第25話
「今日から定期的に応援で入ってもらえることになったエイチエーサービスの速水さんです。まだ初心者なので教えながら作業を進めてください。以上!」
今日は土曜日。今日と明日は老人ホームの床の定期清掃の応援。今はどこの業界も人手不足なのでこういう応援要請は非常に助かるみたい。
最終的には定期清掃全般ができるようにと師匠からは言われている。まだ何をやるのか分からないけど、しっかりマスターしたい。
「じゃあ速水さんはかっぱぎを担当してもらいます」
この現場のリーダーである木下さんから担当する業務について教えてもらう。床の定期清掃は洗剤を床に撒いてポリッシャーという洗浄機で床を洗浄する。その際に出た汚水を集めるのをかっぱぎというらしい。
今日作業に参加している人達は全ての作業ができるみたいなので、お手本としてかっぱぎを見せてもらった。道具を使ってさーっと流れるように汚水を一か所に集める所作は一種の芸術のようなものを感じさせるくらいに無駄な動きがなかった。
それで僕もやってみたけど全然うまくいかない。イベントの仕事の時もそうだったけど、色んな業界でそれぞれ技術というのがあるんだね。
この日は全工程の半分が終了。予定通りに終われたのでよかった。作業をやってて僕がどう見ても足手まといになっていたから申し訳なかった。
「速水君お疲れさん!初めてにしては上手だったよ。この業界も高齢化してきているから速水君のような若い人が来てくれると嬉しいよ!」
木下さんと特段話をしたというわけでもないけど、作業をやりながらチームの一員という感じで迎えてもらい、自然と僕に対してフランクになった。僕にとっては「速水さん」よりも「速水君」と呼ばれる方が気が楽だからそっちの方がいい。
「いえ、こちらこそ下手くそでご迷惑をおかけして申し訳ありません。明日もよろしくお願いします」
※
家に帰ってメールを確認すると動画編集一本、画像編集二本の依頼が来ていた。うわぁ、こんな感じでどんどん来るんだ……。まだ昨日のが終わってないから急いで終わらせないと!
急いでランニングなどこなしてフリーの時間、急いで昨日の動画編集を始めた。
「……ねぇ……ねえってば!」
「うわぁ!びっくりした!」
突然肩を叩かれて驚く。振り返ると薫がいた。
「ど、どうしたの?突然だったから驚いちゃったよ」
「突然じゃないよ。結構前からいたよ。でも全然気づかないから肩を叩いたの。かなり集中していたんだね。何をしてるの?」
かなり集中していたみたいだ。薫がいたことに全然気がつかなかった。
「ちょっとね。詳しいことは言えないんだよ。ごめんね」
「前もそんなこと言ってたね。言えないなら深くは追及しないよ」
「そうしてくれると助かるよ。それで今日は何か用かい?」
「今日はサッカーの試合があったから瞬の応援に行ってきたの!結果を伝えたくてさ」
「今日は土曜日だもんね。それでどうだった?」
「1回戦だったんだけど、圧勝!明日も勝てば3回戦に進めるから頑張ってもらわないとね!」
「サッカーは1試合の時間が長いからね。結構な日程になるんじゃない?」
「そうみたいだね。平日の学校がある日も試合があるみたいだから大変だと思うよ」
「中学の時は土日しか試合なかったもんね。高校になるとやっぱ違うんだね」
「平日は私達も応援にいけないからせめて土日は応援にいってあげないと」
「陸上部の応援には行かなくていいの?」
「私は走高跳の選手だから走高跳だけは応援に行くよ」
自分の部活の応援よりも瞬の応援を優先するのか。まあ好きな人の応援はしたいか。
「ニャー」
ツキが僕の部屋にやってきた。ツキは僕の部屋を完全に自分のテリトリーにしているんだ。ちなみにモンは母さんに、タマはミケと一緒に父さんに懐いたような感じになっている。
「あ、ツキだ!ねえ、晃弘がやってることってまだあるの?」
「うん、まだまだ時間がかかるね」
「じゃあ邪魔はしないからもうちょっとここにいてもいい?」
「別に構わないけどどうして?」
「ツキが来たんだもん!ちょっとツキと遊びたいじゃん?」
「ああ、そういうことね。それなら思う存分いてもらって構わないよ。ツキも喜ぶよ」
「やったぁ!じゃあもう少しいさせてもらうね!」
「うん、僕のことは気にしなくていいから」
僕は編集作業に戻った。もちろん慣れも必要だけど効率よく作業をしていかないとこれからどんどん依頼が来たらパンクしてしまうよ。
とにかくもう少しで一本目が終わる。それが終わったら先に画像編集をしよう。動画編集よりは短時間で済むはずだ。
気がつけば22時になっていた。慣れていないから仕方ないのもあるけど、仕事が終わらせられなかったというのはモヤモヤが残って嫌な感じだね。
「あれ?薫、まだいたの?」
「うん、ほらツキが私の足のところで寝ちゃってさ。こんなのされたら動くに動けないよー」
「分かる分かる。折角心許してくれてるのに動いて起こしちゃうと悪いって思っちゃうよね」
「それにしても晃弘、すごい集中してたね。2時間くらいやってたんじゃない?体大丈夫?」
「うん、問題ないよ。心配してくれてありがとう。そろそろ時間だから帰った方がいいんじゃない?」
「うん、そうだね。ツキ、ごめんね。また来るからね」
そう言いながら薫はツキを起こさないようにそっと持ち上げて僕のベッドに寝かせた。
「それじゃ帰るね!頑張るのはいいことだけど、無理はしちゃダメだよ!」
「うん、分かった。おやすみ」
さあ、ここからはゲームだ。っていつもはなるんだけど、残ってる仕事が気になる。どうしよう?今日は大木君にゲームを断って仕事を続行しようかな。
『大木君、ごめん。今日はゲームできそうにない』
『了解。まあそういう日もあるさ。明日はできそうか?』
『多分大丈夫だと思う』
『よし、じゃあ今日はなしということで。また明日な!』
仕事と遊びを両立するのって難しいんだね。大人はすごいな。
寝るまでの1時間、僕は動画編集と画像編集を黙々と行った。




