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魔女として召喚された私は能力が開花せず、王族との婚約を破棄され王城から追い出されてしまう。けど、王城にある魔術具にこっそり魔力を供給してたの私ですからね?

作者: 海月 花夜
掲載日:2026/03/05


 魔女として異世界に召喚されてから、今日で一年。 

 けれど私は、未だに能力を使えていない。


 ――魔力と魔術具があるこの世界では、

 魔術具なしに魔力を行使できる者を魔女と呼ぶ。



 勿論そんな事が私に出来る訳はなかった。

 何故なら日本に居た頃の私は毎日頭を抱えながら、火車と化した会社の経理担当として深夜まで会社に残っては、ぶつぶつと言いながら数字を調整していた一般人に過ぎない。


 身体も若返り、十六歳ぐらいになってしまった。

 他の子と比べても成長が遅かった私は、高校大学でも背が伸びていたからハッキリと分かる。

 顔は同じなのに、背は百五十ぐらいなり、胸に至っては絶壁だ。

 Dだったのに……。


 そんな私を何で呼び出したのかと、文句を言いたい気持ちは日々強まるばかりだ。

 普通、こういうのは大学で研究とかしてる賢い人の方が良いに決まっている。

 そもそも選ぶとかそういう概念なのかも分からないけど、異世界でも嫌味を押し付けられる私は王城からも出させてもらえず、婚約者である王子に呼ばれ今着いた場所も王城内だ。


「また、無能として笑われるんだ……辛いな」


 懐に仕舞ってある扇子を握りしめ、身体を前に傾ける。

 伸びた手がパーティー会場の扉を押し開けた。


 赤い絨毯が一面に広がった空間の左右には大きな柱がいくつも見え、視線を上に向けずともシャンデリアの眩しい光が目に入って来る。そんな場所で食事の用意された沢山の机を人々が囲い、談笑していた筈なのに入って来た私を見るなり一斉に黙り込んでしまう。


「やっと来たか、この役立たずが――」


 言い捨てる様な冷たい声が、静まり返った会場に響いていた。


「申しわぁけ……」


 近づいて謝ろうとした所で私の視線は横に流れ、喉が動きを止める。

 婚約者であるエリクの隣に、見慣れない女性が一人。


「謝る事も出来ないのか?」


「すみません」


 鍛えられた社畜根性は、一年経っても残っていた。

 けど、そんな事はどうでも良い。


 私よりも綺麗な服を着て、胸の大きなその女は何なんだ。

 王女でもなく、お偉い貴族令嬢とも思えない。


「まぁ良い、お前にも紹介しないとな」


 途中から優しい声色に変わったエリクが、隣に居る女性の背中に手を当てた。


「彼女は、我が王国から誕生した九人目の魔女だ」


 また新しい魔女が見つかったんだ。

 これでこの国には魔女が七人居る事になる。


 私が来るより前に二人の魔女は王族からの婚約を断って他国に行き、目の前の一人を除いた六人の内、二人は王族と婚約し、二人が多額の資金を貰う事を条件にして王国に留まり、残り二人は貴族の手によって殺されたと聞く。


 魔女裁判はなく優遇されていると言っても、悪い事をし過ぎたら処罰される。

 普通に考えれば、余りにも普通の事だった。


 だから私は慎ましく生活してきたつもりだ。


「カトリーヌと言います。どうぞお見知り置き下さい」


 カトリーヌが少しぎこちないお辞儀をする。


「初めまして、サオリです」


 私が言葉を発して少し頭を下げると、カトリーヌが微笑んだ。


「存じていますよ。エリク様から、良く聞いています」


「止すんだ、カトリーヌ。可哀想じゃないか」


 可哀……そぅ? 私が?

 私が無能って事を新しい魔女様に教えてるんだ。

 別にそんな事しなくても、勝手に伝わると思うのに……。


「申し訳ありません。エリク様」


 エリクが背に手を当てた状態でカトリーヌもエリクの肩に手を置き、二人の距離が近くなる。


 この二人……もしかして、出来ちゃってるの……?

 噓でしょ……? 出来損ないだとしても……婚約者が居るんだよ?


 王国はちゃんと一夫一妻制だ。

 勿論王族であっても例外ではない。


「エリク様、どういう事でしょうか?」


「まだ分からないか、これだから無能は――」


 私に向かって言葉を吐き捨ててから、エリクが大きな声を出す。


「エリク・ヴァランシアは今此処に、カトリーヌを新しい婚約者とする事を――宣言する!」


 会場に居る人々にも聞こえる声で話したエリクが私を見る。


「だから、貴様との婚約はもう――終わったんだよ。流石に分かったか?」


 何それ……。

 分からないわよ。

 ただの社畜だった私を勝手に呼び出したのはそっちだ。


 私の生活はどうなるの?

 王城から出られないとは言え、衣食住はあった。


「これから私は……どうしたら……。王城には住んでよろしいのですか?」


「婚約者でもないゴミを、王城に留める訳はないだろ。貴様に何が出来るというんだ?」


「半年前に出来た王都の防壁……」


「それが何だ」


「その魔術具に、魔力を入れるぐらいなら出来ます」


「嘘も大概だな。そんな事が貴様に出来る訳もないし、出来たとしてもカトリーヌは魔女だぞ? 貴様よりも魔力があるのは火を見るよりも明らかだ」


「ですが、私の魔力は」


「知っている。全然ないじゃないか――」


 私は言い返すのを止めた。

 確かに私の魔力は、装置で調べると一般的な量だ。


 だけど私は、他の人達が疲れる量であっても平気で魔術具に魔力を注げている。だから消費量が馬鹿げている魔術具であっても、どうにか維持出来ていた。


「さっさと荷物を纏めて出て行け」


 気づけば私は俯いていた。


「ふざけ……ないでよ……」


 私に手持ちのお金なんてない。

 それに何度も街に行きたいって言っても、拒んだのはあんたでしょ。


「ふざけてなどいない、これが現実だ」


 睨む様に見上げると、冷めた目を向けるエリクと私を嘲笑うカトリーヌの姿を目にする。

 周りからはくすくすと話す声が聞こえ、誰もが私を見ているのが分かった。


「そうですか……。つまり、エリク様は私を捨てて、そのお胸の大きいカトリーヌ様を選ぶという訳ですね」


 私だってこんな貧相な身体じゃなかったら、あんなに馬鹿みたいにでかくないけど、まだマシなんだから……! もう何なのよッ理不尽よ理不尽。


「なっ――、失礼よ貴方ッ」


 カトリーヌが声を荒げる。


「何が失礼よッ、ふざけんじゃないわよッ!!」


 そんなカトリーヌに私は怒鳴り返していた。

 

「勝手に呼んだのはそっちじゃないッ! それを今更追い出すって何様よッ! 調子に乗るのもいい加減にしなさいよッ――! この甲斐性なしッ」


 この国に来てから初めて叫んだ私を見て、エリクが怯えていた。


 情けない。

 あんた今、凄く頼りないわよ。

 それにいくら王位の為とは言え、まだ魔女を傍に置いて頼るだなんて本当にださい。

 第五王子のくせに、王位なんて目指そうとするからそんな事になるんでしょ。


 あぁ、それにしても相手が想定通りじゃない顔を見るって、こんなにも変な感覚になるんだ……。

 知らなかったな。


 そう思うと、何に腹立たしくなっていたのかが薄れて気がした。


「……良いわ。言われた通り、出て行ってあげる。その代わり、もうあんたどうなっても知らないし、二度と私の前に顔を見せないでね。もし見せたら――」


 いけない。

 言い過ぎてしまう……。


「まぁ……そうなったら私は――貴方を殺したくて、魔女になれると思うわ」


 私が呟いた言葉が広がり静寂が訪れる。

 そして私は、エリクから何も言われずに会場を飛び出していた。



 ***



「あぁ、やっちゃった……」


 一年前の私物と数少ない衣服をトランクケースに詰めた私は、夜の王都を歩いていた。

 初めて王城から出たは良いが、嬉しさやわくわくなんて微塵もない。


 あるのは、先の見えない不安とやるせなさだ。


「これから、どうやって生きて行けば……」


 人通りの多い場所で流れに沿って歩いていると、突然俯いていた私の視界に子供が飛び込んで来る。


「いてっ、もぉ前見て――」


 顔を上げた少年が私を見て、怯え出してしまう。


「すみません、貴族の人だとは知らずに……」


「いや、私は違うから。それよりも――」


「すみませんでしたッ!」


 そう言って少年が逃げる様に走り出してしまう。


「それよりも、宿と質屋の場所を……」


 お金すら持っていない私は、自室にあった物。

 エリクから貰った数少ないアクセサリーを売ってお金にするしかない。


 紛い成りにも婚約者だった人からの贈り物だ。

 それを売るのには少し抵抗があるけど……仕方ないよね。


 てか、あんな事があったのにまだ気にしてるんだ私。

 迷わず売り払えば良いじゃん。

 だって、そうしなきゃいけない状況になったのも全部……。


「あぁぁ、もうっ……!」


 静かに声を出した私に、少し小綺麗な服を着ている男性が近づいて来る。


「質屋をお探しですか? でしたら、まだ開いてる店を知ってますが、良ければ案内しますか?」


「えっ、本当ですか?」


 やった。

 これでお金が手に入れば、宿に泊まれるかもしれない。


「是非お願いします」


「分かりました、ではこちらです」


 男性の後を追って全く分からない街中を進んだ。


「この奥に見えている看板がそうです」


 暫く進むとそれらしい看板が、道の奥に見えた。


「ありがとうございます」


 男性に頭を下げ、私は路地に入って行く。

 良かった、どうにか質屋には――。


 看板付近の物陰から男が出て来て、私を真っ直ぐ見ていた。


「おい、ガキじゃねぇかよ、もっとまともな女は居なかったのか」


「うっせぇな。ならお前がやれよ。それに良さそうな物を持ってるのは、間違いねぇよ」


 後ろから私を案内した男の声が聞こえ、私はようやく理解する。

 あぁ私……騙されたんだ。


「ほんと、ついてないな」


 王子に捨てられて、今度はゴミ溜めか。


「何だ、諦めたぞこいつ」


 目の前に居る男が鼻で笑った。

 ……こんな奴に触りたくないけど、触られたくもない。

 

「良いだろ、手間が省けて。そのまま大人しくしとけ、そうしたら痛い思いはしない」


「そうですよね……」


 狭い道で前後から男が迫る。


 嫌だ、嫌だ……。

 来ないで、来ないでよ。


 来ないでって、思ったからねッ――。


「あぁああああああッ――!」


 太ももを指で抓ってから声を出し、私は震える身体を無理やり前に動かしていた。


「――今更抵抗しようってか、馬鹿なガキだ」


 大振りに腕を構えると、相手が防ごうと手を前にかざす。


「このヒールは後で捨てるッ!」


 そう覚悟した私は、身構えて足が開いていた男の腹下を狙い、足を上に振り上げた。


「んぐっ――」


 前に出ていた男の手が内に曲がり、なよなよした状態で男が身を小さくさせる。


「私は悪くないからね!」


 そのまま男の横を通り過ぎて、路地を全力で走り出す。



 逃げなきゃ。

 とにかく逃げなきゃ。


 でも何処に行ったら、良いの……。



 行く宛てもなければ、土地勘も無い。

 そんな場所で、小柄な私が逃げられる訳がなかった。


 曲がった先が暗く、そのまま進んでいると行き止まりだと言う事に遅れて気づき、急いで引き返そうとするも後ろから追って来た二人の男に道を防がれてしまう。


「このガキッ……良くも、やってくれたな。許さねぇぞ!」


「おい待て、殺したら売れないだろ」


「冗談じゃねぇ、殴り殺してやる」


 もう逃げられない。

 登れそうな壁もなければ、相手に警戒されている。


「ちっ、頭に血が上ると直ぐにこれだ。もう少し落ち着け」


「何だとてめぇ! 俺様に指図してんじゃねぇぞ」


 二人が言い合った事で隙を伺うも、直ぐに二人の視線が私に向けられる。


「おっと、逃げられると思うなよ。そっちは行き止まりだぜ」

「こいつ……まだ逃げようとしてんのか、やっぱり足の一本ぐらい折った方が良いな」


「いやっ、来ないで――」


 近づいて来る男達を見て、自然と声が溢れていた。


「今更おせぇんだよッ!」


 更に男が距離を詰めて、私に手が伸びた時だった。


「貴様ら、そんな所で何をしている」


 男達の背後から声がし、私の視線が流れる頃には二人の男も後ろを向いていた。


「……誰だ! 出て来やがれ!」


 暗い道を歩く足音が聞こえ、やがて差し込んだ月明りに照らされた人影が目に映る。


 ――白に照らされ銀の髪に綺麗な青色の瞳。

 前髪が目の上でそれぞれ左右に分けられて見えるその顔は恐ろしく整っており、腰にまで届く程長い後ろ髪が一部前の方で揺れている。そして白いズボンの脇には白い剣が携えられ、更に白い上着とコートを着ているからか、黒い手袋と首元を少し隠している黒色の衣服が目立っていた。


「誰に向かって口を聞いている。この下賤な輩が」


「こいつ……いけ好かねぇな」

「おい待てッ。こいつ……まさか……。でも何でこんな所に――」


「叫ぶ子供の声が聞こえたからだ。それ以外に何の理由がいる」


 淡々と話しながらも剣を引き抜き、白い衣服に身を包んだ男が距離を詰めて来る。


「リオネル・ラフォルジュ……魔女ごぉ――」


 何かを言おうとした男の声が止まった。

 そして、いつの間にか斬られていた二人が、糸の切れた人形の様に倒れ込んでしまう。


 何これ……。

 死んだの……。

 あんな簡単そうに……人が。


 余りの事で状況が理解出来ずに私が立ち尽くしていると、リオネルと呼ばれた人が私の方に近づいて来る。


「大丈夫か」


 返り血を一切浴びていないリオネルの服は依然白く、表情を一切変える事もなく話しかけて来る。


「……はい」


 そう答えるしかなかった。

 思考が回らない。


 何が何だか、分かったもんじゃない。


「子供が、こんな場所に入り込むな。次は死ぬぞ」


「はい……すみ……」


 謝ろうとした私の口が動きを止める。

 あれ、子供?

 誰が……? って……勿論、私か。


「あの。助けていただき、ありがとうございます。……でも、子供じゃありません」


 その言葉を受けても、リオネルは身体を動かす事もなければ表情も変えなかった。


「なら、何だ」


「えっと……。行く宛てのない……旅人です!」


 うん……旅だと思えば……。

 少しはマシかもしれない。


「子供の一人旅は止めた方が良い」


「だから、子供じゃないですって! 立派な成人です!」


 実際にこの世界では十五で成人らしいので、多分ギリギリ私も肉体年齢的にも成人な筈。

 ……多分だけど。


 それにしても、この人。

 近くてで見てもやっぱり、おかしい程美形だ。

 何だろうこの格差は。


 いやまぁ、私だって後数年もすればきっと……。


「大通りまでは付いて行ってやる。さっさと家に帰れ」


「帰る家はありません」


「冗談に付き合っている程、私は暇ではない」


「冗談じゃありませんよ。さっき婚約者に、目の前で別の女性といちゃいちゃされながら、その別の胸が大きい女性との婚約を宣言された後に、婚約破棄を伝えられるという人生で一度しかない様な経験をして来た所ですから」


 そう言うとリオネルがゆっくりと口を開いた。


「絵にも描けないクズな男だな」


「私もそう思います。おかげで、お金もなく質屋を探していたら……こうなりました」


「災難だったな」


「ですので、私に仕事を下さい。お願いします」


 私は真っ直ぐ頭を下げていた。

 文字通り、断られたら本当に路頭に迷ってしまう。

 だからと言っても、少し必死過ぎたかもしれない。


 でも、子供を助けようとするお人好しにすがるしか道はない。


「何が出来る」


「えっと、家事全般と、計算。それと、少しなら魔術具に魔力の供給も出来ます」


「魔力持ちか」


「はい」


「だったら、この剣に魔力を入れてみろ。それが出来たら屋敷に置いてやる」


 そう言って渡された剣を受け取ると、ずっしとした重さが手に伝わり、両手で抱えているのに地面に落としそうになってしまう。


 こんなに重い剣を、片手で……。


「分かりました、魔力を入れれば良いんですね」


 受け取った剣に意識を向け魔力を流す。

 すると、一箇所にだけ入れられない魔力が周囲にも溢れ、私とリオネルの髪を少し揺らしながら広がっているのが分かった。けれど、そのまま魔力を注がれた剣が薄っすらと光った明るさが収まっていく。


「出来ました……」


 私がそう言うと、重たい剣を片手で持ち上げる様に受け取ってくれる。


 これで私の合否が決まる。

 そう思うと、とても緊張感があった。


 なのに全然返事をしてくれないどろこか、顔色一つ変えない。

 何で!? 私を不安にさせても良い事一つもないのに……! もしかして、下手だったかな……。そりゃそうだ、だって私は魔力の扱い方を習った訳ではない。


 王城に居た人達のを、見よう見まねでやってたに過ぎない。


「駄目……でしたか?」


「いや、問題ない」


「良かったぁ……。もぉ、だったらさっさと教えて下さいよ! 駄目だったって思うじゃないですか」


「何も言ってないのに、何故そう思う」


「えっ……」


 嘘、この人、冗談とかじゃなくて。

 本気で言ってるの……?


「だって、答えてくれないと不安になる時間があるじゃないです」


「相手が答えるまで、何も変わらない。変な奴だな」


 いや、それは貴方の方ですよ!?

 とは言えなかった。


 なんたって、私の次の雇い主様なのだから。

 何を考えているのは全然分からないリオネルに付いて、私は王都を離れるのだった。



 ***



 馬車で五日走ったラフォルジュ伯爵の領地。

 リオネルさんの領地だ。


 そこでの私の仕事はちょっとした家事の手伝いと、日に何回か運ばれて来る魔術武具に魔力を補給する簡単な仕事だから、時間を持て余していると言えばそうだった。


 だから私は今、自身の扇子と格闘していた。


「ぐぬぅぬぅぅぅ、ぬぅっ……やっぱり開かない」


 壊れる気配もなければ、やはりびくともしない扇子。

 まるで透明のコンクリートで固められたみたい。


「開いてぇ~ぬぉぉおおおっ……」


 窓を開けても暑く。

 冷気を出す魔術具が壊れた事で、屋敷はとにかく暑い。

 こればっかりは家主が悪いとかではない。


 現に、直ぐに修理を依頼したから明日か明後日には直るみたいだ。

 けれど、その前に倒れては意味がない。


「せめてこんな時ぐらい、扇がせてよてよねぇ……うぅぅぅっん……!」


「――何をしている」


「ひゃぁあ――!?」


 突然背後から声をかけられ、私は扇子を手放したまま後ろに倒れてしまう。

 すると、優しい手で両肩を支えられ後ろに倒れた視線が、真上にリオネルさんを捉える。


 ――近い。

 ってそんな事じゃない。


「いつから居たんですか! というか、いつ入って来たんですか!」


「ノックした。それに、部屋から唸る様な声が聞こえたからな」


「いや、人なら唸りますよ! 多分ですけど……それに! ノックしたからって女性の部屋に入って来ないで下さいよ! ボタンを留めようと唸りながら着替えてる途中だったらどうするんですか!」


「失念していた。すまない」


 直ぐに謝られてしまい、調子が狂う。


「その……私の方もすみません。ノックされたのに、気づきませんでした」


 私も謝ると、リオネルさんが扇子を指出した。


「それで、それは魔術具か?」


「魔術具? いえこれは……」


 リオネルさんの言葉を聞いて私は思った。

 もしかしてこの扇子はこっちに来る時に、私の身体が若返ったみたいに、扇子は若返るのではなく魔術具になってしまったのではないかと。


「ちょっと魔力を流してみます」


 魔力を流すと、扇子が僅かに動いた。

 それを感じ取った私が更に魔力を注ぐと、ようやく扇子の一折り目部だけ開いた。


「開いた!」


 殆ど開いたとは言えないが、開くと分かっただけで十分だった。


「その魔術具、途方もないぐらい魔力を吸ったな」


「ですよね。私、倒れるかと思いました」


 そんな扇子に目を向けると、僅かに光っている様に見える。


「これ魔術具なら、何か起こるって事ですよね?」


「動かしてみたらどうだ?」


「室内でですか? どうなっても知りませんよ?」


「問題ない」


「なら……」


 私が恐る恐る、人のいない窓に向かって一折り部だけ開いた扇子を向けゆっくりと扇いだ。

 するとカーテンが外に向かって優しく靡く。


「凄い、これ風が出ますよ!?」


 リオネルさんの方を向きながら、手に持っていた扇子が動いた。

 それだけで、部屋の中に強い風が生まれ、ベッドのシーツや布団やら色んな物を吹き動かし――私は瞬時に身を固めながら扇子に目を向ける。


「うわぁ……これ、全力で扇いだら……」


 考えたくもない。

 きっと人ぐらいなら吹き飛ばせるに違いない。


 でも、ちゃんと調整したら大丈夫だよね。


「リオネルさんも、暑いですね? 扇いであげますよ」


「止せ、必要ない」


「またまたぁ~ほら、遠慮しないで下さい」


「必要――」


 私が勝手に扇ぐと優しい風が流れ、リオネルさんが口を閉じた。


「ほら、涼しいでしょ?」


 返事はないけど、動かないのが答えだ。

 この人なら私が手を動かしきる前に止められただろうし、今だって部屋から出て行けばそれで終わる。

 なのにそうしないって事は、きっとこれ良いのだろう。


 私がそんなリオネルさんを眺めていると、顔を逸らされてしまう。

 けどその横顔は、私が見た中で一番柔らかい気がした。


「これから、よろしくお願いしますね。私、魔力なら沢山補充出来ますから」


「そのつもりだ」


 一年経ってようやく、

 私の異世界生活が始まったみたいです。




 ◆◇◆




 王城だけでなく、王都は人々の喧騒で満たされていた。

 それは――王都を守っていた結界が崩壊したからだった。


 特に王城では、魔力を持った人達が疲れ切った顔で至る所で休んでいる。

 それは、魔女であるカトリーヌも同じであった。


「こんなの……いくら魔力があっても、足りない……」


 息をするたびに、苦しそうに肩回りが動く。

 その近くに居るエリクは不安そうな顔を見せていた。


「何故急にこんな事に――」


 サオリが居なくなって四日。

 一部の結界が崩落した事で事態は急変し、王国は必死に装置を維持しようとしていた。

 魔力を注げば一時的にではあったが確かに結界は元通りになる。


 しかし、そこから半日もしない内に再び壊れ――魔力を供給する者の回復が間に合わず、本来は魔力を注いでいなかった者までもかき集め魔力を入れてる事態に陥っていた。


「もしかして、サオリさんが言ってた事って――」


「そんな訳があるかッ! アイツは魔女になれなかった役立たず何だぞッ!」


 認めたくない。

 そんな気持ちと同時に、エリクは嫌でもそれに気づき絶望してしまう。


 いずれ、防壁は消え去り、王国は再び王都周辺に兵士を配置しなければいけなくなる。

 そうなれば責任を押し付けられるだけでなく、兵士の不満や王都に住む人々の不安すらも、サオリという存在を追い出した事でこの状況を作ってしまったエリクに集まってしまう。


 そうなれば、王位を継承する事は不可能になるとすら言えた。


 例え呼び戻した所でサオリが応じる訳もなければエリクは、サオリが言った『私は――貴方を殺したくて、魔女になれる』という言葉が頭から離れず、会う事を強く拒んでいた。


 もう何もかもが手遅れだった。


 エリクは選択を間違え、サオリは別の所へ行ってしまった今――エリクには道を選ぶ事も出来ず、ただ破滅の道を歩むしかない。


 ――それが、自らが作り出した道なのだから。



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 ――海月花夜――

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