第39話
「ただいまー!母さん!口座開設するの忘れてた!」
「おかえりー。あら、そうだったわね。完全に私も忘れていたわ」
「なんだ。父さんはもうてっきり作ったもんだと思っていたぞ。お金の振込日はいつなんだ?」
「20日に振り込むって師匠が言ってた」
「それならなんとか間に合うといった感じだな。月曜日に母さんと一緒に銀行に行って手続きについて聞いてくる。個人の口座なら保護者の同意があれば晃弘がいなくても問題はないだろうが、屋号付きの口座となるとどうなるか分からんからな」
今は銀行の口座を作るのが難しくなっているみたい。詐欺などの犯罪に使われたりしているからなんだってさ。そういうのを考えると僕が手続きをしに行かないといけない気がする。銀行は15時までしかやってないから学校はサボるか早退することになりそうだ。
「それで晃弘、今月の請求額はいくらになるんだ?父さんはそこが気になる」
「ちょっと待ってね……。えっ!ヤバい……。前受金を引いて税込で50万9千5百円になる……」
「はは……、初月から父さんの給料と変わらない金額を稼ぐなんてな……」
また父さんが遠い目をしている。
「お父さん!子供というものは親を超える時が来るの。うちは他のご家庭よりも早かった。それだけよ。お父さんはお父さんで頑張ってるんだから!」
「今僕が家から借りているお金はどれくらいあるの?」
「大体15万円くらいかしら」
「じゃあ20万円渡すよ。それからは僕が三匹の分のお金は出すよ」
「でも正直なところ、タマは父さんに懐いているし、モンは母さんに懐いているからな。晃弘が三匹の分のお金を出すのはどうかなと思ってはいるんだよ」
「だったらこうしましょう。晃弘は猫の面倒の分と家の生活費として月10万円を入れる。余った分は積み立てていって、足りなくなったら請求する。どうかしら?」
「うんうん、それなら問題はないな。それでいいか晃弘?」
「僕は問題ないよ。じゃあ僕はランニングに行ってくる!」
「いってらっしゃい!」
ランニングをしながら考えていた。今月途中から仕事が始まってそれだけで70万円近い金額を稼ぐことができた。師匠の言った通り、高校生がアルバイトで稼ぐお小遣い程度の金額じゃない。
パソコン代で森さんへ払う金額はあるけど、分割で大丈夫だから自分で使えるお金はかなりの額だ。このお金で遊ぼうとかは思わないし、遊んでいられる時間はない。そうなると使わずに貯まっていくだけになってしまう。
そうか!このお金でパソコンとかを揃えて環境を作れば江口さんのように現場作業ができない人も働けるんだ!そういう用途で使っていこう!
ランニングを終え、風呂やら何やらやって、フリーの時間になった。僕はサッカーの試合の結果を確かめた。流石に準々決勝まで進んでるからね。仕事を優先してるけど、瞬の応援をしていないわけじゃない。
「すごい!2-0で準決勝進出だ!」
2得点のうち、1得点は瞬が決めていた。明日はもっと応援が増えそうだね。明日の天気予報は晴れ。気温も高くて暑くなるみたい。まさに熱戦だ。
僕も明日は屋外での作業だから熱中症には気をつけないと。
※
朝、ムシムシとした暑さに目が覚めた。まだ4時半。この時点で暑さを感じるんだから今日の仕事はきついだろうな。どうしよう。皆さんの分の水分とか用意しておいた方がいいかな?朝の一時間の勉強をしながら暑さ対策のことが気になって仕方がなかった。
「おはよう。母さん、熱中症対策しないと今日はヤバいかもしれない」
「おはよう晃弘。そんなことは今さら言ってもダメなの。ちゃんと天気は1週間くらい先の予報を見ておかないと」
「そうだよね。そういうことを考えてなかった」
「そうだと思ったからこっちでちゃんと用意しておいたわよ。ちょっと荷物になるけど、はいこれ、ジャグね」
母さん準備がいい。今度からはちゃんとそういうことも考慮して動こう。
「ありがとう。何をやるにしても勉強になるね。これからは常に天気予報を見ることにするよ」
「そうね。お父さんが営業で外回りをしているから私も気がつけたけど、そういうの分かっていなかったら運が悪かったら誰かが熱中症とかになって迷惑をかけることになっていたかもしれないわね」
「うん、皆さんの体調管理も仕事の内だからね。気をつけます。じゃあいってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
今日は濃山運動公園で7月の第三土曜日からの三連休に開催される野外フェスの準備の応援だ。今日はひたすら機材の搬入がメインで時間が余ったらテントなどの仮設置なんかをやるみたい。
僕自身はフェスが開催されるまでの準備を手伝いたいという気持ちはあるんだけど、技術を持ち合わせていない皆さんが参加できるとなるとこういう機材搬入とかの力仕事しか今はできない。
これが各現場に配置できるようになればそれぞれ適材適所で働いてもらうことが可能になるんだろうけど、それは皆さんがスマホを持ってから。それと僕自身が皆さんを管理できる力を身につけてから。今日みたいに体調管理など全方位で管理できるように今の間に勉強しておかないとね。
「おはようございます!エイチエーサービスの速水です!今日は僕を入れて八名、よろしくお願いします!」
「おはようございます皆さん!また人が増えましたね!速水さんのおかげで我々は大変助かっております!今日もよろしくお願いします!」
現場リーダーの瀬川さんに挨拶をし、瀬川さん指揮の元、色んな機材の搬入が始まった。それにしても僕の筋力のなさが足を引っ張っている。みんな軽々と持ち運んでいるから自分が情けなかった。
機材は舞台に使うであろうパイプからどでかいスピーカーまで様々で、野外フェスはこうやって裏方さんの力があってこそ成り立つんだなと体感できた。
途中、やはり暑さのせいで熱中症になる人もいたけれど、母さんの用意してくれたジャグのおかげで僕達の中で熱中症になる人はいなかったのは幸いだった。
「俺達は夏は日頃から炎天下で過ごしているからな。暑さには強いんだよ」
なんて一条さんは言っていたけど、じっとしているのと動いているのでは違うと思うんだよね。どちらにせよ、母さんはグッジョブだ。
搬入は結局夕方までかかり、仮設置はできなかったけど、物自体は全部降ろすことができた。
「僕は明日絶対に筋肉痛になっている気がします」
「はっはっはっ!我々が速水君に勝てているのは筋力だけだな!」
「皆さんお疲れ様でした!おかげさまで搬入が全部終わりました!今日はこれで全員解散とします!お疲れさまでした!」
そういえば今日は土屋さんを見なかったな。
「瀬川さん、今日は土屋さんを見かけませんでしたが、今回の設営には参加されないんですか?」
「今日の状況を見ていただいたら分かると思いますけど、これから舞台や会場を作っていくので、土屋さん達音響組はもう少し準備が進んでからになるんですよ」
「なるほど、そういうことですね。いつかはそこまで携われるように頑張ります!」
「そうですね。速水さんも色んな技術を身につけたいでしょうからね。期待してます!」
「はい!では失礼します!」
僕にはまだまだ学ばないといけないことが沢山ある。それをすごく実感した一日だった。




