ハサミムシとオオワシ
ハサミムシがオオワシにこう言った。「あんたは空を速く、遠くまで飛ぶねえ。そんな風に生きれたら、どんなにいいだろうねえ」
オオワシはハサミムシに答えた。「いや、そうとばかりも言えない。食い物は専ら地面にある事の方が多いんだよ。そして、この大きさで高く飛ぶにはえらく飯を食わねばならん。初めから地を這うあんたの方が、実に賢く生きてる。俺みたいに高く飛んで広い範囲を見なきゃならずに疲弊したり、小回りの利く獲物に翻弄されたりする苦労は少ない」
「なるほどなあ。誰よりも大きく、高く飛ぶあんたがそんな風に労しているとは知らなかった。そうかぁ、だから今みたいに、度々こんなところに来るのかい」
そこは野原で最も穏やかな食堂、行き倒れた人間の死骸の上だった。オオワシは腸を貪り、感慨深げに言う。「俺はね、人間どもの宣う‟天国”ってやつはまさにここの事なんじゃないかと思うよ。俺がこの腹に穴を空けるだろ。すると小さなあんた方のハサミが、この腸を啄み易く砕いてくれる。ここじゃ普段遠く隔たってる俺らがお互い助け合って、皆が得をしてるもんなあ」
ハサミムシはちっぽけな頭で、上手くいっているこの世界の素晴らしさを寿ぐ。敵対して食ったり食われたりするけど、みんないつの間にか知らずに誰かの為になる事をしている。小さい者が大きい者に、大きい者が小さい者に。そして、弾力ある腐りかけた人間の腸壁は破れ、ハサミムシの消化管へと入っていく。