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5話 1章-3② 2次試験開幕~信じるって決めたから~

「おい。あれ見てみろよ。」

 「おぉ。おれ獣人って初めて見た。」

 「げぇ。きもぉ。」


 ざわざわとした戸惑いの波がミアに押し寄せる。ルイはそれに眉を顰め、瞳をきょろきょろと大きく動かした。ミアの耳元でこそっと「大丈夫?」囁くように声をかける。

 

「大丈夫。だってルイが横にいてくれるからね。アタシはもう一人じゃなから。」

 

 背筋をピンと伸ばし、晴れやかな表情。まるで悪天候の中その場所だけ光が射し込んでいるかのように。ミアがふと目を横に向けるとケイが肩を落とし青暗い表情をしていた。

 

「昨日のことは大丈夫だから。元気出してね。」

 

 ミアはケイの背中を軽くポンポンと叩き、不安や後悔といったネガティブな感情を外に出す。

 

「ありがとう・・・今日頑張るからさ。見ててよ!」

 

 鞄の紐を強くギュッと握りしめた。

 

「そうそう。まずは今日の試験を突破しないと。頑張ろうね!」

 

 ルイたちは互いに精神的弱さを認め合い、助け合っていた。パーティの精神的連携は申し分ない。適度な緊張感は持ちつつ、よい雰囲気のルイたちをエマはどす黒いオーラを纏わせ見つめている。

 

 ーなんであんなに楽しそうなのよ!ー 


 透き通るような白い肌にそぐわない黒い皺が入る。レオはそんなエマを横目で見ていた。

 

 ールイは優しすぎるのよ。絶対にあいつには負けない。ー


 

 試験監督のハンナは晴天の中を優雅に泳ぐ高く鳥をぼんやり眺めている。そして試験官の一人が

 

「それでは、二次試験の準備をしてください。呼ばれたパーティから順に森に入って開始の合図まで待機していてください。」

 

 ルイたちの準備があらかた終わった時、

 

「ちょっと!君!」


 と耳をつくような甲高い声が聞こえた。そこには薄紅色のショートヘアの女の子がルイを指さしていた。大きな薄紅色の瞳に小ぶりは鼻と口。まだ幼さの残るその面影は彼女が持つ未知の可能性を予感させる。ルイはきょろきょろと周りを確認するが誰もいなかったので、自分をゆっくり指さした。

 

「そう!そこの君です!いいですか?今から僕は君にお説教をします!」


 地団駄を踏みながら、耳がキーンとなる声を上げる。ルイは身に覚えのない怒りに困惑している。

 

「お説教?あの誰かと勘違いしていませんか?僕はなにも・・・」


 頭を掻きながら、身に覚えのないことを思い出そうとする。

 

「いーや!君は大罪を犯しています。こーんな可愛い彼女がいるのにほったらかして他の女の子とパーティを組むなんて!信じられない!」

 

 彼女がパパーンと両手を大きく広げた先にはエマがいた。エマは目を丸くし、頬を赤らめている。この子はエマのパーティメンバーでルイがエマ以外の女の子とパーティを組んでいることが気に入らないようだ。

 

「ねぇ。リリー。だから彼女じゃないってば。幼馴染!ねぇルイ。」


 エマは髪を耳にかけ、感情が高まりすぎないように答えた。

 

「あの。パーティはくじ引きだったし、エマをそんな目でみたことは・・・」


 ルイが淡々と答えるとエマは胸が締め付けられる気持ちになった。

 

「あぁぁぁ!君のことは絶対許しません。乙女にそんな酷いことを言うなんて!」


 甲高い声を上げ腕をバタバタさせているリリーの後ろを見ると、ルイはエマの目に力がなくなっていることに気が付いた。

 

「エマ?あの・・・」

 

 と心配するように問いかける。

 

「ごめんねルイ。変ないちゃもんつけちゃって。ほらリリー行こう」

 「あぁ僕はまだ言いたいことがあるの!」


 エマはじたばたするリリーの背中を押し、一刻も早くここから立ち去りたかった。

 

「ちょっといい?ルイ。そろそろ時間だよ。早くいこうよ。」

 

 ルイの手を引っ張るミアを見たエマの目がナイフのようにキラリと光る。エマは二人のもとに近づき、

 

「あらー。誰かと思えばルイのパーティメンバーさんじゃない。ルイの幼馴染のエマと申します。」


 目を細め、手で髪をなびかせた。いつものような透き通った声から高く華やかな声色に変わってる。ルイは見たことのないエマの表情に目をぱちくりさせる。

 

「あぁ!ルイのお友だち!えっと。改めましてミアと申します。」

 

「えぇ。よーく知ってるわ。だって朝あんなに大きな声で告白してるの聞いちゃったから」


 口調はおとなしいが、ところどころに心の激情を感じさせる。

 

「告白?朝?隣でみててくださいって言っただけだよ。」


 ミアの純粋無垢な表情がさらに怒りパラメーターを上昇させる。

 

「お二人さん。ちょーっと距離が近いんじゃないかしら?」

 ールイもなんとかいいなさいよー 


 拳は握りこみすぎて、小刻みに震えている。

 

「アタシの隣はルイの場所だからねー!」


 ミアはニコッと笑いながらルイの顔を覗き込んだ。エマの怒りパラメーターは振り切れる寸前である。

 

「ちょっと二人とも試験前に・・・」 


 不穏な空気を感じたルイはなだめようとするが、それは火に油を注ぐだけだった。

 

「ルイはちょっと黙ってなさい!」

 

 エマの形相が一瞬般若のように見えた。そこに空気の読めないリリーが「僕も参戦します!」と参加する。


 

ケイがあわあわしていると、横にいる少年がハァ~とため息をつきながらしゃがみこんだ。灰色の瞳には力がなく、無表情。髪の毛を頭の後ろで結び、とにかく無気力である。この世のすべてがけだるそうな様子である。

 

「はぁ。女同士の揉め事ってなーんでこう。めんどくさいんだろうな。」


 ゆっくり遠くを眺めるように空を見上げる。地面には落書きがあった。

 

「はぁぁ。あの爆弾投下女のせいだな。先が思いやられるぜ。」


 深いため息をつく。

 

「おっと失礼。名乗ってなかったな。ラズだ。お前も大変だな。まぁお互い頑張ろうや。」

「おれはケイです。うん。頑張りましょう」

 

 ラズとケイは揉め事に巻き込まれないように終始ルイたちを眺めていた。

 

 

「こら!そこ。もう移動する時間だろうが!早く移動しなさい!」


 と試験官に呼ばれているのにまだ揉めているルイとエマたちのパーティは叱責を食らった。

 

「もういいわ。ルイ。試験が終わったら家に来なさい。ほら!行くわよ。」

「絶対に許しませんからね!君はー・・・」


 とリリーの首根っこを掴んで引きずるように森に入っていった。

ルイはエマの鋭い目にアハハと愛想笑いをすることしかできなかった。

 

「ミア。大丈夫?」

「全然大丈夫!だって悪意は感じなかったから。」


 二人は森へ入っていくエマの背中を眺めていた。

 

 ー悪意ありありな感じだったような・・・ー 


 ずっとにこやかなミアに不思議な気持ちになったルイであった。

 

「友達と喧嘩してるみたいで楽しかったよ。仲良くなれるといいなぁ。」


 と朗らかで明るい声で呟いた。

 

「じゃあ、僕たちも行こうか。」


 そういうとルイたちも森に入っていった。


 

 時計の針がチッチッと進んでいく。森に待機している志願者たちの顔は希望に満ち触れている。時計の針がピタッと重なる。

 

「それでは、試験開始!」

 

 夢の切符を掴むための最後の試練が始まった。

 ルイたちは作戦通り前半戦にいろんなパーティの情報を取るため草むらに隠れていた。ちょうど今パーティ同士が戦っているので、陣形や各志願者の動きを細かく観察している。

 

「おぉ。やっぱりみんな試験突破しただけあって、太刀筋いいね。」


 ルイたちは他のパーティに気付かれないようにひそひそ声で会話している。

 

「そうだね。やっぱりパーティ内で役割分担は必要だね。」


 ミアは顎に手を当て、戦いをシミュレーションしているようだった。ルイは度々視界に入る何かが気になっていたので「なんだこれ?」と不思議そうな顔でそれを握った。

 

「ひゃんっ!」


 ミアが聞いたことのない甲高い声を上げる。戦っていたパーティたちの視線が草むらに集まる。

 

「ちょっとルイ!女の子の尻尾そんなに気軽に掴んじゃだめでしょ!」


 ミアが顔を赤らめ、小声で言った。その声には、抑えきれない恥ずかしさが滲んでいた。

 

「ごめん。そんなつもりはなかったんだ。」


 ルイは手をあたふたさせ、しどろもどろに答えた。

 

「もぉ。いきなりはダメだよ。」


 恥ずかしさからルイから目を逸らし、尻尾を手で押さえた。

 

「ねぇねぇ二人とも。いなくなっちゃったよ。」


 ケイが指さす方向を向くと、戦っていたパーティがいなくなっていた。恐らく漁夫の利を狙われていると感じたのだろう。

 

「ごめん!これは僕が悪い。」

 「アタシも声出しちゃったし、しょうがないね。」


 隠密の必要がなくなり、ルイとミアの声は通常のトーンに戻った。ルイは手を顎に置き、眉間に皺をよせ思索している。少しの間沈黙が続き、「うん!」とルイが軽くうなずくと、

 

「ねぇ。この箱ケイが持っててくれない?」

「昨日いってたよね。逃げ足だけは早いって。僕が負けそうなときは走って逃げてよ。バッチとられなければ負けないからさ」


 ケイは不安げな表情でバッチを受け取ると、

 

「おれなんかでいいの?」


 とうろたえたおろおろ声で返答した。ケイはじぃーっとバッチを見つめている。

 

「もちろん!さっきもケイは目を離さなかったし。適任だと思うよ」

「わかった。頑張って守るよ」

 

 

その後、木の上にのぼったり、遠くから各パーティを監視して、色々なパーティの情報を集めた。時間も後半戦に差し掛かる。

 

「じゃあそろそろ僕たちも動こう。次に遭遇するパーティと戦おう!」


 とルイが声を上げると近くから志願者パーティらしき声が近づいてくる。彼らが近くまで来たその時、ルイたちは草むらから飛び出した。

「エマ!」「ルイ!」ルイのパーティはエマのパーティと戦うことになった。


 

 パーティごとに陣形をとり、相手の出方を伺っている。

 

「戦う相手がまさかエマだとは思わなかったよ。」

 

「レオと約束したように全力でいくよ。」


 ルイは剣をギュッと握り、これから始まる戦いに本気で備えている。それは幼馴染とはいえ共に夢に向かうライバルであるからだ。

 

「私はレオとは約束したけど、ルイとは約束してないよ」


 エマは俯き、力のない沈んだ声で答えた。

 

「え・・・エマ?」


 予想外の返答に虚をとられる。

 

「きみ!僕はきみのこと絶対ゆるさないから!いざ尋常に勝負!」

 

 リリーの声が戦闘の合図となり、ルイに向かって剣を振り下ろそうとする。キンッと金属がぶつかる音が沈黙を切り裂く。ミアがリリーの剣を受け止め、激しい攻防が続く。

 

「邪魔しないでよ!どろぼう猫!今僕とルイ君との勝負でしょうが!」


「ひどい言い方。でもアタシにも負けられない理由があるの。バッチはいただいていくよ。」


 二人は動かないルイとエマを見て、一旦互いに距離を取った。勝負の行方が見えない時間が刻々と過ぎていく。その時、エマのパーティのラズが釈然としない沈黙を破る。

 

「はーい!ストップストップ」


 とけだるそうな声で言った。

「こっちの大将もそうだけど、そっちの大将もなんかやる気なさそうだし。」

「とりあえず話がまとまるまで休戦といこうぜ。」


 

 ラズの提案をルイパーティも受け入れ、各パーティごと話し合うことになった。少し時間が経過した後、ラズがルイの前でその場にしゃがみこんだ。

 

「なぁ。あんた。大将とどういう関係?恋仲?」


 ラズ頬杖をつきながら、抑揚のない声で質問した。

 

「いや。僕とエマは幼馴染み・・・小さい頃から一緒なんだ。」

「はーん。めんどくさい関係ってことね。」


 ラズは片眉を上げ、改めてルイとエマが試験にとってややこしい関係であると理解した。

 

「そこの猫さんは?」

「ミアです。アタシはあの子と直接関係があるとは言えない。」

「こっちは自覚なしか。めんどくせぇ」


 煩わしいこの関係に参ったように頭をポリポリとかじった。ラズはケイのほうをジィーッと眺めると、

 

「僕はないよ。ルイと同じパーティになってからあの子を知ったんだ。」


 ケイは首を必死に左右に振った。

 

「お前の気持ちわかるぜぇ。よくわからんうちにトラブルに巻き込まれちまってるんだ。側杖を食うとはこのことか。」


 ラズはケイの横に移動し、肩を組みこそこそ話している。

 

「さっきだってな・・・」


 ラズとケイはしばらく周りに聞こえないように小声で何かを話していた。

 

「じゃあこっちの話し合いが終わったら、声かけるからよ。ちっとまっててくれや。」


 ラズはスッと立ち上がり、背を向け手を上げた。

 

 

 しばらく今後の試験の動きを真剣に話し合っていると、

 

「あれ!?ない!ない!」


 ケイが荒れ狂う嵐のように物を探し始めた。ケイの表情に焦燥感があふれ出す。

 

「ケイ?どうしたの?」


 ルイが不思議そうにケイに問いかけると

 

「バッチの入った箱がない・・・」


 と今にも消えてしまいそうな力のない声で答えた。

 ルイがエマたちのいた方向に目を向けると、すでにそこにエマたちはいなかった。

 

「やられた!急いで追いかけよう!」


 ルイがバッと勢いよく立ち上がるがミアはゆっくり立ち上がった。

 

「ルイ。先にいってもいい?ちょっと怒った。」


 と淡々と事をつげ、エマたちを追いかけるために茂みに飛び込んでいった。

 

「ごめん。ごめん。ごめんよ。おれなんにもできないんだ。」


 ケイは大粒の涙を流し、悲壮感に満ちた声が森に響いた。

 

「ケイ。実は君が人一倍責任感があることを知っているよ。だから一緒に奪い返そう!」


 

 エマたちはゴールに向かって森の中を走っていた。走りながらラズが、

 

「大将これでほんとにいいのか?」


 と独り言のようにぽつりと話した。

 

「いいの。だってルイとは戦えないもの。がっかりされたくない。」


 エマの表情はずっと曇ったままだ。リリーは心配そうにエマを眺めるも、

 

「エマがいいならいいよ!でも僕はその作戦知らなかったぁぁぁ!」


 甲高い声が森にこだまする。その時、エマたちの前にミアが立ちはだかった。

 

「やっべぇ。猫さんはんぱねぇ。」


 ラズはミアが追いつくことも計算に入れていたが、予想外に早く追いついたため、ヘヘッと苦笑いを浮かべた。

 

「ミアです!あんまり獣人の身体能力舐めない方がいいよ。」


 ミアの視線にはミアしか映っていなかった。

 

「エマさん。今アタシはとっても怒ってます。ルイの前でこんな姑息な手を使うなんて。」

「ずっと一緒にいたんでしょ。だったら真剣に戦うべきだよ。」


 ミアは腕を組み、反論めいた口ぶりでエマに言った。

 

「ぽっと出のあんたになにがわかるの!ずっと一緒にいたからこそ戦えないの、戦いたくないの。」


 エマの身体は震え、まるで言いたいことを言わないように押し殺しているようだ。ミアは目を瞑り、ゆっくりと首を横に振る。

 

「ルイはそんなこと望んでないよ」

「わかってる!わかってるに決まってるでしょ。」


 両拳をぎゅっと握り、行き場のない怒りを吐き出す。


 ルイとケイがエマたちに追いつくと、

 

 「エマをあんな顔にした君を僕は許しません!」


 とリリーがルイに対して剣を振り下ろす。ルイは腰を落とし中下段の構えからリリーの攻撃を弾いた。リリーの一太刀はルイに届かない。ミアがルイに加勢しに行こうとすると、エマがミアに横から切りかかった。ラズはケイに流れるような連撃を放ったが、ケイは焦りながらも避けることなく攻撃を受け止める。エマが居合の構えから一撃を放つと、ミアは体を空中で回転させ、その勢いのままエマに蹴りを入れた。クッと息を漏らし顔への蹴りを腕でガードするが、勢いに負け膝をついた。エマがパッと見上げると、ミアの剣先が喉元に置かれていた。そのことで一瞬気を取られたリリーはルイに剣を弾き飛ばされる。ラズはケイの背後を取り、足をかけ前方に押し倒すと、首元に剣を沿わせた。

 激しい戦いが終わり、森は静まり返っていた。だが、折れた枝や踏み固められた草の中に、戦いの痕跡が残されている。鳥たちのさえずりが、かすかに聞こえ始め、木々の間をそっと吹く風が、葉を揺らしている。


 

「二対一か。降参だ。」


 ラズは両手を上にあげ、吐息まじりに言った。エマは地面にペタンと座り、地を握りしめた。ミアは元気のないふてくされたような声で

 

「私たちの負けよ。これ持っていきなさい。」


 とギリッと歯ぎしりをし、バッチを差し出した。まるですべてを投げ出すかのように。

 

「エマ・・・」


 

 時折吹いていた風は止み、森が静寂に包まれた。ルイは下唇を噛みしめるエマをただ茫然と眺めることしかできなかった。ルイが一歩ミアに駆け寄ろうとすると、森の奥から静寂を破るようにパチパチと場にそぐわない乾いた拍手が近づいてくる。

 

「いいねぇ。若いねぇ。」

 

 全員が目線を音の鳴る方に向けると、大きな斧を背負った隻眼の男が現れた。筋骨隆々の身体や鋭い四白眼の顔には大きな古傷があり、戦士という言葉が似合う風格だ。

 

「見させてもらったよ。いい動きしてる。俺はサイモンって者だ。よろしくな。」

 

 粗野な図太くしゃがれた声は威圧感を増す。サイモンはルイ、ミア、ラズを撫でるように指を刺す。

 

「お前たちだ。お前たちがいいな。今からおれと遊ぼうぜ。」


 と浮かれた声を上げる。

 突然のことで頭がうまく回ってないルイは戸惑いが隠せない。

 

「あの・・・僕たちは今試験中で。」


 とうろたえた声で問いかけると、

 

「知ってるよ。ずっと見てたからね。」

 

 サイモンは口角をニヤッと上げた。

 サイモンの後ろから赤いバンダナ男と青いバンダナ男が闇からゆっくりと姿を表す。

 

「ルイ。こいつらから血の匂いがする。」


 ミアが他に聞こえないように口を手で覆い、小声でささやく。

 サイモンがアッと呟くと懐からなにかを取り出して、ルイたちの前に無造作に投げた。

 

「そうだ。遊んでくれたらこれやるよ。おれたちいらねーもん。」


 そこには志願者パーティしか持っていないバッチの入った箱が5箱転がっていた。

 沈黙を保っていた森に風があたり木々が揺れ始める。

 

「なんだよ。やる気ない感じか?仕方ねぇな。」

 

 サイモンは背負っていた大斧を軽々片手で持ち、森に向かって水平に振った。すると、大きな音と共に木々は地面に伏し、サイモンは切り株の上にだるそうに座った。

 

「ひとまず、おれはここで見物させてもらおう。おい。やれ。」

 

「全員臨戦態勢!」


 バンダナの男たちが剣を抜く前に、ラズが大声を張り上げた。ルイ、ミア、ケイは反射的に剣の構えを取っていた。

 

「おい。お前はひとまず大将を守れ。俺はあいつらに手を貸す。」


 ラズは意気消沈のエマを武器が手元にないリリーに守るように指示を出す。リリーはエマの肩に手を回し、二人は後ろに後退した。

 

「さぁて。お手並み拝見といきますか。」


 足を組み頬杖をついてるサイモン。戦況はルイとミアvs赤いバンダナ男、ケイとラズvs青いバンダナ男である。

 

 ダッと地面を蹴る音がし、ミアが喉元に突きを繰り出す。男はその突きを下から弾こうとする。それを予測してルイはミアの背後からスッと横に出て、男の死角から剣を切り上げた。男は寸前のところで横に回避する。男がルイに向かって水平に切り込むと、鋭い金属音が森に響く。ルイは相手の水平切りを剣でガードした。金属がこすり合う音が聞こえる。次の瞬間、ルイの頭上から男をめがけ、ミアが「ここだ!」という叫びと共に剣を振り下ろす。男は再び回避をしようとするが、ミアの剣速に負け、肩をかすめる。「ぐぅっ」と男が呻くと、ルイがすかさず、追撃で顔に蹴りをいれる。男は一旦安全な間合いまで下がるが、余裕だった顔は少し歪んでいた。


 

「おぉ。やっぱりあの二人は年の割にいい動きだ。」

 

 サイモンは額に手を当て、二人とはいえ大人を追い込んでいるルイとミアに感心しているように眺めていた。

 

「こっちの二人もなかなか・・・」

 

 青いバンダナ男と戦っているケイとラズは、縦列に並び、ケイが相手の攻撃を受け止め、ラズがその隙に攻撃を繰り出す。男は終始戦いずらそうにしていた。

 

ーよし。このまま押し切れるー

 

 ルイが剣をぎゅっと握りこみ、バンダナ男に切りかかろうとすると、目の前をなにかがルイのほほをかすめた。「ルイ!危ない!」ミアの叫びと共にルイの身体に痛みが走る。痛みの方向に目を向けるとサイモンが座りながらルイめがけて石を投げていた。

 

「暇すぎる。ミニゲームだと思いな。」

 

 善戦していたが、サイモンの妨害により4人はうまく立ち回れない。ルイが強引に攻撃しようとしたとき、石が頭に当たり、「がはっ」と声を漏らし、体勢が崩れる。バンダナ男は「うぉぉ!」と唸り声を上げ、ルイに切りかかると、「ぐぁっ」と声を上げた。

 

「サイモンさん!おれにも当たってますって!」

「バカ野郎!そんなん避けるんだよ!訓練訓練」

 

 サイモンはヒラヒラと手を振り、終始楽しそうである。バンダナ男たちの息は整っているのに、対し防戦一方の4人は息が上がっている。

 

 ーこれじゃラチがあかない。ー

 

「おい!全員固まれ!」


 ラズの掛け声で、4人が集まる。3人のすぐ後ろにいるラズが小声で策を伝える。ラズが鞄からなにかを取り出し地面にたたきつけると、あたりが煙で覆われた。バンダナ男たちの視線が素早く動く。「上だ!」と赤いバンダナ男が叫ぶと、上空に2つ人影が見えた。


 「甘いな!」


 という雄たけびと共に、二つの人影に剣が突き刺さる。男たちが勝利を確信したのが束の間、ケイとラズが捕縛用ロープでバンダナ男たちを一瞬のうちに胴体を縛り上げた。捕縛用ロープはモンスターを捕獲するときに使用するロープなので、通常人間に使用することはない。一度縛られると自力でほどくのは不可能である。

 

 「くっそ。小癪な真似しやがる。ほどきやがれ!ガキども!」


 罵声を浴びせるが、彼らは芋虫のように地面でもがいている。

 

「形勢逆転。ガキだからって舐めてっと痛い目みるぜ。おっさん。」


 ラズの機転により、誰一人大きなケガを負わず、戦いに勝利した。

 

「さて、次はそこのおっさんの番か。どうする。こいつら連れて帰るってんならこれ以上はなにもしないぜ。」

 ー頼む。これで終わってくれ。ー

 

「やられたな!お前ら!」


 サイモンは思わず顔に手を当て、森に響く様な大きな笑い声をあげた。ひとしきり笑った後、サイモンの指の隙間から鋭い視線が4人に突き刺さる。

 

「でもな・・・命のやり取りで油断は禁物だぞ。小僧ども。」

 

 青いバンダナ男が足を高く上げる。何かが悪い予感がするラズからはそれがスローモーションのように映った。

 

 「やべぇ!離れろ!」

 

 青いバンダナ男が足を地面にたたきつけると、大地を揺るがすような爆発が起きた。ラズのみ爆心地の近くにいたため、直撃は避けたが、ダメージを負った。土煙が晴れると、バンダナ男たち縛っていたロープがほどけていた。

 

「あぁぁぁぁ!やっぱこれプロテクターあってもめちゃくちゃいてぇ!!」

「サイモンさん!もう終わらせちゃっていいですよね?」

 「好きにしろ~」

 

 バンダナ男たちはラズの奇策が癪に障ったのかラズとケイを必要に狙った。

 

「させるか。」


 とルイとミアが助太刀に行こうとするが、サイモンの投石による妨害で近づけない。ケイとラズは大人二人の圧に耐えられず、徐々に弱っていく。殴りや蹴りで二人は地に倒れこんだ。

「はぁ。はぁ。手間取らせやって!」


 バンダナ男たちは必要以上に感情が高まり、息の上がっている。

 

「くだばれ!ガキども!」

 

 ケイとラズに対して、剣を振り下ろす。その時、地に緑色の閃光が覆うとバンダナ男たちが地に倒れこんだ。

 

 「おいおい!そこのお前。なにをした?」

 

 サイモンは衝撃の光景に思わず立ち上がり笑みを浮かべるも、すぐに眉間に皺をよせ、苦しそうなルイにナイフのような鋭いをぶつける。


「ぐぅぅ。はぁはぁ。」


 ルイは四つん這いに伏せ、上がり切った呼吸は高い音がしていた。顔は青黒くなり苦しそうに咳き込み、胸を押さえている。

 

「ルイ。大丈夫!?」

 ーこれは、あの時と同じー 


 ミアはルイに駆け寄った。

 ルイは吐けない息を吐き、吸えない空気を必死に肺に取り込んだ。

 

 ー危なかった。あのままだったら二人は・・・ー

 

 ルイは、先ほどの光景を思い出していた。バンダナ男たちの刃先がケイとラズに向かう時、ルイの心の奥から激流のような何かがこみ上げた。その瞬間、緑色の光が地面を覆うと、バンダナ男たちの動きが時間が止まったかのようにスローモーションに見えた。ルイはバンダナ男たちの鳩尾や頸椎に拳や蹴りを浴びせるとラズとケイを抱えて動こうとした。その時、世界は再び動き出した。その後、強化バグベアを倒した時と同様に、急な疲労感や酸欠が襲ってきたのだ。

 サイモンは表面上は冷静を装っていたが、その瞳は期待で満ちていた。まるで新しい冒険に対する興奮を隠しきれないように。

 

「おい!そこのお前。もう一回それやってみろ。」


 とサイモンが大斧をルイに向け挑発するが、ルイは四つん這いの状態から起き上がれない。

 

「んだよ。つまんねぇガキだな。おい!そこの獣人。そのガキどかせ。邪魔だ。」

 

ミアとサイモンの鋭い視線がぶつかる。ミアは虚ろな表情のルイに肩をかし、エマとリリーのもとへ連れて行った。

 

今まで生気が抜けていたエマは苦しそうなルイを見て、我に返った。

 

「ルイ!ルイ!しっかりして!」


 ルイの背中をさすり、必死に看病をする。リリーはそんなエマを満足そうに見つめていた。

 

「エマ。僕も戦いに参加するね。ここで見てて。」 

 

 リリーはルイの剣を借り、キッとサイモンを睨みつけ、立ち上がった。

 

「あなた。そんな顔してて戦えるの?」


 ミアは横目でリリーが寂しそうな顔をしているのを見つけた。

 

「うるさいよ。今はそんなこと言ってる場合じゃないの。守らないと。」


 

「じゃあいくぞ。」

 「ぐぅっ」


 とミアはうめき声を漏すと後ろに吹き飛んだ。サイモンがミアに突進してきて大斧を振り下ろした。対するミアは斧を弾こうとしたが剣が無残にも折れてしまった。サイモンは振り下ろした勢いを利用して、柄をミアの鳩尾に突き刺し、後ろ回し蹴りを食らってしまった。サイモンはニヤッと笑い、無言で手を相手を招きいれるようなジェスチャーでリリーを挑発した。リリーは甲高い雄たけびを上げ、サイモンに剣を振り下ろした。リリーが放った一撃は地面を大きくえぐった。


「おぉ!お前小さい割にパワーあるじゃん。」

 とサイモンは嬉しそうに語った。しばらくリリーの攻撃を確認するようにいなし続ける。リリーがサイモンに突進し、剣を大きく振りかぶり振り下ろすと、ガキンっという金属がぶつかり合う音が響き渡る。サイモンはリリーの渾身の一撃に対して、下から斧を振り上げた。両者のパワーは互角に見えるが、リリーは歯をギリッと噛みしめているのに対し、サイモンはまだ余力のある表情だ。


 サイモンは「おらぁぁ!」と声を張ると、リリーはグッという声を漏らし大きくのけぞった。サイモンがリリーに水平切りを食らわそうと斧を大きく溜めていると、横から大きな衝撃がサイモンを襲う。ミアは折れた剣を捨て、顔を歪ませながら飛び蹴りを浴びせたのだ。ミアの渾身蹴りは確実にサイモンの顔面をとらえたが、サイモンの体勢は崩れない。ミアの足を強靭な握力が襲う。ミアはさらに顔を歪めると、凄い勢いで投げ飛ばされた。ミアはルイとエマの近くの大木に体を叩きつけられた。リリーはその一連の動きを目で追ってしまった。サイモンはすでにリリーの懐近くまできており、鳩尾に拳を叩き込んだ。身体がくの字に折れ曲がるリリーを蹴り飛ばした。

 

「ミア・・・もう無理しないで・・・」


 ルイが心配の声を漏らすが、ミアはふらふらと立ち上がる。もう立っていることも大変そうだ。


「おい。小僧。だれか殺せばあの力だせるか?」


 サイモンが不敵な笑みを浮かべると、韋駄天の走りでミアに接近し、斧を振り下ろそうとする。

斧がミアの命を狩ろうとしている。


ーなんで。発動しないんだ!-

 

 ルイの能力は発動しなかった。ルイはミアを助けるために必死に手を伸ばすが時間も距離も足りない。ドン!という音が森に響く。

ルイのにじむ視線の先には、サイモンの渾身の一撃を受け止めたケイがいた。ケイはきしむ身体を必死に耐えているが、やがて吹き飛ばされてしまった。

 

「おぉ。一瞬受け止められたか。お前才能あるぜ。」

 

 自身の一撃を受け止めたケイに本音をこぼした。ミアは立っていることをしんどくなり、片膝をついた。横を見ると、ケイはうつぶせに倒れこんでいる。

 

「ミア。昨日はごめんね。おれずっと謝りたかったんだけど、怖くて謝れなくて。早く逃げて・・・」

 

 目には涙を浮かべ、最後の一言を言い残すと気を失ってしまった。戦える人はすべて疲労困憊という最悪な状況である。ミアは戦況を変えるために、必死に頭を回転させるが、なにも思いつかない。すると、誰かが横を通り過ぎた。

 

「ミア。あなたは後ろでルイをお願い。」

「エマ・・・君だけでも逃げて・・・」


 ルイが手を伸ばしエマを引き戻そうとするが、エマはただ首を振るだけだった。

 

「だぁぁぁ!」


 と耳に届きやすいハリのある声を発し、サイモンに戦いを挑んだ。エマは自分がもつ剣技をすべてぶつけた。剣を振り下ろし、切り上げ、フェイントも混ぜながら攻撃するも、サイモンはすべて回避した。ルイは体を動かせず、ただ見ていることしかできなかった。ミアは今の自分が参戦しても足手まといになるという歯がゆい気持ちに拳を握った。ふと目を前方にやると

 

「あんな剣さっきまであったっけ?」


 と試験用ではない剣。輝く潤朱色の大きな石が鍔に埋め込まれた剣を見つけた。次の瞬間、激しく剣がぶつかり合う音が聞こえた。

 

「剣の技術はなかなかだ。いい師匠がいるんだろう。だが・・・」

 

 サイモンがエマの剣を弾き飛ばす。エマはアッと小さく声を漏らす。死を覚悟した。

 

「剣が綺麗すぎる。お前に剣は向いていない。じゃあな。」

 

「だめぇぇぇぇぇぇ!」


 ミアは心から叫び、前方に落ちている剣を強く握った。


 

「ここは・・・」

 

 音も光もなにもかもがない空間。ミアの周りだけがぼんやりと白い光が覆っていた。

 

「おい。娘。こっちだ。」


 どこか艶っぽい低い声の旋律が後ろから聞こえる。ミアは後ろを振り返ると、ギョッとした表情に変わる。

 

「うわぁぁぁぁぁ!モンスター!」


 一振りで命を狩れそうな凶暴な爪、ひとたび目を合わせれば身体が固まって動けなくなりそうな蘇飛色の猛獣の瞳を持つ猫のような大型モンスターがミアを見下ろしていた。二本足で立つ佇まいは、この世のものとは思えない威圧感を与える。

 

「モンスターか。わらわをそんな下等生物と一括りにするな。無礼な娘だ。」


 目に光が宿り、どこか温かみのある声色にミアは呆然としていた。

 

「モンスターが喋ってる・・・」

 

「ふむ。事は急ぎのようじゃ。簡潔に聞こう。なぜお主は人間と獣人を仲良くさせたいのだ?」


 モンスターは腕を組み、ほほに手を沿わせながら問うた。ミアは軽く首を振り、胸に手を当ててその問いに答える。

 

「仲良くさせたいんじゃない。手を取り合って生きていける世の中にしたいの。」

 

「手を取り合える世の中ねぇ。これでもか?」


 ミアの頭の中に獣人が人間を、人間が獣人を虐殺する光景が流れ込む。見たくない光景に頭を押さえ、歯をギリッと噛みしめる。

 

「酷いものじゃ。人間も獣人も分かり合えない。そう考えて別々で暮らした方がよいではないか。」


 ほほに沿わせていた手をほほから離し、ゆったりと説得力のある論調で答えた。

 

「違うよ。」


 ミアのハリのある声が空間にこだまする。

 

「分かり合えないって決めつけるのは簡単だよ。でもアタシは信じたいの。人というものを。」

 

「なぜじゃ?お主だって辛い思いをしてきただろう。」

 

「きっとね。みんな知らないだけなんだよ。知らないから怖いの。だからきちんとお互いを知ることさえできれば、手を取り合えるって思うんだ。人間も獣人も同じ人だもん。それにね・・・」


 ミアの胸の奥が燃えるように熱くなる。その時、心で感じた言葉が素直に口からこぼれる。

 

「誰が信じようが信じまいかは関係ない。アタシは人を信じるって決めたアタシを誰よりも信じてる。」

 

 ミアの目には決意の光が宿り、自信に満ちた表情で答えた。黄金色に輝く瞳はどんな困難も乗り越えられるという確信を感じさせる。

 

「いってくれるのぉ・・・。その決意忘れるでないぞ。」


 モンスターは目を細め、その声はなにかを懐かしんでいるようだ。

 

「ところであの小娘エマといったな。お主がルイとやらの隣におるのが相当気に入らないらしいぞ。」

 

「えぇぇぇ。だってルイの隣はアタシなんだけどな。」


 一瞬目が点になり毒気を抜かれた表情をすると、腕を組み、目を瞑って考えを巡らせる。

 

「うーん。そしたらエマさんと友達になって勝負して決めよう!ライバルだ!」


 ミアは名案を思い付いたように指をピンと立てた。

「わっはっはっは!青いのぉ!わらわは行く末を楽しみにしておこう。」


 身体をのけぞらせ、雷鳴のような大きな声高々に笑い呆けた。

 

「ひとまず、このままだとあの娘は死ぬ。」

 「エ"ッ"!急がないと!」


 と口をあんぐりと開けた。少しの間、ミアとモンスターは目を合わせた後、

「わらわを楽しませてくれた礼だ。お主に力をかそう。わらわの名を唱えよ。名は・・・」

 

 「テルメオ」

 

 

 ミアがモンスターの名前を唱えた瞬間、突如、ミアを中心に竜巻のような突風が発生。全員顔を手や腕で隠す。次第にあたりが橙色に染まっていく。よく見ると橙色の輝かしい光がミアを覆っている。

 その輝かしい光が巻き上げられた砂やチリに反射し、あたりを橙色に染めていたのだ。パッと風が止むと、ミアの身体が橙色の柔らかな光をまとっていた。その姿はオレンジ色の熱気をまとった太陽のようだった。暖色系グラデーションのかかった片刃の剣が両手に握られていた。


「おいおいおい!なんじゃそりゃ!いいぞ。いいぞ!楽しもうぜ!」


 サイモンは興奮している様子だが、ミアはいたって冷静な表情である。サイモンの視界からミアが消える。サイモンの目の前にいたエマをルイのところまで運んでいた。呆然とした表情をしているエマに優しく微笑みを見せ、

 

「エマさん。アタシあなたの気持ち考えれてなかった。ごめんね。」

「守ってくれてありがとう。少し休んでて。」


 ミアはサイモンを睨みつける。

 

「アタシの友達を傷つける人は許さない。」


 

 ミアは疾風のごとく、一瞬にしてサイモンの懐に潜り込み、そのまま溝に蹴りを入れる。グフッとサイモンは息を漏らすが、力任せに斧を横に振る。サイモンはミアを見失ったが、斧を持つ手に違和感があるためそっちを向くと、ミアが斧刃の上に微動だにせず立っていた。ミアはハァッと短い息を吐き、顔面に強い蹴りをいれる。次の瞬間、サイモンの巨体がピンポン玉を弾いたように軽く、そして大きく吹き飛んだ。衝突した際、木々は折れ、あたりに砂埃が舞う。

 

「すごい。圧倒してる。」


 ルイはいままで見たことのない動きに目を奪われていた。それは幼い子がヒーローを見ているかのような輝く目だった。

 

「だぁぁぁぁ!嬉しいぞ!猛烈にうれしいぞ!」


 とサイモンは興奮して喚声を上げる。倒れた木々を蹴り飛ばし、首をコキ、コキと鳴らしている。

 

「これはどうだ!」


 とサイモンが叫びながら突進してくる。勢いのついた強い一撃をミアは踊るように交わし、片方の剣を振りぬいた。それでも止まらぬサイモンは連撃を浴びせるも、交わされては一太刀入れられる。それを繰り返すだけだった。サイモンは息も上がり、身体はミアの攻撃で傷だらけになっていた。


 「これならどうだぁぁぁ!」


 とサイモンは地を強く蹴り、高く舞い上がった。落下の力を利用し、ミアに向けて雷撃のような渾身の一撃を食らわそうとする。ミアはその攻撃をよけなかった。両手の剣を合わせ、サイモンの一撃を受け止めた。まるで爆発音のような大地を揺るがすような音が鳴った後、凄まじい突風が吹き荒れる。渾身の一撃を受け止められたサイモンは呆気にとられ、動きが止まった。


 次の瞬間、ミアは美しい一連の舞のような剣技を見せる。「迅牙乱舞」と呟き、華麗な足さばきと両手の剣でサイモンの身体に連撃を加える。攻撃を当てていくたびにサイモンに大きな傷をつけていく。


 「ぐぁぁぁぁぁ!」


 という割れ金のような悲鳴を上げ、サイモンはうつ伏せに地に倒れた。

 

「安心して。そんな深く切ってないから。治療すれば動けるようはなるわ。」


 と静かな声で言い残すと体にまとう橙色の光が徐々に消えていく。

 アッとか細い声を上げ、膝をつき倒れそうになる。

 

「ミア!あなた大丈夫?」


 地面に倒れこみそうになるミアを眉をひそめたエマが抱きかかえた。

 

「うん。ちょっと・・・」


 視線が虚ろになり、必死に肺に空気を送り込む。しばらく休んでいるとミアの顔色はよくなった。

 

「ありがとう。ミア。また助けられちゃったね。おかげで僕たち全員無事だよ。」


 ルイの温かい声を聞いて周りを確認すると、全員無事であったことに胸をホッと撫で下ろす。

 

「ちゃんと・・・見ててくれた?」


 ミアが微笑みながら問いかけるとルイは笑顔で


 「うん!かっこよかった!」


 と声を張り答えた。朗らかな二人の横でエマは肩を落とし、しょぼくれた表情をしている。ミアは何かに気付いたようにアッと小さく声を漏らした。エマの肩から手をほどき、あたりを歩き何かを探し回っている。目的のものを見つけたらしく、ルイとエマのもとに戻ってきた。

 

「はいこれ!これでエマさんたちも試験突破できるね。」


 ミアの手に持っていたのは、サイモンが他の志願者パーティから奪っていたバッチだった。

 

「いや。でもこれは・・・」


 エマの声が震える。エマは汚い手を使い、ルイたちのパーティからバッチを奪い取った挙句戦いに敗れたのだ。エマの表情は曇り、身体が重く感じる。

 

「エマ。受け取ってあげて。」


 ルイはエマの葛藤に気付き、優しく温かい声をかけた。

 

「ありがとう。私のことはエマでいいわ!」


 目を瞑り、心に染みわたる優しさを感じた後、エマは無理やり声を張った。

 

「あなたに自覚あるかわからないけど、私は絶対あなたに負けないから。」


 ずっと下を向いていた目は、真っすぐにミアを見つめていた。

 

「アタシだって負けないよ!ライバルだ!よろしくね。エマ」

 

 二人は握手を交わし、互いの目を見つめ合った。ルイはそんな二人を見て晴れやかな気持ちになった。

 各パーティの応急処置が終わり、

 

「じゃあそろそろゴールに向かおうか・・・」


 とルイが弾んだ声を出したその時。

 人間が2人、ルイたちの前に投げ込まれた。

 

「え・・・。レオ・・・?」

ルイたちは見事敵を破ったが、避けられない運命が彼らを再び追い詰める。絶望、そして恐怖は静かに彼らの希望を飲み込んでいった。





 

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