表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の宰相 〜昭和の豪腕政治家が蘇る〜  作者: けんけん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/21

第11話 外資の罠

翌朝。


田島剛造は、いつもより早く起きていた。


美咲が起きてきたのは六時だった。リビングに出ると、剛造は机に向かっておらず、窓の前に立って外を見ていた。


「田島さん、珍しいですね。ノートじゃなくて窓の外を見てる」


「考えとった」


「何をですか」


剛造は振り返った。その目は、昨夜から続いている「遠くを見る目」のままだった。


「五郎の手紙に、一つ重要なことが書いてあった」


美咲は固まった。「……話してもらえますか」


「今日話す。その前に、ひとつ確認したいことがある」


「なんですか」


「アーク・キャピタルの日本法人の動きを、どこまで調べられた」


美咲は手帳を取り出した。「先週から調べてます。港湾三か所、農地が新潟を含む五県、水道事業が二市。それと」美咲は少し間を置いた。「通信インフラにも手を伸ばし始めています」


剛造の目が鋭くなった。「通信か」


「はい。地方の通信基地局の買収を、ダミー会社を通じて進めているようです。まだ表には出ていないです」


「それが五郎の手紙に書いてあったことと繋がる」


「どういうことですか」


剛造は椅子に座り、美咲を見た。


「五郎は死ぬ前に、ひとつの警告を残していた。『外資によるインフラ買収は、経済の問題じゃない。安全保障の問題だ。通信インフラを握られたら、有事の際に日本は動けなくなる』と」


美咲はペンを止めた。


「安全保障」


「港湾を握られたら、物資が入らない。農地を握られたら、食料が止まる。通信を握られたら、情報が遮断される。これは三点セットだ。経済侵略じゃなく、静かな軍事占領だ」


美咲の手が、震えた。


「……それ、記事にできますか」


「証拠を揃えてからだ」剛造は言った。「だが今日、その証拠を手に入れる手がかりができた」


「どこからですか」


「財務省の中堅官僚だ。若手議員の鈴木が繋いでくれた」


-----


午後、剛造と美咲は霞が関近くの喫茶店で、一人の男と会った。


財務省主計局の官僚、林田誠司。三十八歳。痩せた顔に、疲れた目をしていた。


「リスクを承知で来ました」と林田は言った。「鈴木先生から話を聞いて……このままではいけないと思って」


「何を持ってきた」と剛造は言った。


林田はカバンから、薄いUSBメモリを取り出した。


「アーク・キャピタルの日本法人への資金の流れです。表の帳簿と、裏の帳簿。御堂幹事長の資金管理団体との繋がりも含めて」


剛造はUSBを受け取った。


「命がけだな」


「そうかもしれません」林田は言った。「でも、このデータを持ったまま何もしない方が、もっと辛い」


「お前みたいな官僚が、財務省にはあと何人いる」


林田は少し考えた。「……私が知っている限り、五人はいます。みんな同じことを思っています。ただ、動けない」


「動けない理由は」


「御堂の目が怖い。動いたら潰されると思っている」


剛造は林田を見た。


「潰されることと、国が潰れることと、どちらが怖いか」


林田は息をのんだ。


「……国が潰れる方が、怖いです」


「なら動け。五人全員に伝えろ。俺が使う」


林田はしばらく剛造を見た。


それから、深く頭を下げた。


「……わかりました」


-----


喫茶店を出ると、美咲は剛造に言った。


「田島さん、あのUSBの中身、本物ですか」


「本物だ」


「なんでわかるんですか。見てもいないのに」


「林田の目だ」剛造は言った。「嘘をついている目じゃなかった。追い詰められた人間の目だった。ああいう目の人間が持ってくるものは、本物だ」


「目で判断するんですね、いつも」


「人間は目に出る。昭和から変わっていない」


美咲は手帳に書きながら歩いた。


「田島さん、さっき言っていた五郎の手紙の話、聞かせてもらえますか」


剛造は少し間を置いた。


「全部は話せない。ただ、一つだけ」


「はい」


「五郎は手紙の最後に、こう書いていた」剛造はゆっくり言った。「『田島さん、あなたに頼みたいことがひとつあります。私の孫・美咲を、最後まで傍に置いてください。あの子はあなたを守るために生まれてきたのではありません。あなたと一緒に、日本の未来を見るために生まれてきた。それが私の願いです』」


美咲の足が、止まった。


「……おじいちゃんが」


「ああ」


「私は道具じゃなかった」


「そうだ」


美咲は俯いた。


目の奥が、熱くなった。


「田島さん」


「なんだ」


「おじいちゃんに、お礼を言いたい」


「死んどるぞ」


「わかってます」美咲は笑った。目に涙が光っていた。「でも言いたいんです」


剛造は何も言わなかった。


ただ、前を向いて歩きながら、小さく言った。


「言えばいい。あいつには届く」


美咲は空を見上げた。


「おじいちゃん、ありがとう」


冬の空は、青かった。


-----


夕方、アパートに戻った剛造はUSBの中身を確認し始めた。


美咲がパソコンに繋ぎ、データを開く。


数字が並んでいた。


剛造は黙って画面を見た。五分、十分、十五分。


「……全部見えた」


「何がわかりましたか」


「御堂の資金の流れが、三層構造になっている」剛造は言った。「表の政治資金、裏のダミー会社、そして最深部にアーク・キャピタルとの直接口座がある。これを国会で暴露すれば、御堂は終わる」


「でも、国会で暴露するには議員が必要ですよね」


「中村誠を使う」


「中村さんに、このデータを渡すんですか」


「渡す。ただし」剛造は少し間を置いた。「タイミングを間違えると御堂に潰される。準備が必要だ」


「どんな準備ですか」


「まず、メディアを動かす。国会質問の前に世論を作る。世論が先にあれば、御堂も簡単には潰せない」


美咲は頷いた。「それが私の仕事ですね」


「ああ」


「わかりました」美咲はパソコンに向かった。「どこから書きますか」


「通信インフラだ。一番わかりやすい。国民の携帯電話の基地局が外資に買われようとしている。それだけで十分伝わる」


美咲はキーボードを叩き始めた。


剛造はその横で、次の手を考えた。


御堂を国会で追い詰める。

メディアを動かして世論を作る。

そしてデータを守る。


やることは、山積みだ。


しかし剛造は、焦らなかった。


「田島さん」と美咲は書きながら言った。


「なんだ」


「手紙の他の部分には、何が書いてありましたか」


剛造は少し間を置いた。


「……いつか話す」


「いつですか」


「時が来たらな」


美咲はため息をついた。「それ、何回聞いたかわからないですよ」


「政治家は、タイミングを選ぶものだ」


「私に対してまで政治しないでください」


剛造は小さく、口の端を曲げた。


「善処する」


美咲は笑いながら、また記事を書き続けた。


-----


その夜、御堂慎一郎は報告を受けた。


「財務省の林田誠司が、田島側に接触しました」


御堂の表情が、わずかに変わった。


「林田か。やはり動いたか」


「処分しますか」


御堂は少し考えた。


「するな」


「なぜですか」


「林田を処分したら、他の四人が一気に動く。火に油だ」御堂は言った。「泳がせておけ。ただし、何を渡したか把握しろ」


「わかりました」


「それと」御堂は続けた。「通信インフラの件は急げ。田島が気づいている。公になる前に、契約を完了させろ」


「あと二週間あれば」


「一週間でやれ」


側近は頷いた。


御堂は電話を切り、窓の外を見た。


夜の東京。


「田島剛造……」御堂はつぶやいた。「あなたは本当に、昭和の怪物だ」


御堂の目に、静かな敬意と、それ以上の警戒が宿った。


「だからこそ、早く終わらせなければならない」


御堂は引き出しを開けた。


「Project Legacy」の封筒。


そしてその下に、もう一枚の書類があった。


タイトルには「転写実行プロトコル」とある。


御堂はその書類を取り出し、一行目を読んだ。


転写実行には、転写元の意識データと、肉体の物理的確保が必要である。


「肉体の確保……」


御堂は書類を閉じた。


「急ぎましょう、田島さん。あなたの時間も、私の時間も、あまりない」


-----

読んでいただきありがとうございます!

ブックマーク・感想お待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ