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亡国の宰相 〜昭和の豪腕政治家が蘇る〜  作者: けんけん


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第1話 亡国

東京・永田町。


十一月の夜は、冷たかった。


国会議事堂から三本裏に入った路地。街灯が一本、オレンジ色の光を落としている。普段は人通りのない場所だ。


その路地の端に、男が倒れていた。


-----


桐島美咲がその路地を通ったのは、偶然ではなかった。


いや――美咲自身はそう思っていなかった。ただの帰り道のつもりだった。いつもは使わない道を、なぜかその夜だけ選んだ。強いて言えば、虫の知らせとでも言うのか。


おじいちゃんが言っていた。「いつかここへ来ることになる」と。


幼い頃の記憶だ。祖父・桐島五郎は、ことあるごとに不思議なことを言う老人だった。科学者のくせに、まるで予言者のような言葉を残していった。美咲はその言葉の意味を、今も半分しか理解していない。


「あの、大丈夫ですか!」


美咲は男のそばにしゃがみ込んだ。


男はゆっくりと目を開けた。


低い声だった。老人のような、しかし妙に力のある声。


「…………ここは、どこだ」


「永田町です。救急車、呼びましょうか」


「永田町……」


男は体を起こし、周囲を見回した。その目が、ビルの電光掲示板に止まる。


「令和六年十一月」


男の動きが、止まった。


一秒。二秒。三秒。


「…………」


美咲には、その沈黙の意味がわからなかった。


しかし後になって思い返せば、あの三秒間に、この男はすべてを理解したのだと思う。自分がどこにいるのか。自分がなぜここにいるのか。これから何をしなければならないのかを。


「おかしいな」と男はつぶやいた。「俺は昭和六十二年に裁判所におったはずだが」


美咲は眉をひそめた。「え?」


「いや、いい」


男は立ち上がった。


身長は175センチほど。スーツの下に、規格外の体格がある。顔は六十代に見えるが、動きは四十代のそれだ。


そしてその目が――美咲には、うまく説明できなかったが――普通の人間の目ではなかった。何十年分もの時間を、その目の奥に押し込めたような目だった。


「ひとつ聞くが」と男は言った。「今の総理は誰だ」


「橘哲也です」


「橘。知らん名前だな」男は顎を撫でた。「幹事長は?」


「御堂慎一郎です」


「御堂……」


男の目が、一瞬だけ鋭くなった。


美咲は気づかなかった。しかし男の中では、何かが動いた。


「……御堂建設の倅か」


「え、知ってるんですか?」


「親父を知っとる」


美咲は固まった。御堂慎一郎の父・御堂正一は、昭和の政財界に名を馳せた人物だ。今の若い世代にはほとんど知られていない。


「あなた、何歳ですか」


「今は関係ない」男は電光掲示板に目を向けた。日経平均株価が流れている。為替レート。国債残高のニュース速報。「国債が……千二百兆?」


美咲は頷いた。「もうすぐ千三百兆になるって言われてます」


「……俺がおった頃は百兆もなかったぞ」


「それは……まあ、昔は少なかったですけど」


男はゆっくりと振り返り、美咲を正面から見た。


「お前、記者か」


「え、なんでわかるんですか」


「カバンのふくらみ方と、目の動きが違う。人の話を聞こうとしとる目だ」


美咲は息をのんだ。「……地方紙から来た新人です」


「地方か。どこだ」


「新潟です」


男の目が、一瞬だけ揺れた。


すぐに消えたが、美咲はそれを見逃さなかった。


「あなた、名前は?」


男は少し考えてから、答えた。


「田島だ。田島剛造」


「田島……剛造?」


「知っとるか」


美咲は首をかしげた。どこかで聞いた名前だ。しかし思い出せない。


「いい。知らなくて当然だ」


男――田島剛造は、永田町のビル群を見上げた。深夜の光の中、国会議事堂の輪郭が遠くに浮かんでいる。


「なあ」と剛造は言った。


「はい」


「今の日本、国民は飯食えとるか」


突然の質問に、美咲は少し戸惑った。


「……食べてはいますけど。でも物価が上がって、給料は上がらなくて、若い人は家を持てなくて、地方は過疎化して……」


「農家は?」


「廃業が増えてます」


「漁師は?」


「同じような感じで」


「インフラは」


「老朽化が問題で、でも予算がなくて補修が追いついてなくて」


剛造は黙って聞いていた。


美咲がひと通り話し終えると、男は深く息を吐いた。


「……俺が作ったものが、全部ガタガタになっとるな」


「え?」


「高速道路も、新幹線も、農村の土地改良も。全部俺が予算をつけたものだ」


美咲は口を開けた。「ちょっと待ってください、それって――」


「田島剛造は知らんと言ったな」剛造は静かに言った。「調べてみろ。昭和の政治家だ」


美咲はスマホを取り出し、検索した。


「田島剛造 元内閣総理大臣 新潟出身 列島改造論……」


写真が出てきた。白黒の古い写真。昭和三十年代のもの。


目の前の男と、顔が、似ていた。いや、似ているどころか――


「…………」


美咲は写真と男を、交互に見た。


「あなた、まさか」


「信じんでいい」剛造は言った。「俺も何が起きたか、まだわかっとらん」


「でも――」


「ただ」


剛造は国会議事堂の方向を向いた。


「あれが腐っとるなら、俺がもう一回やるしかないだろう」


静かな声だった。


その横顔を見て、美咲はなぜか――取材者の本能が、強く騒ぐのを感じた。


この人は、本物だ。


「……田島さん」


「なんだ」


「今夜、泊まるところありますか」


剛造は無言で美咲を見た。


「記者として話を聞かせてもらいたいんです。それと……あなた、お金も持ってないでしょう」


「…………まあ、そうだな」


「うちのソファで良ければ。狭いですけど」


剛造は少し考えてから、頷いた。


「世話になる。恩は返す」


「返し方、怖いですけど」


「金か票か、好きな方を選べ」


「どっちも要りません」


剛造は初めて、口の端を曲げた。笑いではなく、ニヤリとした、獣のような表情だった。


「気に入った。新潟の娘は骨がある」


-----


翌朝。


剛造はソファで四時間眠り、夜明け前から起きていた。


美咲のスマホを借りて、ニュースを読み漁り、経済統計を調べ、政治家の名前と顔を記憶し、永田町の勢力図を頭に叩き込んでいた。


美咲が起きてきたのは七時だった。


「……また起きてたんですか」


「四時間も寝れば十分だ」


テーブルの上には、美咲のノートに書き込まれたびっしりの数字と相関図があった。


「何ですか、これ」


「現状分析だ」剛造は言った。「財務省の構造、主要企業の外資比率、農地の売却状況、防衛予算の推移、各省庁の天下り先……おおむね把握した」


「一晩で!?」


「足りん部分は現場で補う」


剛造は立ち上がり、スーツの襟を正した。


「まず御堂慎一郎に会う」


美咲は目を丸くした。「いきなり幹事長に!?」


「アポがなくても会える方法がある」


「どんな方法ですか」


「あいつが絶対に無視できない名前を、受付に言えばいい」


「どんな名前ですか」


「竜神会の黒岩だ」


美咲は青ざめた。「……ヤクザじゃないですか」


「昔の知り合いだ」


「田島さん、私、そういう取材は」


「お前は来なくていい」


剛造はコートを羽織り、玄関へ向かった。


「ただ、ひとつだけ言っておく」


振り返り、剛造は静かに言った。


「俺はこれから、この国をもう一回作り直す。邪魔するやつは政治家だろうとヤクザだろうと叩き潰す。それを記事にしたいなら、ついてこい」


美咲は一瞬、息を止めた。


「……行きます」


「骨がある」


剛造はドアを開けた。


令和の朝日が、昭和の怪物を照らした。


-----


その朝、東京都内のある場所で。


白髪の老人が、電話を受けた。


「起動を確認しました」


老人は目を閉じた。


「……そうか」


「永田町付近で目覚めたようです。女性が保護しました」


「女性」老人は繰り返した。「名前は」


「桐島美咲。新潟出身の記者です」


老人は、長い沈黙の後、静かに言った。


「……五郎さん、あなたの計画通りになりましたよ」


電話を切り、老人は窓の外を見た。


令和の朝が、静かに明けていた。



-----


読んでいただきありがとうございます!

連載形式で毎日1〜2話更新予定です。

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