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第10話 お前っていつまで経っても子どもだよな



 ■ ■ ■



 ダンジョンを無事(?)に脱出した村娘は、軽やかになった足取りで睡眠も取らずに自分の村に帰り着いた。


 その姿を見つけた父と母は、


「おお! よかった無事だったか!」

「心配したのよ!? 隣町におつかいに行っただけなのに、ずっと帰って来なくて!」

「ごめんなさい、道に迷ってしまって」


 彼女がいなくなって、村はちょっとした騒ぎになっていた。

 帰還を聞きつけた村長も家にやって来て、


「ほぉ、帰ったか! 今日も帰って来なければ冒険者にでも捜索依頼を出そうかと思っておったんじゃが」


 うんうんと頷き、安堵の声を漏らす。

 村娘は頭を下げて、


「心配をかけてすみませんでした、村長さん」

「そうだわ」


 母が言う。


「あの子もあなたのこと探し回ってくれたのよ、昨夜も遅くまで。一度家に戻って、今日も探しに出るって言ってたから。顔を見せて安心させてあげなさい」


 あの子。

 幼なじみの彼だ。


 母に言われたとおりすぐ隣の家を訪ねていくと、ちょうどドアが内側から勢いよく開かれて、


「――――っ!? 無事だったのか!?」


 彼だ。

 村娘の顔を見て目を丸くしている。


「ああ! 夢じゃないんだ! 無事で良かったよ!」


 村娘のことを抱きしめそうな勢いで駆け寄ってくるが――直前で、ぐっと踏みとどまる。


「ご、ごめん、こういのはまだ早いよな……ははは」

「そ、そうだね」


 2人の距離は、思春期に入ってからずっとこうだ。


 でもこれでいい。今の関係を壊したくないし、大人になれば――もう少しすれば、きっと自然と結ばれるだろうから。


「夜通し探してくれたって聞いたよ。ありがとうね」

「そんなの当然だろ。お前のためなら俺、なんだって」


 ああ、帰って来て良かった。

 あのまま、あんな所にいたら――……


 ……いたら?


 暗くて恐ろしい迷宮に囚われ続けていたら、どうなっていただろう? そうだ、きっと今頃もあの怪しい器具に足を揉まれて、悶えていたに違いない。


(あんな気持ちいいこと――)

 

 ふいに、両足にゆうべの疼きが蘇ってきた。

 涙を流すほど気持ち良かったマッサージ。

 彼の顔を忘れてしまうくらいに没頭してしまった。

 それも、彼が自分のことを探してくれているあいだに――


(私、知らない人にリンパ流されちゃったんだ……)


 胸がドクドクと鳴って、頭がぼうっとしてくる。


(あの『看板さん』にいっぱいしてもらって。私……何度も何度も求めちゃって……)


 裸足になるだけで気持ち良かった。ぎゅっと揉んでもらえると体の芯まで震えた。ぐいぐいと足裏を押しほぐすあの動き。

 そしてあのドロドロした液体は、体の隅々にまで癒やしてくれた。

 

「どうした、顔が赤いぞ? もしかしてどっか悪いのか」

「ち、違うのっ!」


 避けるような村娘の態度に、彼は少し面食らったようだ。

 取り繕うように村娘は、


「そ、そうだ! 昨日ね――」


 あのダンジョンの存在をみんなに伝えるべきだろう。自分は無事に帰って来られたが、危険な場所には違いない。

 冒険者ギルドにでも訴えて、奥深くまで調べて危険を排除してもらうべきだ。


 道もしっかり覚えている。

 一度迷ったのが不思議なほど……今なら記憶の中でもたどれるほど道程は鮮明に覚えている。



 いつでも、行ける――



(次もまたしてくれるって、あの人(・・・)は言ってた)


 顔も知らないあの人。

 底の知れない快楽を教えてくれた人。

 男性か女性か、人間なのかすら分からないけれど。


(しゃべるなって言われたし……。そうだよ、約束を破るなんていけないことだよね?)



「なんだよ、道に迷っているあいだに何かあったのか?」

「う、ううんっ!」


 慌てて首を振る。


「夢……! そう夢、ゆうべ寝ているあいだに変な夢見てね、ただそれだけの話!」

「そんな状況でスヤスヤ眠ってたのかよ? まったく。お前っていつまで経っても子どもだよな」

「……そうだね。あはは……」


 もう子どもじゃない。なくなってしまった。彼に言えない秘密を持ってしまった。彼にも、家族にも絶対に言えない……。


「今日は疲れちゃったから、もう帰るね」

「そうか?……あ」


 今度は彼がソワソワし始める。


「そういやさ、前に約束したの覚えてるか?『農作業で疲れたら肩揉んでやる』って。何なら、今それ――」

「ごめん」


 自分でも驚くほど静かな声が出る。


「ごめんね。今日は大丈夫かな」

「そっ、そうか。悪いな疲れてるところ」


 気まずそうにする彼に背を向け、彼女は小さく、


「…………。こんな子になっちゃって、ごめんね」


「ん? なんて?」

「ううん、なんでもないよ。じゃあね」

「あ、ああ。また明日――」

 

 彼の声を背中で聞きながら、村娘は歩き出した。


 家に帰ろう。

 今日は。

 今は。


 ――だって、あそこ(・・・)にはいつだって行けるんだから。


 彼女は笑った。誰にも気づかれないように笑った。

 足取りは、どこまでも軽かった。




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