第44話
迎えた土曜日。濃山高校にとっては悲願の全国大会出場がかかっている試合の日。だけど僕にとっては複数の現場を同時に回す初めての日。朝4時に起きて1時間の勉強をし、父さんと集落へ向かった。
集落ではすでに広瀬さん達7名と新たに加わった舟木さん、花本さん、川崎さんの3名が師匠と一緒に待っていた。
「師匠、おはようございます!」
「おはよう、速水君。お父さんもお休みの中、手を貸してくださりありがとうございます」
「おはようございます。私としては宮田社長とお会いしたいと思っていたんです。息子に機会を与えてもらい、大変嬉しく思っております。どうぞよろしくお願いいたします」
「ではこれから僕と鴻巣さん、青木さん、舟木さんは定期清掃の現場に入りますので駅へ向かいましょう。根本さん、一条さん、立花さんの3名はイベント設営がありますので濃山アリーナまで向かってください。広瀬さん、花本さん、川崎さんは別のイベント設営がありますので父さんの車に乗って会場へ向かってください」
皆それぞれに返事をして各現場へと向かっていった。僕達定期清掃組は濃山駅で木下さんと合流、車に乗り込んで3階建てのビルへやってきた。
「今日の現場はここだよ。今日は俺とエイチエーサービスさんの皆さんだけになる。他に頼れないけど、青木さんもいるから問題ないと思う。速水君、よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします!」
僕がポリッシャー、かっぱぎを鴻巣さん、モップを舟木さん、ワックスがけを青木さんを担当し、そこに木下さんが清掃をしやすいように物を動かしたり、ワックスが乾いた後に物を元に戻したりと動くことでスムーズに作業を行うことができた。
ただ僕は随時スマホを確認して他の現場の状況がどうか父さんに確認を取っていた。皆さん各現場で問題なく作業ができているようで、父さんからは「問題なし」というメッセージをもらっていた。
1フロアが終わり、少し休憩を取ることになったタイミングで父さんが水分補給のために僕らの現場にやってきた。父さんタイミング良すぎ!
「皆さんお疲れ様です。今日も暑いですからね。しっかり水分補給してください」
今日はもう梅雨が明けたのかと思うくらいに晴れで気温も最高で33℃になる。サッカーの決勝戦もこの暑い中行われているはずだ。
「父さん、サッカーの試合の状況とか分かる?」
「なんだ、日程とかは晃弘の方が分かっているだろう?11時キックオフだからまだ試合は始まっていないぞ?」
「え?あ、まだ10時前だ」
木下さん含め皆さんが「はっはっはっ!」と笑う。
「多分前の定期清掃の時、1フロア終わったのが10時終わりかけだったからその感覚でいただんろうな」
鴻巣さんは前回も僕と同じチームだったからそういうのを覚えていたみたい。確かにあの時の感覚でやっていたからこんなにも時間が早いことに驚いている。
「あっ!青木さんがいるから今日は早いのか!」
「違う違う。今日の俺の担当はワックスがけだから、みんなが作業をやった後にやってるんだ。俺が早いというのは関係がないよ。単純に速水君達のスピードが上がってるんだよ」
「まあ規模が違うのもあるけど、速水君の成長が異常なのが一番だよな」
木下さんはそういうけど、別に異常ではないと思うんだけどなあ。
「そんなにうちの息子は成長しているんですか?」
「ええ。まだ定期清掃4回目ですよ。それでもう一通りのことはできるんですから」
「俺が一通りできるようになるまで2カ月はかかった。それを速水君はたった3回で覚えて今日の4回目でさらに上達した。異常だよ」
青木さんのいうことが普通の人の成長速度だったら、確かに僕は異常だ。
「そういう成長が見れるのも楽しいし、一生懸命やってる姿を見てもう一度頑張ろうという気になれるんだ」
「そうですね。今日初めて現場入りましたけど、皆さん真剣だし優しいし、速水君を見てるとまだまだ自分もやれるって気がして気合いが入りますね!」
初めて現場に入る舟木さんが僕を見て奮起してるなんて言われると嬉しいね。自分が行動することで変化を与えるって師匠の言っていることは本当だと痛感する。
「息子が社会の役に立っているのであれば感無量です。皆さん息子をどうぞよろしくお願いします。晃弘、俺は広瀬さん達の現場へ行く。何かあったら連絡をくれ」
「分かった。父さんも運転気をつけてね」
父さんが別の現場に移動したのを機に作業を再開した。このまま昼休みまではノンストップでやる予定だからその頃には後半戦が始まってる感じになるのか。
「今年の濃山は熱くなりそうな予感がするな!」
「鴻巣さん、濃山だけじゃなくて全国各地どこも毎年暑いじゃないですか」
「違うよ舟木さん。気候の暑いじゃなくて燃える熱いだよ。濃山高校が全国大会に出場したらそれこそ濃山が盛り上がるし、俺達は速水君と仕事をしてあの集落を盛り上げる。熱い展開が繰り広げられる夏になりそうじゃないか!」
作業をしながら会話ができるくらいには自分達に余裕が出てきた。舟木さんも初めてにしては手際がいい。この三人は定期清掃組として動いてもらうのがいいかもしれないね。
あとは僕の代わりで誰かに動いてもらえれば僕はイベント関連の仕事の方で動ける。イベントに関しては学びたいことが沢山ある。舞台の設置や音響とか携わりたい。その中で皆さんの中で身につけられるものがあれば担当してもらうこともできる。
僕にできることをもっと増やしたい。色んなことに挑戦したい。夏休みに入ったら師匠に頼んで定期清掃とイベント以外の仕事もやらせてもらうように頼んでみよう。
2フロア目が終わったところで昼休みに入った。
「速水君、サッカーの試合はどうなってる?」
鴻巣さん達はスマホをもっていないから情報が入ってこない。だからサッカーの試合がどうなってるのか気になっているみたいだ。
「ちょっと待ってください。えっ!?0-1で濃山高校が負けています……。もう後半戦に入っていますね」
「そうか、やはり全国の壁は高いな」
がっくりする鴻巣さん。
「いや、まだ分かりませんよ!勝負は最後まで分からないんですから!」
まだ勝負を諦めていない舟木さん。舟木さんって熱い人なんだなって思った。
僕もまだ諦めていない。瞬ならやってくれる!そう思いながら試合の行方を見守った。




