第42話
フリーな時間になり、僕は近所の24時間やっているジムへと足を運んだ。どうやら受付時間は過ぎていて、スタッフがいなかったので受付時間にもう一度来ないといけないみたいだ。
中を見渡すともう20時を過ぎているというのにそこそこ人がいるから驚きだ。
「もしかして、速水君かい?」
呼ばれた方に顔を向けると、そこには見知らぬマッチョがめちゃくちゃ重そうなダンベルを持って立っていた。え?誰?
「はい、そうですけど、あなたは一体どちら様ですか?」
「そうだよね、僕が誰か分からないよね。僕は濃山高校2年4組、生徒会副会長をやっている岸田鉄平。君は今生徒会執行部の中じゃ有名人だからね。なんたってあの宗像先輩に物怖じしないという唯一無二の存在。気になって君のクラスへ見に行ったくらいだ」
あー、なるほど。宗像先輩絡みでめんどくさいことになってるのね。困ったなあ。
「それでこのジムに何の用で来たんだい?って体を鍛えるためだよね。いい心がけだ!僕と一緒に良質な筋肉をつけよう!」
何か、というよりかなり気持ち悪い先輩だな。良質な筋肉って何だろう?
「あの、岸田先輩はこのジムにずっと通っているんですか?」
「ああ、基本的に毎日ここを利用させてもらってるよ!生徒会の仕事以外特にやることがないからね。暇があれば筋肉を育ててるんだ!」
学生の本分は勉強なんだからやることはあると思うんだけどなあ。生徒会の仕事以外やることないって生徒会に命をかけてるってこと?分かるのは変な人だということだけだ。
「そうそう、僕は先輩って呼ばれるのがあまり好きじゃないから鉄平さんって呼んでもらえると嬉しいな」
ここのジムはやめておいた方がいいかもしれない。毎日こんな変な人がいるなら遠慮したいよ。
「ここのジムはやめておいた方がいいと判断しました。それでは失礼します」
踵を返してジムから出ようとしたら思いきり肩を掴まれた。ダメだ、全く動けない。
「まあまあ。僕のことを変質者扱いするのは分かるよ。自分でもそういう自覚はあるから。でもこんな僕と一緒にトレーニングすることで得られるメリットもあるんだ。まずはそれを聞いてみないかい?」
自覚があるなら余計質が悪いよ……。それならそのキャラやめればいいじゃん。でも得られるメリットは気になる。
「ではそのメリットやらを教えていただけますか?」
「実はね、僕はストレングス&コンディショニングトレーナーの資格であるNSCAの取得を目指してるんだ。この資格をとるためには大学卒業が必須なんだ。それで大学受験の勉強もしているんだけど、トレーニング方法などの講習会なんかにも参加して学んでいるんだ。つまり!僕からトレーニングを学べば効率的に筋力をつけることができるというわけさ」
へえー、そういう資格なんてあるんだ。鉄平さんの言う通りなら、現場作業で貢献できるスピードが速くなるということになる。気持ち悪いのを我慢して最短の道をとるか、どういうトレーニングをすればいいか分からない状態でジムに通うかを考えれば鉄平さんに教えを乞う方がいいね。
「鉄平さんがトレーニングの知識をお持ちということが本当であれば確かに僕にとってはメリットはあります。でも本当にそれが正しい知識かどうか分からないじゃないですか。実際にその資格を取ったわけじゃないですから。そこがひっかかりますね」
「うん、君は気持ちいいぐらいに正論を言うね。それを言われたら確かにその通りなんだけど、僕の筋肉を見てほしい。トレーニング方法が間違っているならこんなに筋肉はつかないはずなんだ。それでも信じがたいというなら一度一緒に講習会に参加してみないか?そこで僕がきちんと学んでいることが証明できるはずだ」
確かに一理ある。鉄平さんの肉体はちゃんと筋肉がついている。自分の体が証拠だというわけだね。まあ何事も経験だ。鉄平さんに教えてもらいながら筋力をつけてみようか。
「僕は自分で言うのもなんですが、かなり忙しい身なので講習会には参加できません。ただ、鉄平さんの言う通り、その体はきちんとトレーニングの効果が出ている証拠だというのは分かりました。一度お世話になってみたいと思います」
「お、いいね。それじゃあ明日から早速トレーニングに入ろう!受付は19時まではやっているからそれまでに入会手続きだけはやっておいてね。時間帯は大体この時間帯になるのかい?」
「はい、そうですね。20時くらいになると思います」
「分かった!僕もその時間に合わせて来るようにするよ。それじゃよろしく!」
鉄平さんと握手を交わして僕はジムから出て家に帰った。かなり癖のある人だけど、悪い人ではなさそうだからしばらくはお世話になってみよう。
「ただいまー!母さん、明日からジムに通うことにしたからまたお金を借りることになるよ」
「おかえりー!晃弘は本当に行動の鬼になったわね。一体どれだけ色んなことをやれば気が済むの?」
「まだまだ自分が未熟だというのが分かるんだ。だから一人前になれるならなんだってするよ」
「分かったわ。明日お金を渡すから手続きは自分でしてきなさいね。あ、そうそう。薫ちゃん来てるからね」
「えっ?薫が来てるの?」
「なんでも今日は早く家庭教師が終わったみたいで晃弘が出かけてる間に来たのよ。部屋で待ってるから早く顔を出してあげなさい」
部屋に入ると足を伸ばして座っている薫とその足の上でへそ天をして寝ているツキがいた。ツキさん、どんだけ薫に懐いたのさ。
「おかえり。こんな夜に出かけるなんて晃弘も不良になったね」
「ただいま。今日からジムに通おうと思ってジムに行ってたんだよ。今日は無駄足だったけどね」
「そろばんに速読術だっけ?それにジムまで行こうとしてるの!?」
「うん、筋力をつけたいんだよ」
「私には晃弘が何をしたいのかさっぱり分からないよ」
僕が何をしているのか分からない人からしたらそうなるよね。
「それで悪いんだけど明日からこの時間はジムに通うから僕はいないよ」
「部屋に来るのはいい?」
「どうして?」
「ツキに会えないのは寂しすぎるー!」
「ああ、そういうことか。僕がいなくてもいいなら別に来てもいいよ。母さん達には言っとくから」
「やったぁ!それなら遠慮なく来させてもらうからね!」
まだツキを堪能している薫をよそに、僕は動画編集を始めた。




