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第16話 瘴気くっさぁ



 ■ ■ ■



「んー? なんだこの穴」


 森を抜けたところにあった大きな穴の前で、1人の少女がいぶかしげな声をあげる。


「こんなんあったっけ? 姉御と前に来たときには――」


 短いポニーテール。

 整った顔をしているが、気の強い、反発心のかたまりのような表情。


 薄い胸を隠したチューブトップに、ボロ布のマフラー。下半身は太ももがほとんど見えるほどのホットパンツに、履き古したショートブーツ。


 防御力皆無な格好をした少女は、目をこらして穴の中を確認する。


「あっやしいなー。てか、お宝のにおいプンプンじゃん」


 真っ暗な内部はほとんど見えないが、ただならぬ気配だけは漂ってくる。


 威嚇とは違う。

 誘うような雰囲気でもない。

 どうにも、まるで『見つかりたくない』とでも言わんばかりの《《におい》》だ。


「ふふん、このキア様の鼻はごまかせないよ~? すんすん」


 漂うかすかな魔力から危険を察知する、【盗賊】としてのスキル。

 

「――ッッ!? ちょっ!? なにこの瘴気!?」


 かつて嗅いだことがないほど濃密な瘴気。


「瘴気くっさぁ……んでも、ちょっと癖になるかも? すー、すー……」


 吸い込むと背筋がゾクゾクっと震えて、体の芯が――なぜか下半身が特に痺れるような、背徳的な――


「――って、こんなことしてる場合じゃないし!」


 頭をブンブン振って正気を取り戻す。


「これ、絶対なんかあるヤツじゃん。姉御を呼んで……いや、ウチ1人でお宝見つけたら姉御もメッチャ褒めてくれるよね?」


 粗野な男連中すら従える、キアの姉御。キアが所属する盗賊団のお頭だ。

 孤児だった自分を拾ってくれたのは彼女だった。ボロ雑巾みたいだった自分を庇護し育ててくれた恩もあるが、それ以上に憧れの人だ。


 男にも負けない、権力にも屈しない女盗賊。

 早く彼女に追いつきたい。役に立てる自分になりたい。


「よ~し、待ってろよお宝~」


 盗賊少女は舌なめずりをし、意気揚々と横穴の中へと入っていった。まさか――


 この暗く深い穴の中で、乙女の肌をすべて晒して悶えることになるなんて、知らないままで……。



 ■ ■ ■



「侵入者だ」


 キッチンで3人分の調理をしていた俺の脳内に、人間の侵入を告げるアラートが流れた。


 すぐさまリビングでモニターを展開する。さながらここは監視室であり、司令室にもなる。


「……盗賊か!」


 ネームドキャラだ。

 侵入者レベルがアップしている。しばらくは村娘ちゃんだけで凌げると思ってたのに。


「にんげん?」


 ソファに腰を下ろした俺の横に、メディがちょこんと座る。


「ああ。ダンジョンのお宝目当てにやってきた盗賊の下っ端、キアだな」

「名前わかる?」

「…………、王子だった頃にちょっとな」


 危ない、これは前世でのゲームの知識だったな。


 モニターに映し出されるキアは、最初の小部屋で戸惑っている。

 入ってすぐに行き止まり。普通ならここで『何もない』と判断するんだが……


「コツコツしてる」

「探ってるな」


 さすがは盗賊。

 洞窟の壁を拳で叩いて確かめている。

 年齢は――たしか設定では13歳だったはず。それでも盗賊としての経歴は長く、しかも探索に向いたタイプなんだろう。


 慎重に、確実に辺りを探っている。

 やがて、通路を塞いだ壁に行き当たり、


『……ここ、おかしくない?』


 と独り言をこぼす。

 手の平で壁に触れ、


『スキル【解錠】――っと』


 すると、防壁がボロボロと崩れ落ちる。侵入者の行く手を阻むものを、【解錠】スキルの判定ではトラップとして認識したのかもしれない。 


「厄介なスキルだな。これじゃあどんだけぶ厚い壁で塞いでも無駄か」


【銅級】とはいえ、トラップへの耐性どころか対抗する手段すら持っている盗賊少女――やっぱり【無印】の村娘ちゃんとはレベルが違うな。


「アルトさま、どうするの?」

「そうだな――ここは新人の朧にさっそく活躍してもらうかな」


 俺は人間と会いたくないし、メディは石化させてしまう。ここは人を化かすのが得意な【千年妖狐】に前線を張ってもらうのがいいだろう。そのためにスカウトしたしな。


「――朧?」

「ふへぇ……?」


 風呂あがりの彼女は、完全にのぼせ上がってしまいフローリングの床で五体投地――全身を投げだし、突っ伏して死体のようになっていた。


「……なんじゃあ、あるじ殿ぉ……」

「聞こえてなかったか。もう一肌脱いでもらおうと思ってな」

「ぬ、脱ぐ……!?」


 さっきの入浴でトラウマにでもなったかな?


「あるじ殿の命令で――脱ぐ! よ、よいじゃろう!」


 と思ったら、うろんだった瞳に力強さを取り戻し、朧はぐぐっと体を起こした。


「風呂場で見せてくれたあの逞しく漲るモノ!」

「魔力な」

「あれほど濃いのは初めてじゃ、やみつきになる――メスの本能が刺激された!」

「魔力な」

「やはり強いオスは素晴らしい! そして、なぜだかあるじ殿の命令を受けると活力が満ちてくるのじゃ。もはや快感ですらある!」

「そりゃあ良かった」


 何だか知らないがやる気は満々らしい。


「メディはお留守番できるか?」

「家……まもる?」

「そう。俺たちの家をな」

「まもる!」


 はりきるメディの頭を撫でて、朧を引きつれ、盗賊少女の迎撃に向かった。

  


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