第8話
ゴールデンウィーク初日。僕は朝5時に起きて勉強を始めた。ところが何から手をつけたらいいのか全く分からなかった。今のところ僕は学校の勉強にはついていけている。授業の内容が分からないということにはならないと思う。
でも東大を目指すとなるとどうすればいいのか見当がつかない。それによく考えたら受験に関する情報を僕は何も分かっていない。まずはそこからだね。
自分で稼ぐということは経営をしないといけない。そうなると経済学部に進学するのがいいのだろうか?東大のホームページを見てみると……、経済学部はあるみたいだ。
こんな感じで自分が受験する経済学部に受かるために必要な情報を調べる時間で1時間を使ってしまった。
「おはよう」
リビングに入ると母さんが子猫三匹にエサをあげていた。もうしっかり歯は生えているけどミケの食べているカリカリのエサを少しふやかして食べさせてあげている。
「おはよう晃弘。ちゃんと5時に起きて勉強したみたいね」
「東大のどの学部に進めばいいのかとか勉強法とかが分からなかったからそれを調べてたら1時間経っちゃったよ」
「知らないことを知るのが勉強よ。学校の教科を勉強するだけが勉強じゃないからね」
「なるほど、確かにそうだね。ところで父さんは?」
「まだミケと一緒に寝てるわよ」
ミケは僕が連れて帰ってきた猫だから、本当なら僕の部屋で一緒に寝たりしたいんだけど、父さんはミケに夢中だし、ミケもなぜか寝る時は父さんと寝るんだよね。羨ましいよ。
「この子達の中で僕と寝てくれる子はいるかな?」
「もうすぐリビングから出てもいいようにするつもりだから、その内晃弘の部屋にも来るんじゃない?」
母さんの話を聞きながら朝食を摂った。今日はこれからホームレスの集落に向かい、お昼になったら薫と特訓。夜は少し時間が余るからランニング後は大木君とゲームだ。
「じゃあいってきまーす!」
「いってらっしゃい」
ホームレスの集落に着くとこの前の茶トラの野良猫がまた待ってくれていた。僕のことを気に入ってくれたのかな?この前のように先導しながら宮田さんのところまで案内してくれた。
「師匠、おはようございます!」
「おお、おはよう速水君。早速来たか。それにしても助三郎は速水君のことを認めたみたいだな。その子はあまり人に懐かないんだ。君には何か人を惹きつける力があるのかもしれない」
懐かない子が懐いてくれるのは単純に嬉しい。今度エサを持っていって食べさせてあげよう。
「それじゃあ今日はこれから君が仕事をするにあたって申請しないといけない手続きや専門用語というほどではないが、知っておくべき知識を教えようと思う。メモの準備はいいかい?」
「はい、ちゃんと用意はしてあります。よろしくお願いします!」
師匠の説明はものすごく分かりやすく、丁寧に僕が理解できるまで何度も説明してくれた。
僕はこれから個人事業主という個人事務所のようなものを設立しないといけない。でもそれは親の同意を得た上で税務署に行って紙一枚申請するだけでいいらしい。
紙一枚で会社を作れるんだから簡単だよね。もっと難しいんだろうなと思ったけど。あとは屋号、つまり会社名を考えないといけない。何かかっこいい屋号をつけたいよね。
そのあとは師匠の会社である株式会社カンジエスと僕に仕事を任せるという業務委託契約を結ぶ。そうすることで仕事をもらってそれに対して報酬がもらえる。
それと銀行口座の開設も必要みたいで、僕の住んでいる町の銀行なら未成年でも屋号付きの口座を作ることができるんだって。
最後にこれは僕の力じゃどうしようもできないから師匠が高校から僕が開業することを許可してもらえるように動いてくれるみたい。どうやら師匠は濃山高校に多額の寄付をしているらしいから言うことを聞くだろうと言っていた。
講義が終わり、ふと人の気配がしたので振り返るとあの日僕を師匠のところに連れて行ってくれた広瀬さんがいた。
「おはようございます広瀬さん。師匠に何か御用があったのですか?」
「いや、特に用はない。宮田さんが速水少年にしていた話に興味が湧いたので一緒に聞いていただけだ」
その話を聞いた師匠が一瞬ニッとした笑みを見せた。
「それじゃあ広瀬さんも一緒に師匠から学びましょうよ」
「俺なんかが会社なんて経営できる力はないからいいんだ。でも速水少年みたいなまだ若い高校生が頑張ってるの見ると応援したくなるというか、俺も頑張らないといけないなって気がしてきてな」
「それじゃあ広瀬さん、速水君の作る会社で働いてみてはどうだろう?といっても彼が人を雇えるくらいに成長するにはまだ早いがね」
「ほう、それは面白そうだ。速水少年が成長するのを待つとしようか」
そう言って自分の寝床へと戻っていった。
「やっとここにも変化が出るようになったか。やはり若い力というのは必要だな」
「どういうことですか?」
「この場所は君と同じだ。いや、君よりももっと酷い状況か。ここにいる人達は苦しみを抱えた状態で動けないでいる。これをなんとか打破したいと思ってここに住み始めた。でも私が思っていた以上に彼らは傷ついている。前も言ったがよくない環境を変えるには変化を与えないといけない。その変化を与えられるのが君なんだ」
「ええっ!僕がですか?」
「現に広瀬さんが君の学ぶ姿勢を見て何かやってみようという気になっただろう?君の行動が人を変えようとしている。そうやって行動することで自分も成長できるし、周囲の人を変えることもできるんだ。他人を変えようとすることはできない。でも自分を変えることはできる。自分が変わる姿を見せれば、自ずと他人も感化されて変わろうとするものなんだよ」
僕の行動で何かが変わる……。僕が行動すれば薫が僕のことを好きになるかもしれないということか。でもそれだと瞬が可哀想だ。瞬は薫と同じ高校に行きたいくらいに好きなんだから。
それに今僕は自分でお金を稼ぐということの方に興味があるし、東大へ行くための勉強もしないといけない。恋に現を抜かしている場合ではないと思う。
師匠の講義は終わったので僕は薫と特訓をするために公園へと向かった。