一番近くで応援させて
「練習試合、見に来いよ」
朝の通学路で、繋いだ手を揺らしながら、東堂駿太はなんてことないようにそう言った。
でも、その一言は、私の心に魔法みたいにきらきらと降り注いだ。
今まで、図書室の窓からこっそりと彼の姿を盗み見ていた私への、初めての、正式な招待状。
「……うん、行く」
私は、どきどきと鳴る心臓の音を隠すように、少しだけ俯きながら頷いた。
行きたいに決まってる。あなたの、一番近くで応援させてほしい。
そして、試合当日。体育館に足を踏み入れた瞬間、熱気と、ボールが床を叩く音、選手たちの声に圧倒された。
今まで、静かな図書室の窓から見ていたのとは全く違う、駿太の「世界」。少しだけ気後れしながら観客席の端に座ると、すぐにその存在に気づいてしまった。
マネージャーの、西野まどか先輩。
テキパキとドリンクを準備したり、選手に声をかけたりしている。その姿は、相変わらず様になっていて、綺麗だった。
以前の私なら、きっと胸が苦しくなって、惨めな気持ちでここから逃げ出していただろう。
不意に、西野先輩と目が合った。先輩は、私の存在に気づいて、少しだけ驚いた顔をした後、こちらに近づいてきた。
「宮原さん? 応援、珍しいね。東堂くん、最近ちょっと元気ないみたいだから、差し入れとかしてあげたら喜ぶんじゃない?」
その言葉には、明らかに私を格下に見るような、ライバルとしての牽制が込められていた。
でも、今の私はもう、あの頃の臆病な私じゃない。
「はい。だから、今日は私がちゃんと応援したくて。駿太の応援に来ました」
私は、まっすぐ先輩の目を見て、はっきりと彼の名前を口にした。私の言葉に、先輩は一瞬だけ虚を突かれたような顔をして、それから、ふんと鼻で笑った。
「そっか。まあ、頑張ってね」
それだけ言うと、先輩は仕事に戻っていった。
もう、大丈夫。私の心は、もう誰にも揺さぶられたりしない。
コートに目をやると、駿太がちょうどこちらを見ていた。彼は一瞬、驚いたように目を見開いて、それから、周りの誰にも見せていないような、とびきりの笑顔を私だけにくれた。
その笑顔だけで、今日ここに来た価値があったと、心の底から思った。
試合が始まると、私は夢中で駿太の姿を追いかけた。真剣な眼差し、汗を光らせて走る姿、仲間とパスを繋ぐ連携。そのすべてが、私の知らない、でもどうしようもなく格好いい「彼氏」の顔だった。
「駿太、がんばれ……!」
周りの歓声に紛れて、私の小さな声援が、どうかあなたに届きますように。
試合は、駿太のチームが見事に勝利を収めた。
体育館の出口で待っていると、仲間たちに囲まれて、楽しそうに笑っている駿太が見えた。
その輪から少しだけ抜け出して、汗だくのまま、彼はまっすぐ私の元へと駆け寄ってくる。
「来てくれたんだ」
「うん。すごく、かっこよかったよ、駿太」
息を切らしながら、嬉しそうに笑う駿太。その笑顔を独り占めできることが、こんなにも幸せだなんて。
「……お前の声、ちゃんと聞こえてた」
「え? 嘘、聞こえるわけないよ」
「いや、聞こえた。だから、最後のシュート、決められた。サンキュな」
そう言うと、駿太は周りの目も気にせず、私の体を力強く抱きしめた。
驚いて声を上げそうになる私を、汗と熱気が包み込む。体育館の隅で、その光景を見ていた西野先輩が、悔しそうに唇を噛んで立ち去っていくのが見えた。
帰り道、二人きりになったところで、駿太が私の手をぎゅっと握った。
「なあ、結衣」
「ん?」
「今日の、ご褒美ちょうだい?」
駿太が、いたずらっぽく笑う。
私は周りに誰もいないことを確認して、少しだけ背伸びをした。
「……今日の駿太は、世界で一番かっこよかったよ」
私の言葉に、駿太は子供みたいに顔を真っ赤にした。
これからも、あなたの隣で、一番近くで、ずっと応援させてね。




