第37話
水曜日、瞬が無事試合に勝ってベスト8に入った。これで土曜日に準々決勝、日曜日に準決勝、勝てば濃山高校創立以来初の決勝が来週の土曜日に行われる。
この速報が入ってきた瞬間が授業中だったのにも関わらず、学校中で雄叫びが上がったのはもはや伝説になるかもしれない。それくらいに学校中が盛り上がっていた。
薫もニコニコで終始ご機嫌だった。というのにも関わらず木曜日、瞬が朝薫と一緒に登校しようと誘ったところ、断られたらしい。めちゃくちゃ凹んで僕と大木君のところへやってきた。
それはないだろう!と思いながら夜、薫に瞬の誘いを断ったことを聞くと、
「今一番騒がれている王子様の横に私がいたら何を言われるか分からないでしょ!」
と確かにぐうの音も出ない正論を言われ、「タイミングが悪かった」としか慰めの言葉をかけられなかった。
それでも瞬には元気になってもらわないといけないから薫に「下校はお願いします」って全力で頭を下げた。これが原因で負けたってなったら恨みを買われかねないからね。薫も下校なら見られることも少ないだろうからと快諾してくれて本当によかった。
そして金曜日、皆の期待が多大なプレッシャーとなっているんじゃないかと心配をしたけど、
「今のチームで濃山の歴史を変えるんだ!」
ってまるでプレッシャーをものともしてない瞬の強心臓には恐れ入った。
そして大木君は動画編集作業がうまくいっていないことを最後の授業前の休み時間に言い出したもんだから今日の夜に僕がやるしかないと腹を括った。
「すまない速水。もっと早く言えばよかったんだが、何とかできると思ってもできなかった……」
「仕方がないよ。僕も進捗を聞いておかなかったのが悪いよ。僕のノルマは達成できているから僕の方で夜にやっておくよ」
「それで土日の応援は行かないのか?」
「もう予定には現場作業が入っているからね。断ることはできないよ。それに今回は新しく四人が追加されるから責任も重大なんだ」
「もし決勝に進むことがあったらどうなるんだ?」
「仕事をするってことは責任を伴うってことなんだ。今の僕は現場に出ることが一番の責任になる。いくら学校の重大イベントになったとしても仕事は止まらない。だから僕は現場に出るよ」
「中西は中西で輝いているが、俺の中では速水の方が輝いて見える!」
「それは僕が大木君の分を今日代わりにやるから大袈裟に言ってるとしか受け取れないよ」
そういうことで今僕は大木君の分の動画編集をやっている。大木君は勉強ができるから動画編集もできると思い込んでいた部分が大きい。勉強ができる=仕事ができるではないということがよく分かった。
「……ぇ、ねえってば!」
「うおぉぉ!びっくりしたー!なんだ薫か……」
「もう何回呼んだと思ってるの!もう21時半になるよ?」
「え?もうそんな時間!?しかも薫がいるなんて全然気がつかなかった……」
「部屋に入った瞬間にものすごい集中していたのが分かったから声かけないでツキと遊んでたの」
「そうだったのか。全然気づかなくてごめんよ」
「本当に最近の晃弘は別人だよね。そんな集中力があるなんて思いもしなかったよ」
「それは本当につい最近のことなんだ。自分でもここまで力がつくとは思ってもいなかったよ」
「力がつく?晃弘は何かやってたの?」
「やってたじゃなくて今もやってるんだ。そろばんと速読術の教室に通ってるんだ」
「ええっ!いつのまに!?そんなことやってたの?」
「あれ?言わなかったっけ?5月の頭から始めてもうじき2カ月になるね」
「…………」
「どうしたの?」
「どんどん遠くなっていくね、私の幼馴染達は……」
「それはどういう……」
「瞬は全国大会出場が叶うかもしれない場所にいて、晃弘は私の知らない場所にいつまにかいる。私だけが取り残されているみたい」
「そんなことはないよ。僕はただみんなより出遅れていたのが追いついたって感じだから。最近よっぽど実力がなかったんだなって痛感しているよ」
「ううん、なんとなく分かる。二人とも私とは違うステージに上がっている。私も同じステージに立ちたい!」
そんなこと言われてもな……。瞬は分かるけど、僕は自分が他の人より上のステージにいるとは到底思えないんだよね。
「晃弘は明日の応援に行くの?」
「いきなり話が変わったね。明日と明後日の試合は予定があるから応援には行けないんだ」
「そっか」
「僕が行けない分、薫がしっかり応援してあげてよ」
「決勝戦はどうするの?」
なんかこんな話、さっき学校でもしたな……。決勝戦よりも仕事を取る自分がおかしいんだろうか?
「まだ行けたわけじゃないから行けた体で話をされてもね。でも多分だけど決勝戦も行けないと思う」
「それは小さい頃から一緒にいた仲のいい親友よりも優先しないといけないことなの?」
普通に考えたら分かることだったのに全然気づかなかった。大木君が言いたかったことはこういうことだったのか。
「私は目標に向かって一生懸命頑張ってる姿を応援したい」
薫は僕が責任を持たないといけない立場になったことを知らない。だから瞬よりも優先すべき事項があるとは思っていないんだ。
「だから私は「ごめん、そうだよね。全国大会出場を懸けて戦うよりも優先するようなものは普通ないよね。でも今の僕にはそれがあるんだ。何がとは今は言えない。だから僕は行けないんだ。それだけは分かってほしい。僕の分まで薫が応援してあげてよ」
ごめんよ薫。本当は瞬の応援を僕と一緒にして三人で勝っても負けても思い出として共有したいという気持ちは分かるんだ。あの頃のようにね。でももう僕は引き返せないところまで来てしまった。これからは薫が一人で頑張って瞬のことを見守ってあげてほしい。大丈夫、薫は勝ちヒロイン確定だからさ。
「……分かった。晃弘の分も応援してあげる。あとでやっぱ見とけばよかったって言っても知らないからねー!」
おどけた感じで言っていたけどその顔には寂しさが漂っていた。薫が帰っていったあと、明日があるというのにしばらく寝つくことができなかった。




