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第6話

「ねえあなた、ちょっといい?」


 ゴールデンウィーク直前の金曜の昼休み。僕は大木君と昼ご飯を食べようと席を立とうとした時だった。


 濃山四天王の一人、現役アイドルの沖田美羽さんが僕の前に立ちはだかった。


「え?僕?僕に何か用なの?」


「そうよ。ここだと話を聞かれちゃうから付いて来てくれる?」


 とてもじゃないけどアイドルって言えるような顔つきではない。確実に怒っているのが伝わってくる。


 そんな顔してたらイメージダウンするんじゃない?と思ったけど口には出さない。もっと酷い目に遭いそうな気がしたから。


「友達に断りを入れてくるから廊下で待っててよ」


「分かったわ」


 大木君に断りを入れて廊下に出て沖田さんの後を付いていった。着いた場所は屋上へ続く階段の踊り場だった。


「率直に聞くわね。あなた、狭山薫とどういう関係?」


「え?僕と薫?ただの幼馴染だけど……」


「なるほど、合点がいったわ。ありがとう。それが聞きたかっただけ」


「何の用があるのかと思ったらそんなこと聞くためだけにこんな場所に来たの?」


「そんなこと?何を言ってるの?かなり重要なことでしょ?」


 僕、自分で言うのもなんだけどモブだよ?モブと薫の関係性を聞いたところで何になるのさ?


「まあよく分かってない顔してるけど、分からないならそれはそれでいいの。気にしないで。じゃあ」


 そう言ってタタタッと階段を駆けていった。本当に何だったんだろう?


 僕はゆっくり教室へ戻った。戻ってきたところで教室には再び沖田さんがいた。今度は瞬のところにいてさっきとは全然違う笑顔で話しかけていた。


「中西君!今からお昼、ご一緒していいかな?」


「俺?他の奴らもいるけど、それでもいいならいいよ」


「やったー!じゃあお邪魔させてもらうね!」


 僕との差がありすぎじゃない?どっちが本性なんだろう?


 ん?よく見たら薫が泣きそうな顔をして瞬達を見ている。あー、ライバルに瞬を取られちゃったから悔しいんだな……。これは今夜、確実に僕の部屋にやってくるな。


「女って怖いな……」


 大木君が僕にしか聞こえないようにボソッと呟いた。





 放課後、僕はホームレスの集落へやってきた。階段を降りると茶トラの野良猫が僕を出迎えてくれた。僕を客人として迎えてくれたのか宮田さんのところまで先導してくれた。賢い子だな、この子は。


「こんにちは宮田さん。今日からよろしくお願いします」


「おお、来たね速水君。早速いい顔になったじゃないか」


 それはどういうことだろう?今日は色々と疑問に思うことが多い日だ。


「一昨日の君は死んだ表情をしていた。おそらく何かよくない環境下にいると思ったんだ。だから三匹の子猫を飼いなさいと言った。よくない環境の中にいるときは変化を与える。これは非常に大事なことだ」


 すごい!昨日の僕を一瞬見ただけで僕の置かれていた環境がどういうものか見抜いたってことだ。


 確かにそうだ。僕は瞬と薫の間で悩まされている。どちらも大切な存在。だから二人が幸せになれるように自分の感情を押し殺している。普通に考えたらいい環境とは言えない。


「まだ君には早いかもしれないが、今目の前にある現実は自分が下した選択によって起こっているということを自覚するんだ。例えば傷つくようなことをひどいことを言われたとするだろう?その時、傷つく選択をするか、傷つかない選択をするかは自分なんだ。同じことを言われても傷つく人と傷つかない人がいるのはそういうことだ。つまり、自分がどういう状況に置かれるかは自分の選択次第なんだ」


 核心をブスッと刺されたような気分になった。宮田さんの言ったことが僕にはものすごく突き刺さった。


「だからこれから自分をいい状況下に置きたいならば、行動を起こすという選択をすること。行動を起こさなければ変化は訪れない。見ているだけじゃ何も変わらない。現に君は猫を連れて帰って自分のお金で飼うという選択をした。それによっていい変化が生まれた。そういう積み重ねをすることで人は成長していくんだ。いいね?」


「はい、言われてその通りだと思いました。僕が苦しんでいたのは自分で選んだことだったんだと思いました。仰る通り、僕が苦しまない選択をしていれば、苦しまずに済んでいたことです」


「分かってくれたのならそれでいい。とりあえずこれから君にはひたすら行動してもらわないといけないからね。ということで本格的に仕事をする前に準備期間を設けることにする」


 そう言って宮田さん、いや師匠の言ったことは以下の通り。


一、毎日夜の一時間はランニングをすること

二、毎日朝の一時間は勉強をすること

三、パソコンのスキルを身につけること

四、スケジュール管理をしっかりすること

五、メモをとる癖をつけること

六、6時間以上の睡眠をとること


 基本的な六か条でこれは絶対にやるようにと命じられた。


「それとこれから君は東大を目指しなさい。できるなら大学院に進んで博士号まで取れればいいが、最低でも修士号までは取りなさい。学歴は年を取ってから重みが分かるから今は分からないだろう」


 濃山高校は偏差値が50くらいの高校だ。そんな高校で僕みたいなモブが東大なんて目指せるのかな?


 いや、東大に受かるための行動をすればいいんだ。さっきそれを学んだばっかりじゃないか。


「パソコンのスキルについては週3回、私の部下を指導につけるからその者からしっかり学びなさい。それと週2回、私のところに来なさい。仕事に関する知識を教えよう。本格的に仕事をすることになるのは夏休みに入ってから。それまでに高められるところまで頑張りなさい」


 長々と色んな説明を受けていたら19時を回っていた。今日聞いた話は全部タメになった。よく分からないけど、生まれ変わったような気分だった。ホームレスの集落を出て帰るまでの道中はいつもと違って見えた。


「ただいまー」


 そう言って僕はリビングには行かずに自分の部屋に直行した。ドアを開けるとそこには不機嫌な様子でベッドに上がり込んで僕が帰るのを待っていたんだろうと思われる薫がいた。

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