくなりましたね」


「しばらくはな。しかし御堂はまだ諦めない」


「次にどう動きますか」


「美咲の記事と総理の発表に対して、正面から否定するか、別の問題を起こして目を逸らすか」剛造は言った。「どちらにしても、動くのは明日以降だ。今夜は少し休め」


「休んで大丈夫ですか」


「動き続けるためには、休むことも必要だ」


美咲は少し笑った。「田島さんが休もうと言うのは珍しい」


「俺も疲れとる」


「え、そんなこと言うんですか」


「言ったらいかんか」


「いや、なんか……人間らしい」


「人間だ」


美咲は笑った。


剛造も、小さく笑った。


-----


その夜、御堂慎一郎は側近の報告を受けた。


「美咲の記事が拡散し、橘総理が発表を出しました」


御堂は黙っていた。


「党内への根回しを始めますか」


「……する必要がなくなった」


側近は首をかしげた。「どういう意味ですか」


「橘が国民向けに発表した。これを党内問題にすれば、国民から見て御堂側が悪者になる」御堂は静かに言った。「政治的な手は、しばらく使えない」


「では」


「別の手を使う」


側近は息をのんだ。「身柄確保、ですか」


「ああ」御堂は言った。「政治で動けないなら、政治以外で動く。田島の体内データを確保すれば、すべてが変わる」


「しかし昨夜は逃げられました」


「黒岩のところにいる。直接は動けない」御堂は少し間を置いた。「田島は必ず、黒岩の外に出る。その瞬間を待つ」


「いつ出ると思いますか」


「一週間後だ」


側近は首をかしげた。「なぜ一週間後と」


御堂は静かに言った。


「田島は一週間後に、国会で動こうとしている。中村誠を使った質問だ。そのために、必ず永田町に出てくる」


「……読んでいたんですか」


「田島剛造のやり方は、研究し尽くしている」御堂は言った。「問題は、その先だ」


「その先、とは」


御堂は窓の外を見た。


「田島が国会で動く前に、こちらが動けるか。それだけだ」


御堂の目に、静かな炎が宿った。


「一週間で、決着をつける」


-----


その夜、黒岩の事務所で。


剛造は一人、電気を消した部屋に座っていた。


月の光だけが、窓から差し込んでいる。


剛造は自分の手を見た。


傷が消えた掌。普通より速く治る体。


俺はあと、どれくらい持つ。


須藤の言葉が頭をよぎった。


最短で四ヶ月。最長で二年。


起動から、すでに二ヶ月が過ぎた。


残り、最短で二ヶ月。


「……足りるか」


剛造はつぶやいた。


御堂を国会で追い詰める。通信インフラを守る。若手議員を育てる。そして美咲に、残りの道筋を伝える。


やることは、まだある。


「足りんかもしれんな」


剛造は目を閉じた。


しかし次の瞬間、目を開けた。


前を向いた。


「やるしかない。それだけだ」


月の光が、昭和の怪物を静かに照らしていた。




-----


読んでいただきありがとうございます。

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