Last Meal
直接的ではありませんが、カニバリズム表現があります。
苦手な方は閲覧を御遠慮ください。
――ああ、主文が後回しね。つまり死刑。
当然といえば当然ね。
わたしは4人……いいえ、胎児を含めれば5人を殺した。
傍聴席で髪を掻き乱して項垂れているあの人を、わたしはこの上なく愛おしく見つめる。
――ダッテ、アナタガ希ンダコトデショウ?
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わたしはあの人を愛していた。
それはもう、狂おしいほどに。
父も母も弟も何もかも捨ててでも。
名門といわれる家系から、切り離されてでも。
ただあの人だけを愛して、信じて、尽くしてきた。
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それなのに、あの人は他の女に心を移した。
事業にとって有益だと。
“わたしよりも若く素直で、愛らしい” と。
そして “わたしを離縁する” と。
それだけならば、仕方ないと諦めたかもしれない。
愛情で相手を束縛することはできても、愛情を自分に縛りつけることはできない。離れていく心は、どうしようもない。
だから、自分だけのことなら、諦めたかもしれない。
けれどもあの人は、わたしだけでなく、息子たちすら要らないと言い放った。
既に愛人――あの人がどう言おうと、わたしにとってあの女は愛人以外の何ものでもない――の胎に子が宿っているからと。
認知は取り消しようがないけれど、今後の養育費は払わないし、二度と『父』として会う気はないと。
“おまえの家は裕福なのだから、自分の援助なぞ要らないだろう” と。
わたしが一族から縁を切られていることを重々承知の上で、そんなことを言ってのけた。
愛し合った証として産まれた筈の子らは、あの人にとっては、もう厄介者でしかない。
その事実が赦せなかった。
わたしの愛を利用し、用済みとなれば一切を捨てて顧みようともしないあの人が赦せなかった。
いいだろう。
ならば、思い知らせてやろうじゃないか。
わたしが、どれほどあの人を愛しているか。
どれほど、あの人を憎み傷つけたいと思っているか。
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わたしは愛人に繋ぎをつけ、カフェに呼び出した。
人目のある場所だからか、警戒しつつも女は姿を現した。
わたしはハンカチで目頭を押さえ “あの人の意向に副うつもりだ” と話した。つまり、あの人と別れて、彼女との結婚を受け入れる、と。
挙式はクリスマスを予定しているという。ひと月もない。
まだわたしとの離婚も成立していないというのに。誰も彼も恥知らずなこと。
“聖なる日に、揺らめくキャンドルの炎に照らされて愛の誓いを立てるのは幻想的ね” と毒を吹き込むと、女もうっとりと頷いた。
そして、式の日に贈り物を届けたいと伝える。
“貴女も、わたしを許してくれるなら、受け取ってほしい” と。
豪奢なレースをふんだんに使用した、長いヴェール。
“貴女とあの人の幸せを願って用意した新品だから” と言うと、女は嬉しそうに涙を滲ませた。
わたしは彼女にお願いをした。
“一晩だけ、あの人を家に帰してほしい” と。
わたしと別れると宣言して以降、あの人は愛人の家に入り浸りになって、帰らなくなっていた。
“離婚届に署名し、あの家も出るから、最後にあの人と二人で過ごさせてほしい” と涙ながらに深く頭を下げると、情に絆された女は “あの人を説得して戻らせる” と約束してくれた。
わたしは礼を述べ “離婚届はあの人に預けるから、あなたたちが提出してほしい。わたしが預かるのでは、本当に提出されたかどうか不安になるでしょう?” と提案した。 “もし離婚届不受理を出されてやしないかと案ずるならば、わたしも一緒に提出に行ってもいい” と言うと、その提案を誠実の表れと受け取ったか、女は首を振って “わたしを信じるから、貴女のタイミングで――でも挙式に間に合うように――出してほしい” と言ってくれた。入籍は式の後にするようだ。
“ありがとう” とわたしは言った。
ありがとう。
これでわたしは、あの人の妻のままでいられる。
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あの人が来たのは―― “帰った” ではなく “来た” と、あの人が言った――愛人との面談から五日経った、週末のことだった。
まったく気乗りしないという風情の仏頂面の彼に、わたしはいの一番に、わたしの欄が埋められた離婚届を差し出した。
黙って受け取る彼に “二度と会うこともないのだから、演技でもいいから、最後のこの夜は、一番幸せだった頃のように過ごしたい。日付が変わるまで、日付が変わったら彼女の許に帰ってもらってかまわないから、別れの挨拶まで、わたしが玄関のドアを閉めるまで、そのように過ごしたい” と静かにお願いすると、彼は目を閉じ、長い溜息をついて、気持ちを切り替え、微笑んで頷いてくれた。そこに心がないことを除けば、わたしが愛した、穏やかで品のある微笑み。
「それじゃ、最後の晩餐と洒落込みましょうか」
「穏やかじゃないね」
「『最期』じゃなくて『最後』よ。
どんな毒も薬も混入していないから、安心して。もちろん、香辛料や塩を過剰に効かせるなんて嫌がらせもしていないわ。
だいたい、貴方を殺すつもりなら、先に出した珈琲に毒を仕込むわよ」
“気になるなら毒見をしてもいい” と言うと、彼は少し考えて “申し訳ないが、頼む” と言った。
「じゃあ、キッチンへ行きましょう。
遅効性の毒の可能性もあるでしょ? いま毒見して、料理は一時間後にテーブルに出すわ。さすがにそれだけ間が空けば、どんな遅効性の毒だって利くでしょう」
「ああ、それでいい」
「ああ、そうそう…… “飲み物の氷に仕込んでるかも” という心配もしなくていいわ。コンビニで買ってきた氷を使うから」
「周到だね」
「だって、貴方、わたしがそれをしかねないと警戒しているでしょう?
愛している人に疑われるのは悲しいもの、万難を排すわ」
そして、悪戯っぽく笑う。
「でも、もし実行するとしたら……貴方を殺して永遠に自分だけのものにするより、あなたの目の前であてつけがましく死んで、貴方が一生わたしを忘れないようにすると思うわ」
「怖い女だ」
「でもそれ以上に、貴方がわたしとの過去を憎悪するほど嫌われることのほうが怖いから。
だから、わたしは貴方に何もしない。せめて『若き日の好い思い出』として、貴方の記憶に残りたいわ」
傍らの紫の花束を差し出す。
「紫のリラ――紫のライラックの花詞は『若き日の思い』というのよ」
「…………………………まあ、好い思い出として終われるなら、それに越したことはないな。
より愛する人ができたというだけで、嫌いになったから別れるというわけではないし」
そうして思い出話をしているうちに時間が経過して、わたしは用意した食事をテーブルに並べた。もちろん温め直す必要があったけれど、そこにも彼を立ち会わせて、わたしが何かを混入する機会がないことを確認させた。
「――この肉はクセがあるのだけど、入手が難しい物だし……今後、二度と手に入らない物だから。
どうしても、貴方に食べてほしくて」
濃厚なソースのかかったメインディッシュを彼の前に供する。彼はひとくちを運ぶと、複雑な顔をした。
「食べたことのない味と感触だな……確かに、かなりクセがある……」
「でも、もう二度と味わえない物だもの。
最初で最後の機会よ、堪能してね」
わたしの言葉に頷いて、彼はもそもそと肉を咀嚼し、嚥み下した。
少しずつ減っていく肉を、わたしは満ち足りた気持ちで見つめ、同じように、肉を食べる。
――アア、美味シイ。
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時計の針が零時を超え、いよいよ立ち去ろうとしている彼に、わたしは “式の日に最後の贈り物を送るから、受け取ってほしい” と言った。
花嫁を美しく彩る、豪奢なヴェールを。
彼女は了承済みだと伝えると、彼も頷いてくれた。
会うのは今夜が最後。
何らかの形で関わるのは、式の日の贈り物が最後。
そう確かめ合い、最後に抱きしめ合って、わたしはあの人の背中を見送り、玄関の扉を閉めた。
これは終わり。そして始まり。
わたしとあの人の愛の終わり。
そして、わたしの復讐の始まり。
ああ、貴方がたったひと言でも、息子たちを気に懸ける発言をしてくれていたなら。
“息子たちはどうしたんだ、どこにいるんだ” と、訊いてくれていたなら。
わたしは思い止まったかもしれないのに。
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クリスマスの日、わたしは自首した。
それは情状酌量を願ってのことではなく、あの人にわたしを告発させないため。
わたしに讐いる、如何なる手段も残してあげないわ。
貴方はわたしを徹底的に裏切り、踏み躙ったのだから。
そして基本的に食を拒絶し、水と塩を舐め、死なない程度に米を食んだ。
わたしのラスト・ミールは、あの日に終わっているのだから。
刑の執行まで、生きていさえすればいい。
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事情聴取で、わたしは包み隠さず話した。
贈ったヴェールに、極めて引火性の強い薬物を仕込んでいたこと。
それであの女の父親まで巻き込まれたのは想定外だったこと。女はヴァージン・ロードを歩いている最中に引火して、炎に呑まれて、苦しみぬいて死んだらしい。
あの人との間に産まれた息子たちも殺したこと。
だって、あの子たちは、あの人との愛の結晶だから。
愛が喪われたなら、存在してはならない。
そしてその肉を――『最後の晩餐』にしたこと。
その事実を知らされたあの人は、その場で嘔吐したという。
とっくに消化されているから、意味ないのにね。
あの子たちはあの人の血肉となって、永遠にあの人と共に在る。切り捨てた我が子を糧に、尽きるときまで生き続ければいい。
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その朝、わたしは最期を告げられ、連れ出された。
遺言を訊かれ “最愛のあの人に伝えてほしい” と、最期の言葉を遺す。
――だって、貴方が希んだことでしょう?
―― 了 ――
神話オマージュ。
ベースはメデイアとイアサソン。
プロクネも混ざってます。




