背中越しの甘いシュート
「うわー、すごいね!」
初めて足を踏み入れたその場所は、休日の昼間らしい熱気と、楽しそうな声で満ち溢れていた。
2学期が始まって初めての、何も予定がない土曜日。駿太が「たまにはこういうのもいいだろ」と、デートに誘ってくれたのだ。
色々なスポーツが楽しめる、大きなアミューズメント施設。昨日、美咲たちに「週末は何するの?」と聞かれた時は、「家の用事で」なんて、可愛い嘘をついてしまった。
私たちは、バドミントンで汗を流し、ローラースケートで何度も転びそうになる私を駿太が笑いながら支えてくれ、テニスのラリーでは、経験者の駿太に手も足も出なかった。何をやっても様になる駿太の姿は、やっぱり格好良くて、そのたびに私の心臓はきゅっと音を立てる。
一通り遊び尽くして、最後に辿り着いたのは、バスケットボールのゴールがいくつも並んだエリアだった。 駿太の、一番輝く場所。
「結衣もやってみろよ」
「ええ、私はいいよ。見てるだけで」
ボールを持つ駿太は、水を得た魚みたいに生き生きしている。
軽々と放たれたボールは、綺麗な放物線を描いて、スパッ、と心地いい音を立ててリングに吸い込まれていった。周りにいた他のグループから、小さく歓声が上がる。
「ほら、遠慮すんなって」
駿太はそう言って、私にボールを手渡した。
かっこ悪いところ、見せたくないな。そう思いながらも、彼のキラキラした笑顔に逆らえるはずもなかった。
「えいっ」
見様見真似でボールを放る。でも、ボールは重くて、全然思うように飛ばない。リングに届くどころか、その手前のボードにこつんと当たって、力なく跳ね返ってくるだけだった。
「くっ……もう一回!」
何度も、何度も挑戦する。でも、結果は同じ。だんだん悔しくなってきて、周りの目も気になり始める。駿太の得意な場所で、こんなに情けない姿を見せるのが、たまらなく恥ずかしかった。
「あー、もう!」
私が諦めて、ボールを床についた、その時だった。
ふいに、背中に温かい感触がした。
「……え?」
振り向くより先に、駿太の大きな体に、すっぽりと後ろから包み込まれていた。がっしりとした駿太の胸板が、私の背中にぴったりとくっついている。
「ち、ちょっと、駿太……!?」
「しー。力、入りすぎ。もっと肩の力抜けって」
耳元で囁かれる、低い声。その声と、首筋にかかる熱い吐息に、心臓がどくんと大きく揺さぶられた。
私の手に、彼の手がそっと重ねられる。ボールを包む、二人の手。そして、空いていた彼のもう片方の手は、私の腰を支えるように、優しく添えられた。
「膝、もうちょい曲げて。そうそう」
「……う、ん」
「で、手首のスナップを利かせて、ボールを押し出す感じ」
駿太の体が動くたびに、彼の筋肉の硬さや、汗の匂いが混じった雄の匂いが、すぐ近くで感じられる。もう、バスケのことなんて、どうでもよくなってしまいそうだった。あの夜、彼の腕の中で、なにもかも暴かれてしまった時のことを思い出して、全身が熱くなる。
「いくぞ。せーのっ」
駿太の声に合わせて、私たちは同時に腕を伸ばした。
私の意思とは関係なく、ボールは手から離れ、綺麗な放物線を描いて……スパッ!と、今までで一番心地いい音を立てて、リングの真ん中を通り抜けた。
「……あ」
入った。
呆然とする私の耳元で、駿太が満足そうに囁く。
「な? やればできんだろ」
「……うん」
「……ていうか、結衣」
「なに?」
「顔、真っ赤だぞ」
悪戯っぽく笑う声。 私は、もう何も言い返せなかった。
「……駿太のせいでしょ」
そう呟くのが、精一杯。 周りの喧騒が、嘘みたいに遠くに聞こえる。
私の世界には、背中越しの彼の体温と、鳴り止まない心臓の音だけが、大きく響いていた。




