第51話
「え!?なんであなたが裏方にいるの!?」
設営が終わったので裏方側のスペースで待っていたら沖田さん達ルミノートのメンバーと司会の人がやってきた。
「美羽、この人知り合いなの?」
赤い衣装を着ている、おそらく赤色担当の人が沖田さんに質問した。
「うん、同じ学校で隣のクラスの人。なんで裏方にいるのか不思議なんだけどね」
「何ていうか……、普通の人って感じだねー」
緑の衣装を着た、おそらく緑色担当の人が僕のことを評してきた。まあ、そりゃモブだからね。普通で当然だよ。
「いやいや、普通の高校生だったらこんな裏方にいるわけないでしょ?明らかに業者さんでしょ」
ピンクの衣装だから桃色担当だろうね。桃色担当の人は僕のことを業者として見てくれている。普通だったら嬉しいけど、沖田さんに業者だということがバレたらめんどくさいことになる。
沖田さんは僕と瞬と薫の関係を学校中に広めた人だ。まだ8月になっていないし、できれば8月以降も一部の人だけ僕が個人事業主だと知っているくらいに留めておきたい。
「ルミノートの皆さんお疲れ様です!この人はバイトなんですよ。こういうイベントは単発のバイトの人が多いんですよ。それで偶々今日居合わせただけです」
甲田さんナイスフォロー!それならただのバイトだったで終わるから助かる!
「そんなバイトなんてしなくても私が養ってあげるのに」
「え?何?何て言ったの?」
「な、何も言ってないわよ!空耳でしょ!」
顔を赤くしながら怒る沖田さん。それを見てニヤニヤしているルミノートの皆さん。
「ふーん、そういうことねー!あとで色々と白状してもらうからねー!」
緑色担当の人が沖田さんを逃がすまいと肩を掴みながらニヤニヤしている。
「ごほん!では今日の流れをご説明いたします。こちらの資料をご覧ください」
ワチャワチャしていた雰囲気を司会の人がピシッと引き締めた。途端に四人全員の顔つきが変わった。すごいな、仕事モードに入るとさっきまでとは違って真剣な表情になるんだから。
そのまま11時になってトークショーが始まった。いつのまにか30人分の席は満席になっていてその周りにも人が集まっていた。テレビにも出るくらいだから人気はすごいんだね。
終始和やかなムードでトークが続き、終盤に差し掛かったところで赤色担当の人が
「それじゃサプライズでアルバムに収録されている曲を歌いましょうか?」
と音楽の準備をしてねという合図を送ってくれた。それに合わせて甲田さんがスマホに入っている音楽をいつでも再生できるようにスタンバイした。
お客さんもまさかのサプライズにざわついていたけど、これが台本通りだと知っている身としてはテレビとかでよくあるサプライズなんかも台本があるかもしれないなあと思った。
司会の人の曲紹介に合わせて甲田さんが音楽を再生。それに合わせて四人が生歌を披露。初めて沖田さんの歌声を聞き、こんなにも歌が上手いのかとちょっと感動してしまった。
歌が終わって前半が終了。次は15時から後半があるからそれまで待機となった。
「ねえ、15時まで暇でしょ?ちょっとモールの中一緒に歩いて回らない?」
水色の衣装からカジュアルな格好に着替え、サングラスにマスクまでして完全に不審者になった沖田さんが現れた。
「ごめんだけど一応待機も仕事の内なんだ。メンバーと一緒に回ったらいいじゃん」
「そう。ならここで話でもしましょう。待機中でも会話ぐらいは大丈夫ですよね?」
「業務に支障がなければ大丈夫ですよ」
甲田さん、そこはダメだって言ってよ……。沖田さんと会話なんて弾むわけがないんだからさ。
「速水はこういう単発のバイトってよくやってるの?」
「う、うん。たまにやってるって感じかな。沖田さんは仕事ばかりで大変じゃないの?」
「うん、大変ね。こういう各地のショッピングモールを回る活動はよくあるのよ。だから土日は移動が大変なの。今日は地元だからかなり楽」
もう一つイスを用意して僕の隣に座る沖田さん。これは次始まるまでずっと続くやつじゃ……。
「最近昼休み見かけないけど、どこで何してるの?」
「それに関しては8月から解禁になるから8月になってから聞いてくれれば教えるよ。ちなみに沖田さんは勉強できたりするの?」
「正直なところ全くできないの。夏休みの補習は回避できたけどね」
土日に色んなイベントに出たり、平日も多分レッスンとかあるんだろう。勉強する時間はないよね。そうなると勉強できないっていうのは仕方ない。
「それでも大学には行きたいと思ってるの。アイドルって歌って踊れればいいって思っている人が多くてさ。ちゃんと勉強もできるのよ!って見返したいっていうのはあるんだけどそんな時間もないからどうしようもないの」
困った顔をしながら笑顔で誤魔化す沖田さん。正直最初の印象が悪かったからあまりにも今の印象とギャップがあり過ぎて困ってる。普通の女の子じゃん。
「夏休みは忙しいの?やっぱり全国各地を回るの?」
「夏休みは関東近郊のフェスが中心になるの。特に8月の中頃にアイドルフェスっていうアイドルばかり出演する結構大きいフェスがあって、それに向けてのレッスンが多くなる。他のアイドルの楽曲とかも歌うことになるからそれが大変なのよ」
あー、夏休みはイベントに引っ張りだこって訳か。それじゃあ勉強会に参加はできないね。
なんやかんやと話題が尽きることなく14時になった。沖田さんは15時からの準備に入るために一度裏方を去っていった。
「速水さん、社長から話は聞いてましたけど改めてあなたは只者ではないですね」
「えっ?どこでそんな判断が下されたんですか?」
「だってルミノートって今人気急上昇中のアイドルですよ。普通そんなアイドルと話ができるってなったらもっとルミノートに関する話題とかするじゃないですか。それなのに普通に学校の話題とか夏休みの予定とか淡々と聞いて全くアイドルとして扱っていないその姿勢は只者ではないですよ!」
「いや、沖田さんとは同じ学校で同級生ですから。普通に接しているだけですよ。何も特別なことじゃないです」
普通の会話してたのはアイドルに興味がないだけなんだけどね。とは甲田さんには言えなかった。




