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4話 1章-3① 2次試験開幕前~隣にいてほしい~

  朱に染まる空は、志願者たちに一日の終わりを告げる。志願者は壇上に立ったハンナを見上げる。

 

 「諸君!今日の試験お疲れ様。全員生きて帰ってきたことを誇りに思う。」


 声を張り志願者たちを称えた。しかし、試験に落ちた志願者の何人かはうつむき、拳を握りしめている。その肩は微かに震え、風に吹かれる葉のように、彼らの心の中の激しい感情を表していた。

 

 「一次試験を突破できなかったものもいるだろう。まずは君たちに伝えるべきことがある」

「折れた剣は大切に、新しい剣を持て。」

「今日の挫折は大切な財産だ。明日、未来への糧となる。偉大なハンターも負けて倒れることもある。ただ、そこから立ち上がるのが本当のハンターだ。目に映す光を途絶えさせるな。今、この瞬間から君たちの物語は新たに始まる。」

 

 ハンターは引退しようが死ぬまでハンターである。それは職業ではなく心のあり方だ。若いうちの挫折は助走みたいなもの。ハンナの言葉に落第者だけでなく、合格者たちの気も引き締まった。

 

「それでは、今から二次試験の説明を始めます。試験を突破した人のみ残ってください」


 ルイが周りを見渡すと、100人ほどいた志願者が30人ほどに減っていた。


「それでは二次試験の内容を詳しく説明します。」


 

二次試験の内容は以下である。

3人パーティによる指定物の争奪、護衛試験。

各パーティにバッチが一つ入った木箱を渡す。設定したゴールにバッチを二つ持ってくれば試験クリアとする。


 

「ねぇ!3人パーティだって!私たちが組めば怖いものなしじゃん!」

 

 エマはピョンピョンと軽やかに跳ねている。綺麗な茶色の髪の毛が華麗に乱れる。

 

「なお、今回のパーティはくじを引いて決定する」

 

 次の瞬間、エマの膝はガクッと折れ、その場に四つん這いに崩れ落ちた。

 

「今からパーティ分けのくじを引いてもらうがなにか質問はあるか?」

「パティ出身のロイと申します!試験監督!質問よろしいでしょうか?」

 

 手を挙げたのは、黒髪短髪の眼鏡をかけた真面目そうな少年であった。年の割に太い声で、腕を耳にあて真っすぐ手を挙げている。

 

「はい。どうぞ?」

「他のパーティからバッチを奪う時、志願者同士の戦闘になると思われます。それはよいのでしょうか?」

「今回の試験はバッチを二つ揃えて、ゴールに到達しろ。というだけです。」


 ハンナは淡々と感情を込めずに答えた。

 

「そのため、話し合いだろうが戦闘だろうか。奪い方は自由です。相手を殺してでもね・・・」

 

 夕焼けでできた影がゆっくりと時間をかけて伸びている。周りの空気がざわざわと揺れ動き、不安の波があたりに伝播する。

 

「一次試験のように森に監視員がいることもありません。そのため、例年死亡者もでています。」

 

「でも。それは味方通しで殺しあうということでしょうか。ハンター同士の殺し合いはご法度なはずでは!?」


 ロイの手の動きが激しくなり、視線がさまよう。

 

「同じハンターというだけでこちらの命を狙ってこないとは限らないわ。依頼を達成することに注力しなさい。」

 

 ハンナは腕を組み、目をつむっている。なにか表に出せない鬱憤を隠すように。

 

「ですが・・・」


 ロイの息が詰まり焦燥感が溢れる。ハンターは依頼のために人を殺めることもある。時に依頼達成に対する合理性が必要なのだ。

 

「何も殺して奪えとは言っていないわ。」


 その一言だけは、表情を緩めた。

 

「一つ禁止事項があります!降参したパーティに必要以上に手を挙げることは禁止です。各パーティにシグナルガンを一つ渡します。降参の場合、上に向けて発砲してください。」

「依頼を達成することも大事です。しかし、ハンターとはなにか。なにをすべきか。自身の心に従って試験に臨んでください」


 

 二次試験はパーティ連携が重要になる。そのため、くじ運が合格を大きく左右するといっても過言ではない。

 

「それでは、パーティのくじ引きを始めます。引いた人から指定の場所に整列してください。」

 

 志願者たちが箱に入ったくじを引いていく。棒の先端に色がついており、それによってパーティを分けていく仕組みだ。レオ、エマ、ルイもくじを引くために整列をしている。

 

 「もうー!三人でパーティ組めると思ったのにー!」

 

 エマは地団駄を踏みながら怒っていた。ハンターは協会の命令で即席パーティを組むことがあり、二次試験はその対応力の確認も兼ねている。

 

「しょうがないねぇ。」

 

 ルイがエマをなだめていると、レオが振り向き、

 

「おい。ルイ。もし俺と戦うことになったらどうする?」

「んー・・・そうだなぁ」

「全力で勝ちにいくかな」


ルイは躊躇うことなく答えた。

レオの口角がクイッと上がり、

 

 「だよなぁ!俺も全力で叩き潰すぜ」手のひらを拳でパチンとならす。

 

「エマ。お前も約束しろ。もし俺たちの誰かと鉢合わせても手を抜くな」

「も、もちろんよ!渾身の力で叩き潰してやるわ!」

 

 エマは力こぶを見せ、腕をくるくると回した。

 

 「それでいい」


 レオは前を向いた。三人は幼なじみであり、同じハンターを目指すライバルでもある。

 しばらく待っていると、レオがくじを引く番が回ってきた。回りの志願者は一次試験を二位で通過したレオに注目している。

 

「赤色・・・」


 赤色の列はすでに二人並んでいるため、レオのパーティは決まってしまった。

 

「いってくるね」

 

 エマは少し不安な表情でくじを引いた。色は桃色で、その列にまだだれもいなかった。

 

 ーレオとエマは別々のチームかー

 

 ルイの順番が回ってきた。ルイがくじに手を伸ばすとき、

 

 ー神様お願い。ルイと同じチームにー 

 

 エマは目をつむり、胸の前で祈るように手を組んでいた。

 しかし、神様への願いは届かなかった。ルイは白色だった。エマは小さく背中を丸め、どんよりとしたオーラを漂わせている。

 

 

 ルイが白色の列に向かうと白いハンターコートでフードを被っている子がすでに並んでいた。

 

「ミア!同じパーティだね。よろしく!」

「あっ!うん。よろしく。頑張ろうね!」

 

 エマがフードを取ろうとした件について謝罪をすると、ミアは気にしていないとのことだった。ルイのパーティにはさらさらの黒髪のケイという少年が加わった。ケイはまだ幼さの残るあどけない顔をしており、身体の線も細い。頭に1本大きなアホ毛があるのが特徴だ。

 ルイのようにパーティメンバーに喜ぶもの、エマのようにパーティメンバーに戸惑うもの、レオのように一言も発しないもの。いずれにしろ二次試験を共に戦う運命共同体は確定した。

 

 「それでは本日はこれで解散とする!二日後再びここに集合すること!では解散!」


 

志願者たちがぞろぞろと帰る中、ルイのパーティも軽く話した後、解散することにした。

 

「二人とも二次試験よろしく。絶対突破しようね」

 「じゃあまた二日後に!」


と言ってルイが帰ろうとすると隣にいたミアが口を開く。

 

「あの・・・作戦会議とかは!どうかなーなんて・・・」

「あっ!いや。どうかなって思っただけだから。」

 

 二人からじぃーっと見られているミアは恥ずかしそうに慌てて手を振った。

 

「ミア!ものすごいいい案だね!僕も二人のこともっと知りたいし。ケイはどうかな?」

「あっ。うん。そうだね。作戦会議は大事だね」


ケイも嬉しそうにコクコクと頷いていた。

 

「じゃあ明日のお昼ぐらいは?集合場所は広場の噴水前はどう?」

「あのっ。提案して何なんだけど・・・アタシちょっと人込みは苦手で・・・」

 

胸の前で指をツンツンしている。モンスターと戦う時はあんなに堂々としていたのに、意外だなとルイは思った。

 

「わかった。じゃあハンター協会の前にある時計台はどう?そこならそんなに人も多くないし」

 

 三人は明日再び集まることにし、その場は解散した。


 

「お待たせー!遅れてごめん!」

 キャンプの出口にはレオとエマが待っている。

 真っ赤だった夕日が徐々に落ちた黄昏。遠くの空に夕暮れの朱色が燃え残っている。ルイたちは村へと帰る道で今日の試験を思い出していた。

 

「ルイ。バグベア強かったか?」

 

 レオは頭に手を回し歩きながら呟く。

 

「うん。正直1人じゃ倒せなかった。何回も危ない時あったし」


 無機質なタイルの上をザッザッと足音を鳴らし歩く。

 レオは森で戦ったあの少年のことを思い出していた。同年代では自分が一番強いと思っていた。特に力では絶対的な自信を持っていたが吹き飛ばされた。

 

 ー俺はまだ負けてねぇー 

 2人はそれぞれ沈思黙考のまま、歩みを続けた。

 

「もっと強くならねぇと」

 

 手を伸ばし、空に輝く星をギュッと握るレオ。

いつまでも上を見続け、成長に向かう二人をみて嬉しくなったエマであった。

 

 

 村に着くと大人たちが三人を出迎え、安否と試験合格を祝っている。その後、三人はいつも訓練をしてくれるハンナの叔父、カルマの所に向かった。カルマは年季の入った椅子に深く腰を掛けている。切れ長で鋭い目と手入れをされた長いひげ、長い白髪を後ろで結い、老体とは思えない肉体。達人という言葉が似合う風貌である。訓練は厳しいが、温かく優しい祖父のような人だ。

 

「その表情を見るに、三人とも一次試験は無事に突破したようじゃな。おめでとう。」

「この中で俺が一番最初に試験突破してやったぜ!」


 胸を張り自信満々に答えるレオ。

 

「それはよかった。ふむ。なにか心ここにあらずという感じじゃな。」

「なんでもねぇよ」


 ぷいっとそっぽを向いた。カルマは顎を手に沿わせ何か思うことはあるようだが、これ以上聞かないようにした。

 

「エマはなんなくクリアできたようで安心したわい。」

「まぁ正直あの程度のモンスター倒せない方がおかしいわ」


 エマは手で髪をなびかせ、鼻高々に答えた。

 

「うむ。でもその油断は命取りになることもある。以後気をつけなさい。」

 

「最後にルイだが。随分じゃれあったようだな。楽しかったか?」

「楽しかったのかな。でも一人では勝てなかった。もっと僕に力があれば・・・」

「まだできないことも多い。だが、日々の積み重ねがやがて力となる。おそらく数年後には一人で倒せるようになるだろう。忘れてはいけない大切なこともあるがな。」


 カルマはルイを諭すようにそう伝えた。まるで過去の自分に問いかけるように。

 

「疲れもあるだろう。今日はこのあたりにしよう。儂も今日はゆっくり眠れそうじゃわい!」


 目尻は下がり、三人の合格を本当にうれしく感じている。

 

「カルマ。最後にちょっとだけいい?」


 カルマに相談すべきことを思い出した。

 

「ふむ。ではルイだけ残りなさい。」


 レオとエマも少し聞きたそうであるが、何か察した二人はそれぞれ家へと帰っていった。

 ルイは強化バグベアとの戦いで時間が止まったような体験の話した。カルマは話の内容に一瞬面を食らった後、思索にふけていた。

 

「うーむ。ルイはその時どの武器を使っていた?」

「使っていた武器は試験会場で配られた剣だよ」

「わからん。そんなことがありえるのか・・・。なにか体に異常はなかったか?」


 目が鋭くなり、ルイを真っ直ぐ見つめる。

 

「少しの間、呼吸ができなくなったり、頭痛とか・・・筋肉が切れそうな痛みがあったよ。」

 

 カルマは何かを確かめるように本をめくっていたが、深く息は吐くと本をパタンと閉じ、再び椅子に深く座りなおした。

 

「ルイ。ひとまず、その力が出たときはなるべく使わずにいなさい。」


 思い当たる節があるが、明確な答えにはたどり着かない。ルイはカルマでも知らないことがあるのを不思議に思ったが、普段とは違うカルマを見て納得した。

 

「わかったよ。使わないようにするね!」

 

 そう言い残すとルイは自宅へと帰っていった。カルマは再び深い思索にふけていたが、ゆっくりと立ち上がり、窓の外をぼんやり眺めた。スッと机の引き出しを開けるとその中にはモンスターの牙で作られた革紐のネックレスがあった。カルマはそれを悲しそうに、寂しそうに見つめていた。

 

 

 晴れ晴れとした昼下がり。ルイは胸が躍るようなワクワク感抱きながら集合場所に向かっていた。

 

「あれ?ケイ!早いね。」


 ルイは予定よりも早く到着したが、すでに到着していたケイが小さく手を振りながら出迎えた。

 

「う、うん。場所間違っても大丈夫なように1時間前にはいた。」


 ルイとケイはしばらく談笑をしていると、フードを深くかぶったミアが周りをきょろきょろとしている。

 

「ミア!こっちこっち!」

 

 ルイが呼ぶと手でフードを抑えながら、ビュンッと一目散に二人のもとに駆け寄ると、手をピッとあげた。

 

「あの!申し訳ないんだけど、作戦会議の場所。アタシの良くいく店でもいいかな。」

「ミアのおすすめのお店!?いいね。ケイは大丈夫?」


 ルイの声は弾み、ケイは眉尻が上がり、首をコクコクと動かした。

 

「じゃあアタシと一緒に来て」


 

 ミアは顔を見られたくないのか三人は横並びで歩き、路地や細い通りを通った。しばらくすると、風化した看板の古民家風レストランを見つけた。お店の外には手入れの行き届いたガーデニングがある。ここがミアのおすすめのお店らしい。内装は古いが、店内はほこりっぽさを感じさせない。お客は三人だけで店主は椅子に座り本を読んでいる。ルイたちはミアがいつも座っている長椅子にみんなで座ることにした。

 三人はそれぞれ好きな料理を注文した。ルイはハンバーグとパン。ミアはオムライス。ケイはドリアを注文した。ミアはルイとケイがおいしそうに食べているのを安心したように、嬉しそうに眺めていた。食事中はたわいもない会話をし、三人は和やかな時間を過ごした。食べ終わったあと、ジュースを飲みながら作戦会議を始め、前半戦は相手の情報をとれず、うかつに動くのは危険なので後半戦に勝負を仕掛ける作戦に決めた。ミアは食事中、作戦会議中もフードを深くかぶっていたため、表情は見えなかった。二人はわざわざ理由を聞かないようにしていた。

 

「ふぅ。料理もおいしかったし、みんなのこと知れたし楽しかった。ミアありがとう!」

「ありがとうぅ」


 ルイとケイは満足した様子である。

 

「ううん。アタシも楽しかったよ。」

 

 三人は店を出て、どこか目的もなく歩き出した。しばらく歩いていると、ミアの足が止まる。

 

 「ん?ミア?」


 とルイが声をかける。

 

 「あの・・・実はね・・・私」

 

 何か言いたそうだが、喉の奥で言葉が突っかかっている。その時、ケイがアッ!と声を上げる。

 

「まずい・・・母さんに頼まれてた買い物忘れてた!ごめん。ちょっとそこの大通りの露店に行ってくる!」


 ケイは鬼にでも追いかけられているかのように、大通りに走り出した。ルイは焦っているケイを見て、クスクスと笑っている。

 

「ミア。さっきはなにを言おうとしたの?」

「ううん。なんでもない。大したことじゃないから。」


 ミアはせわしなく手を振っている。

 

「そっか。じゃあケイのところにいこうか」


 路地には、二人の足音だけがコツッコツッ・・・と響いた。


 

 大通りにはいろいろな露店があり、夕飯の買い物をする人たちでにぎわっていた。

 

「ケイ。お母さんのおつかいは無事終わった?」

 

 ルイは笑っているが、ミアはうつむき、なにかに怯えているようだった。

 

「うん。これ買ってこないと今日夕飯抜きっていわれてて。危なかったぁ。」


 ホッと息を漏らし、安堵の表情を浮かべている。

 

「じゃあっアタシたちもそろそろいこうか」


 ミアの声にどこか焦燥感が見られる。


 三人が歩き出そうとしたとき「うわっ!」ケイが石畳に躓いてミアのフードを引っ張ってしまった。

 

 

「ん?」ルイが振り返ると初めてミアの顔を見ることができた。真っ赤なルビーのような細い髪。長さは肩につかないぐらいのショートヘアで、無垢で混じりけのない健康的な美しい肌。鼻筋の通った小さめの鼻。口は口角の上がった愛らしい猫のような形。目は猫のように大きく、ガラス玉のような透き通った黄金色の瞳は夜空に輝く星のようにきらめいていた。ルイが頭に目をむけると、猫耳がピョコッっと見えた。


 

「ミア!ミアってすごく・・・」

「うわぁ!獣人がいるぞ!」


 誰かが悲鳴でルイの声はかき消された。大通りにいる人たちの冷ややかな視線がミアに突き刺さる。

 

「獣人・・・?ミア?」


 ミアに目を向けると耳は垂れ、青ざめた顔をしていた。

 ルイの耳に入ってくるのは、なんで獣人がこんなところに、モンスターもどきが、といった冷たい言葉。

 

「ごめんね。早く言わなきゃって思ってたのに、なかなか言えなくて」


 ミアは無理して笑顔を作った。感情を押し殺した悲しい笑顔だ。

 

「なんでモンスターがこんなところにいんだよ」「気持ち悪い!帰れ」


 心無い声がミアを覆っていく。

 

「ちょっと。なんで・・・」


 ルイはこの状況をいまだに掴めていない。

 石やごみがミアに投げつけられる。次の瞬間、ミアに投げつけられたはずに石がルイをめがけて飛んでくる。「危ない!」とミアがルイを庇うと、ミアの手から赤い血がポタッポタっと垂れ、地面を赤く染める。

 

「二人とも。アタシから離れた方がいいよ。気持ち悪いよね。」


 傷ついた手、心を二人に見せないように身体を小さくした。それでも、冷たい非情な声はやまない。ケイがあたふたしているとふと目に入ったルイを見てぎょっとした。

 

「いい加減にしろぉ!!!」

 

 大地を揺るがすような怒号が大通りにこだまする。怒りで目が血走って、怒りで身体のすべてが震える。時計が止まったかのように、あたりは静まり返った。

 

「この子があなたたちに何をしたっていうんだ!いい大人が集団で寄ってたかって女の子に心無い声を浴びせ、石を投げる。」

 

「気持ち悪いだって・・・ふざけるな!この状況をおかしいと思わないお前たちのほうが異常だ!」


 ルイの心が怒り、そして悲しみで満たされる。

 

「いこう。ミア」


 ルイはミアの手を引き、大通りを後にした。一人取り残されたケイも急いでルイたちについていく。

 

「あの・・・。ごめん。おれのせいで」


 ケイは自分の犯した事態と責任に押しつぶされそうになっていた。ミアがずっとフードを隠していたのは、このような事態になるとわかっていたからである。

 

「ううん。ケイのせいじゃないよ。アタシがこんなんだから」

 

 ピンとしていた耳は垂れ、表情が曇る。

 

「今日は解散にしよう。僕はミアの手当てをするから。」

「うん。わかった。明日の試験・・・がんばろうね」


 ケイは背負っていたリュックを握り、遠くなっていく二人の背中から目が離せなかった。


 

 大通りから少し外れた舗装されただけの道。ルイの頭の中に心無い声が駆け巡る。鼓動は早くなり、胸のあたりに熱が籠る。心が真っ赤な憤りで満ちていく。その時、心の奥底で声が聞こえる。


 ー殺してやるー

 

 「ルイ。ルイ!」


 ルイははっとして、今まで抱いたことのない感情に驚いた。振り返るとミアが眉をひそめ、心配そうに見つめている。

 

「あぁ。ごめん。ちょっと考え事をしていて」

 

 ミアはゆっくりとルイの手を離し、クルッと周って、ふさふさした芝生の上にトンッと膝を抱えて座った。つま先を上下にパタパタと動かし、微笑み、遠くをぼんやりと眺めている。

 

「ルイは優しいね。アタシ獣人なんだよ。君たち人間とは違うの・・・」

 

 ミアの声にだんだん抑揚がなくなっていく。

 

「でも慣れっこだよ。こんなの。さっきはちょっと人が多くてびっくりしたけどさ。」

「今日は楽しかったんだ。いつも一人ぼっちで友達もいなくてさ」

 

 綺麗な朱色に染まっていた空に少しずつ夜の帳が下りる。

 

「試験が終わったら、消えるからさ。それまでは・・・」

 

 ミアはキュッと膝を抱えた。まるで部屋の隅で泣く子供のように。

 

「ルイ・・・?」


 ミアは首を傾げ、不思議そうにルイを見上げた。ルイは唇をかみ、時雨心地の表情を浮かべる。

 

「なんで・・・君がそんなことを言うんだ」

 

 ルイの視界はぼやけ、言葉が滲む。ミアは顔だけ笑って見せた。ルイに心配させないような優しくて辛い笑顔だ。

 

「アタシと一緒にいたら、君に迷惑かけちゃう。アタシときみたちは・・・違うの。」

 

 「違わない!」


 とルイが首を横に振り、声に力が入る。

 

「ミアだって僕たちと同じ心も持った・・・人だ!」

 

 ミアは一瞬面を食らうも、嬉しそうに笑った。嘘偽りなく心から笑えたのはいつぶりだろうとミアは感じていた。

 

「ありがとう。でもね。アタシといると君は・・・」

 

「僕が危ない時に助けてくれた!苦しい時は看病をしてくれた。楽しい時はくすくす笑い、おいしいものを食べた時には口がほころんだ。」

 

 ミアは目を丸くし、キョトンとした表情になった。

 

「心無い言葉には胸を切り裂かれ、その痛みを一人、心の奥底にしまいこむ。」

 

 ルイは胸をぎゅっと掴んだ。ミアの痛みが身に染みるように。ミアは唇を震わせ、潤んだ瞳から懊悩が一滴ほほをつたった。

 

「君は誰よりも優しい。自分のせいで誰かが傷つくなら、そこから離れてしまえばいい。君はそう思っているはずだ。」

「君が誰かを傷つけたくなくて、1人どこかにいこうとしても僕はそれを許さない。だって・・・」

「本当は誰かに寄りかかりたいからずっと・・・君は僕たちの隣にいたんじゃないのか!」

 

 バグベアと戦う時、看病をして回復を待っていた時、くじ引き後の整列の時、道を歩いている時、座っている時。ミアは誰かの隣にいた。自分でも気が付かなった。ミアの目から大粒の涙があふれる。心の蓋が空き、押しやってきた悲しみや寂しさが溢れた。肩は震え、声を押し殺そうとしても声が漏れる。ルイはミアの隣に座り、ミアが落ち着くまでそばに居続けた。空には陶酔するほどの、星月夜が広がっていた。


 

「一応大丈夫だと思うけど、僕のそばを離れないで」

 

 二人が村に入っていくと片手に灯りを持ったカルマと遭遇した。

 

「カルマ。その・・・今度パーティを組む子が転んで怪我をしたんだ。それで手当てをしようと思って」

「ほぉ獣人の子か」


 カルマは驚きと関心が入り混じった声を上げる。

 

「カルマも獣人だってことで差別するの」


 ルイはミアとカルマの間に割って入った。

 

「差別か・・・世の中はうまく行かないものだ」


 遠くの空をぼんやりと眺め、落ち着いた声色でぼやく。

 

「その様子だとずいぶん苦労をしたと見える。今日までよく頑張ったのぉ。」

「ルイ。早くその子の手当てをしてあげなさい。」


 ルイはミアを家に招き、手の傷を消毒し、包帯を巻いた。 しばらくすると、コンコンッと戸を叩く音が聞こえるとカルマだったのでルイは家へ入れた。

 

「失礼するよ。お嬢さんケガの具合はどうかな?」


 と優しい声色で問いかける。

 

「あっ。手にちょっと傷がついただけなので大丈夫です。」

「あの!ミアと申します。ハンター試験を受けるために山から降りてきました。」

 

 ミアはスッと立ち上がり、軽くお辞儀をした。

「礼儀の正しい子だ。よろしく。ミア」

「カルマ。今日街の人たちがミアを見た瞬間に目の色が変わったんだ。なんでなの・・・」

「ふむ。その話はこの子の前でするにはちと酷だが・・・」


 髭を撫で、言うべきかを秤にかけている。

「お願いします。アタシは人間と獣人が手を取り合って生きていける世の中にするためにハンターになりたいんです。」

 

 カルマはミアの言葉に胸がじんわりと熱くなるような懐かしさを感じた。

 

「老人の話はちょいと長くなるが、付き合ってもらうとしようかの。」

「カルマ。僕がいままで獣人を知らなかったのはなぜなの?」

「うむ。それも含めて話そう」


 

<人間と獣人の歴史>

人間の国、獣人の国。二つの国は互いに交わることなくそれぞれ豊かな暮らしをしていた。やがて、国通しの争いが激しくなり、血で血を洗う戦が始まった。戦は過激さを増し、どちらの国も滅びる寸前であった。その時、ある人間と獣人が手を組み、新しい国を建国した。元の二つの国は消滅し、生き残った人間と獣人はその国に流れ着いた。何十年か平穏が保たれたが、それぞれの種族に対する憎しみはそう簡単に消えなかった。あるとき獣人による人間の虐殺事件が起き、それが引き金となり人間は獣人たちを虐殺するようになった。その後、獣人たちは国をでて、各地へと散っていった。先代の国王が即位した際、獣人虐殺に対し厳格な処置がとられたが、差別意識は人間に深く刻み込まれた。


<カルマと獣人の関係>

儂が若い駆け出しのハンターの頃、ハンター協会依頼で、ある獣人と戦うことになった。初めて獣人と手合わせをしたが、互いに譲らない良き勝負であった。その獣人の名前はオーガ。最終的にお互いの腹をえぐって両者は共に地に倒れた。獣人の縄張りで致命傷を負ったカルマは死を覚悟した。しかし、儂は獣人の村に運び込まれ、傷の手当てをうけた。衝撃的だった。今まで獣人はモンスターのようだと教えられてきたが、ふたを開けてみれば愛と思いやりで溢れていた。まさに心を持った人であった。依頼は失敗したが、このことは人生の成功だとしみじみ思っていた。それ以降、頻繁にオーガたちのもとへ出向き、共に飯を食い、鍛錬し、やがて友になった。オーガはハンターになって人間と獣人が共存できる世の中にしたいとよく言っていた。ハンター協会に何度もオーガをハンターにするよう頼み込んだが結果として駄目だった。

 ある時、いつものようにオーガたちの村へ向かうと火の粉が上がっていた。儂は急いで向かったが、村には倒れたハンターたちが転がっていた。

焼ける村の奥にオーガを見つけたが、彼の悲しく辛そうな瞳は今でも脳裏に焼き付いている。結局、言葉をかわせぬまま、彼らは去ってしまった。


 

「もし会えるならもう一度酒でも飲みたいものだ」


 カルマは気力のない目で天井をただ見つめていた。

 

「ルイ。獣人のことを知らなかったのは、村のルールで獣人に関することを子供に教えないようにしたからじゃ。儂とオーガのようにありのままの姿で判断してほしかった。よい心を持つものもいれば悪に染まるものもいる。人間も獣人も心は同じだからの。」

「戦えば・・・獣人差別を止められたんじゃないの?」


 拳をぎゅっと握りしめ、唇を噛みしめる。

 

「力で抑圧してもそれは悲惨な歴史を繰り返すだけ。根本的な解決にはならんのだ。」

「この村にも獣人をよく思っていない連中がいるかもしれない。その時、ルイならどうする?」

「その時は・・・僕が説得してみせる。」


 ルイは力強くカルマを見つめる。

 

「違う。そうではない。」


 カルマは大きく、大きく首を振った。

 

「一人ですべてやろうと思うな。一人で抱え込めることなどたかがしれている。儂はそれに気づけなかった。」


 カルマの失敗は獣人たちを頼らず、自分だけの力で友の願いを叶えようとしたことだ。友を頼らなかった後悔。それを身に染みてわかっている。

 

「二人で始めればよい。二人から三人、四人と徐々に増やしていく。かつての偉人たちのように。」


 カルマは腰をかがめ、ルイとミアと同じ目線になり、語り掛けた。

 

「さぁ。そろそろいい時間だ。明日に備えてゆっくりと休みなさい。」


そういうとカルマはルイの家を後にした。

短い沈黙の後、ミアが口を開いた。

 

「ルイ。手当てしてくれてありがとう。明日の試験頑張ろうね」

 

 ミアは迷夢が覚めない表情をし、ルイの家を出た。ルイは寝る直前まで、自分がどのようにしたらミアを助けられるかを考え続けていた。

 

 

 蒼穹の下、ルイ、レオ、エマは試験会場に向かっている。レオとエマはいつものようにたわいもない会話をしているが、ルイは昨日のミアの顔が忘れられずにいた。カルマの「一人ですべてをやろうと思うな。」という言葉が心にこだまする。

 

「ルイ!」


 と声がするので、後ろを振り向くとルイは目をぎょっとし、あたふたと慌てた。そこには猫耳、赤い髪をなびかせたミアがこちらに走ってくる。ミアはルイの前に止まると、膝に手を当て、息を切らしている。息を大きく吸い、フゥーッっと吐くと、長い間の迷いを降りきるかのように、大きく一歩前にでた。

 

 「ルイ!お願いがあります!」


 周り人が皆振り向く様な力強い声。ミアの瞳が黄金色に輝いている。

 

「アタシは獣人です。アタシと一緒にいたらルイに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。それでも・・・」


 ミアは手を真っ直ぐルイに伸ばした。

 

「アタシのやること、やりたいこと、そして夢を隣でみていてほしい!」


 いままで自分1人で抱え込み、自分だけが世界を変えられると思っていた。ミアはずっと探していたのかもしれない。もうダメでくじけ、倒れたら起き上がれないとき、隣にいてくれる誰かを。

 

「わかった。君のために僕が力になろう」


 ルイはミアの決意を自らの手に宿した。

 空は高く澄み渡り、彼女らの心を新たな旅立ちへと駆り立てる。一陣の風が髪を撫で、未来への一歩を後押しした。




 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルイとカルマ、ルイとミアのように熱い王道な関係性が好きです。 [気になる点] 好みの問題かもしれませんが、必要以上に描写があり、せっかくのストーリーに入り込みにくくなってしまっている箇所が…
[気になる点] 差別ネタは難しいです。 特に合理的差別は。 どう着地させるのかが興味あります。
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