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3話 1章-2 1次試験開幕

  志願者たちの熱のある声が聞こえる。晴れ渡る空は、彼らの新しい冒険の一歩への招待状のようだ。

 

 「静粛に!これから始めるハンター試験の内容を説明する。」

 

 試験官の言葉で、賑やかだった志願者たちの表情がキュッと引き締まる。

 

 「今回の試験監督を務めるハンナだ。今年の試験は一次試験と二次試験。一次試験はソロ任務想定の対象モンスターの討伐任務。二次試験はパーティでの対象物の争奪護衛任務。」

 

 志願者たちは、凛とした佇まいと妖艶さがこぼれるハンナに見とれ、小さくざわついていた。

 

 「あのお姉さんが助けてくれたんだよ。」

 

 ルイがエマに小声でハンナに助けてもらった経緯を説明している。

 

「へぇ。綺麗な人ねぇ。」

「門の大きな人を一瞬で倒したんだよ。あれどうやったのかな。試験終わったら聞いてみよ」

「強くて綺麗なんて最高じゃない。ルイもドキドキしちゃったりしたんじゃないのぉ?」

「いや。僕はそんな・・・」

 

 エマが肘でツンツンすると、ルイは恥ずかしそうに頭を掻いた。エマはほほを膨らませ、何か言いたげな表情をしていた。

「まぁ私だって見た目なら負けてないし。大人になればもっと美人になる予定だわ」

 二人の会話を聞いていたレオがぼそっと呟いた。

 

「ふん。ばばあじゃねぇか」

 

 その時、銀色の閃光が見えた。レオの顔の横を空気を切り裂くような疾風の音と共に、小さいナイフが後ろの木に深く突き刺さった。

 

 「ごめんなさいね。なんかへんな虫がいたから。つい。」

 

 キャンプが沈黙で包まれる。先ほどの黄色いざわつきは一瞬で消え去った。

 

 「それで?なにか質問かしら?」

 

 ハンナは腕を生み、指をほほに沿わせている。これ以上の失言は命が危ないと全員が思っていた。

 

「なんでもありません。説明の邪魔をしてごめんなさい!」

「レオ!女性に対してそんなこと言っちゃダメだって!」

 

 これ以上ハンナに失礼な発言をしないように、ルイがレオの前に割って入る。

 

「だってほんとのこ。」

 

 ルイは背後にどす黒いオーラと獣に狙われているような鋭い視線を感じた。エマが頭をバコンッと殴ると、レオは頭を押さえかがんでいる。

 

「いてぇぇ。お前ぶっとばすぞ」

「あんたが調子乗っているから悪いのよ。バカ」

 

 ルイはにこやかな表情に戻ったハンナを見ると、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 

一次試験の内容は以下である。

ソロ試験 以下の7種類のモンスターから1種類選び、決まった数を夕方までにキャンプに持ち込むこと。武器は今回ハンター協会が用意した剣のみ。

グランビートル 15匹

スプラッシュスライム 10匹

スライサースネーク10匹

アントモス 10匹

スパイダーバット 8匹

ホーンラビット 5匹

ビルバード 3匹


 

 志願者たちの不安そうな眼差し、余裕のある微笑み、楽観的なにやつきなど、揺れ動く心情を確認できる。

 

「最後に注意点です。森にグレートウルフとバグベアがいることを確認しています。」

「危険なので遭遇しないように対象モンスターをハントをしてください。」

 

 ハンターは時に危険場所でも依頼を達成しなくてはならない。危険から身を遠ざけることもハンターとして大切な技術だ。

 

「グレートウルフとバグベアだってさ。お前倒せる?」

「余裕よ。余裕。試験監督さん!倒せたら倒しちゃってもいいんでしょ?」

 

 会場に静けさが歩く。しかし、みんなその答えを聞きたいかのように聞き耳を立てている。

 

「あらー。お話を聞いてなかったのかな?遭遇しないようにハントをしてください。といったわよね?」

「倒せるんなら倒しちゃってもいいんでしょ?。さくっと俺が倒してやりますよ!」


  次の瞬間、空気がピンっと張りつめ

 

「一遍死んでみるか。ガキが」

 

 ハンナの威圧感で目に見えない壁で押し戻されるかのように、全員が背筋を反らせてのけぞった。まるで、巨大な獣の瞳に捕えられたかのように。ハンナは威圧を解き、ニコッと微笑み


 「グレートウルフもバグベアも今回の試験には関係ありません。戦わない方が効率的だと思いますよ。」

 

 発言をした志願者は言葉を発せず、首を縦に激しく振っていた。

 

「それでは、準備を済ませたものから5分以内に森の入り口に集合してください。」

 

 各志願者が準備をしている中、ハンナは微笑みを浮かべ、手招きをした。

 

「少年。少年。こっちにきなさい。」

 

 ルイは自分を指さしながら周囲を見渡した。ハンナは首を縦に振り、ルイはレオとエマに先に準備をするように伝える。

 

「二人とも先にいってて」

 

 足軽にハンナのもとへ向かうルイ。エマは頬を膨らませ、何か不満があるような表情を見せ、レオはちっと小さな舌打ちをした。

「試験監督さん!なんでしょう?」

「ハンナでいい。ついてきな。」

「あの。試験は・・・」

「試験監督は私だよ。指示に従いな」

 

 そういうと、ハンナとルイはキャンプにあるテントに入っていった。


 

 森の入り口には準備を終えた志願者たちは、まるで運動会の短距離走でスタートを待つように待機している。彼らの瞳には、未来へのわくわくと、未知への一歩を踏み出す恐れが共存している。

 

「それでは試験開始!」

 

 志願者たちが森の中の一本道を一斉に走り出す。

 

「うらぁぁぁ!俺様が一番に上がってやるよ!」

 

 集団から一番最初に抜け出したのはレオであった。レオは心の中で呟いた。ーおれが一番に試験を突破してやるー

「レオのやつ。本気ね。わたしもがんばらないと」

 

 離れていくレオの背中を見て、エマも真剣な眼差しで走り続けた。


 

 試験実施最中でのキャンプ内のテントの中。ルイはハンナの正面でなぜか正座をしていた。

 

 ーどうしてこんなことに・・・ー

 

「たくよ。借金取りがなんだっていうんだ。ちょーっと金借りたぐらいで早く金返せ金返せってうるせぇんだよ。だっておかしいと思わないか少年。金を貸すときはどうぞどうぞ借りてくださいなんて言いやがって。しかも、利息がどうこうだとかよくわからないこといいやがって。それによ・・・」

 

ー僕は一体何を聞かされているだろうかー 

 

 ハンナが椅子に深く腰掛け、優雅に足を組む様子を見て、何か怒られるのではないかと感じ、とっさに正座をしてしまった。はたからみると女王様と下僕だ。

 

「おい。少年。お前もそう思うだろ?」

「はいぃぃ。おっしゃる通りです。」

「すいません。僕も試験に参加したいんですけど・・・」

「あぁ?このハンナ様とせっかくお話をしているのに気に入らないっていうのか?」

 

 ハンナは椅子から勢いよく立ち上がり、一歩踏み出すと同時にがんを飛ばした。鋭い目はこちらの言い分を寄せ付けない雰囲気。ハンナの顔が近づき、獣の形相の恐怖と妖艶な香りのドキドキが交差する。

 

 「いえいえ。全然。嬉しいです!」

 

 自然と背筋がピンっと伸びるルイ。

 

「そうか!そうだよなぁ。いや大体あの酒屋の親父も・・・」

 

 再び長話が始まると確信したルイは心の中だけで呟いた。

 

 ーくぅぅ。早く話おわってくれー


 

 天気の良い空の下、風が心地よく木々を鳴らしているが時折ビュッと強い風を運んでくる。何かが起こる予感が、空気を震わせていた。

 

 「だぁぁぁ!よしこれで後3匹だな。こんな雑魚余裕だぜ」

 

 レオはすでにスライサースネークを7匹討伐していた。残り3匹討伐すれば、一次試験突破である。スライサースネークは集団で狩りをするため、子供には狩猟難易度の高いモンスターである。

 

「ちゃっちゃと終わらせたいな」

 

 レオは周囲を見渡すと、目を光らせ、何かを思いついたかのようにニヤリと笑った。

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

 ドンッドンッという鈍い音と共に、土埃が舞い、鳥が羽ばたく。レオが豪快に木を切り倒しながら森を進んでいる。草木を乱暴に切り倒した先にスライサースネークを発見した。

 

「見つけた!これで試験終了だぁぁぁ!」

 

 レオが走った勢いのまま剣を振り上げ、モンスターを狩ろうとしたとき、突如目の前から獲物が消えた。

 

 「あ''っ?」


 首だけ捻り、後ろを向くと、頭のないスライサースネークを持っている少年がいた。

 

「なんだてめぇ。それは俺の獲物だ」

 

 レオは獣のような眼差しで相手をにらみつけた。レオの威圧に対し、顔も合わせることなく少年はスライサースネークを袋にしまった。

 

「シカトか。いけすかねぇやろうだ。」

 

 ―こいついつの間にぶんどりやがった―


 この相手が只者ではないことを感じ取っていた。

 

「気に入らねぇなその目。死んだような面しやがって」

 

 レオは顎をクイッと上げながら、肩に剣をトンットンっと当て、相手を挑発をした。

 風になびくサラッとした銀髪の隙間から悲しみと憎しみが入り混じっているような冷たい目で睨みつける。相手の少年は少しかすれた声で呟く。

 

「近寄るな。殺すぞ」

「おうおう!殺してみやがれゴミカスがぁ!」

 

 次の瞬間、相手は地面を強く蹴り、レオに切りかかろうとする。すかさずレオはカウンター気味に突きを放つ。ぎりぎりでかわした相手はすかさず剣の間合いから離れた。

 

 ーちっ。はえぇなー

 

 相手の少年は初動と同じ攻撃を繰り出す。レオは、突きのフェイントを見せた後、切り上げて相手の剣を弾いた。相手は体勢を崩したが、次の瞬間、拳がレオの顎を下からかちあげた。グゥッと表情が歪むレオに対し、相手は切り上げる動作を見せたので、レオは力任せに上から剣を叩きこんだ。まるで雷鳴のような轟音が伴い、レオの剣と相手の剣が衝突した。

 

「うらぁぁぁ!」

 

 レオの剣の圧力が上回り、相手は一瞬片膝をついたが、レオの追撃する前に、再び間合いを取った。表情には燃えるような悔しさが宿っている。

 

「おうおう。ようやくいい表情になってきたじゃねぇか」

 

ーこいつ。剣の動きが読みづらい。力任せに行かなきゃ首がとんでたなー

 

 レオが一旦優勢に見える展開であるが、相手の力量が計れない以上油断はできない。相手の少年が深く呼吸をすると、身体の力みがスーッと抜ける。ゆらゆらと身体が不規則に揺れ始めた。ただの威圧感から肌を突き刺すようなピリッとした空気感に変わった。次の瞬間、相手はレオに向かって雷鳴のような速度で突進し、剣を振り下ろした。レオはとっさに剣でガードをしたが、後ろに強く吹き飛ばされてしまった。

 

「お前なんかにかまっている暇はない。」

 

 相手の少年はそうつぶやくと、レオの後を追わずにキャンプの方向に歩いて行った。

 

「てめぇぇぇ!舐めてんのかくそがぁ!」

 

 レオは追ってこない相手に怒りをあらわにする。シャーッという声がするのであたりを見渡すと、臨戦態勢のスライサースネークが10匹以上に囲まれていた。

 

「くそモンスターども。俺様は最高にイラついてんだよ。てめぇらぶち殺してやる!」

 

 身体をのけぞらせ、剣を大きく振りかぶり、スライサースネークの軍団に飛び込んでいくレオであった。

 レオと対峙した少年は落ち着いた様子で歩いていたが、時折手に持った剣を地面に落としてしまう。

 

「くっ。」

 

 レオの一撃で腕のしびれが取れないのだ。力の入らない手のひらを無理やりぎゅっと握りしめる。それはいまだ理想に届かぬ自分の力を悔いているかのようだった。


 

 一方そのころキャンプで永遠にハンナの話を聞いているルイは

 

「あの・・・そろそろ僕も試験に参加できないかなぁなんて思ったりして・・・」

 

 ルイは胸の前でツンツンと指を突き合わせていた。ハンナは鼻から軽いため息を漏らし目を瞑る。

 

「お前は本来この試験に参加できない身だ。そのまま参加したらほかの子たちと軋轢を生むことがある。もう少しこらえていろ」

 

 ルイの眉がわすがに跳ね上がり、すぐに頷いて納得の色を浮かべた。

 

 ー僕のことを思ってのことなんだー

「・・・・・・」

 ーハンナさんが遅刻の原因とは口が裂けてもいえないー

 

 ルイは正座をしている足をもじもじさせた。何かに気付いたのかハンナはあっと小さくつぶやいた。

 

「そういえば君のことを何も知らなかったな。君の名前は?生まれはこのあたりか?」

「ルイです。生まれはわかりませんが、アラン村から来ました。」

「そうか。ルイか。生まれがわからないとはどういうことだ?アラン村ではないのか?」

 

 ハンナは腕を組みながら、不思議そうに首を傾げた。

 

「幼少の記憶が全くないんです。森の中で倒れていたところを助けてもらい、そこからアラン村で育ちました。」

「すまん。言いにくいことを言わせた。謝罪する」

「いえいえ。どうせ覚えてないことですし。そのおかげで今レオとエマと一緒にいれてるわけですし。」

 

 ハンナは失言を気にしていないルイの様子を見て安心した。

 

「ほぉ。あの生意気なガキと隣にいた女の子のことか」

 

 ハンナは尊い香りを感じるとニヤニヤとしながら

 

「ルイはあの女の子のことが好きか?」

 

 突然の質問に、ルイは驚きと恥ずかしさで手をバタバタとさせた。

 

「いやいや、そんな。ただの幼馴染ですよ。」

「ふーん。そうかそうか。」

 

 微笑ましい光景につい表情が崩れるハンナであった。

 

「アラン村といえばカルマを知ってるか?」

「ハンナさんカルマを知ってるの?」

「知ってるもなにも私のおじだ」

「えぇぇぇ!」

 

 ルイは驚き、立ち上がろうとしたが、正座で足がしびれていたのでうまく立てず前に倒れこんだ。

 

「ハンターとはなにか?どうあるべきか?どうするべきか?ハンターとして必要なことを全て教わった」

「ハンナさん?」

 

 見上げるとハンナが今までに見たことのない悲しそうな寂しい顔をしていた。寝たままの体勢では失礼だと思い、すぐに体を起こした。

 

「ルイ。これは私からの一方的なお願いだ。ハンターになっても君は君のままでいてほしい。」

「人は変わってしまう。それでも変えてはいけない大事な心はどうかそのままで」

 

 ハンナはゆっくりと腕を伸ばし、そっと優しく抱きしめた。優しく温かいハグの奥底に悲しみが感じられる。

 

「さて。そろそろいいだろう。試験に参加しなさい」

「わかった!ありがとうございます。いってきます!」

 

 ルイを見送ると、ハンナはゆっくりと空を見上げた。ハンナの目に映るのは、青い空でも白い雲でもなく、雨を溜め込んでいそうな遠くの雲であった。


 

 ルイが外に出ると、レオが試験を終えてキャンプに戻っていた。

 

「うわぁ!レオ早いね。一番じゃない?」

「ちっ!おれじゃねぇ。あいつだ」

 

 レオが顎で指した先には、森で戦った銀髪の少年がいた。

 ーあの負けず嫌いのレオよりも早く試験を終わらせたあの人は一体・・・ー

 ルイはレオのただならぬ圧力を感じた。長年の付き合いからレオが相当イライラしていることがわかる。

 

「あのやろぉぉぉ。絶対に許さねぇぇ。ぼこぼこにしてやる」

 

 ルイは両手を振りながらレオを落ち着かせる。

 

「まぁまぁ無事突破したんだからいいじゃん。僕は今からいってくる」

 

 レオは、これ以上いらつかないためにあの少年を視界に入れないようにした。

 

「お前もさっさと帰ってこい。ここで落ちたら俺が地獄に落とすぞ」

「うん。行ってくる。」

 

 

 ルイはこれから始まる物語に目を輝かせ、足早に森へと入っていった。 しばらく、一本道を走っていると、向かいからエマと遭遇した。

 

「ルイ!なんであんたこんなとこでなにしてんの?」

 

 エマは正面から走ってきたルイを見て、少し驚いた顔をしている。ルイとレオは自分よりも先に試験を終えていると思っていた。

 

「いや。一応遅刻のペナルティだってさ。今から試験なんだ。」

 

 ルイが軽快に腕を振り足踏みをしていると、エマが顔をしかめながらクンクンとルイの匂いを嗅いだ。

 

「なんか女の匂いがするわね・・・」

「いやぁ。なんでもないよ。ほんとになんでも」

 

 頭に手を置き、顔をそっぽ向け何かを隠そうとするルイ。

 

「怪しい・・・」

 

 ルイの顔をじぃーっと見つめるエマ。

 

「それよりも、エマは討伐終わったの?」

 

 手に持っている袋にはモンスターらしき膨らみがある。

 

「もう終わって戻るとこよ。ルイも急ぎなさい。だんだんモンスター少なくなってるから。」

「教えてくれてありがとう!行ってくるから。待っててね!」

「待っててね・・・か。ずっと待ってるわよ。」

 

 エマは走っていくルイの背中を静かに見つめていた。


 

 さらに森の奥に進んでいくルイは走りながら周囲を確認するもモンスターを見つけられず焦っていた。ルイの額には汗がにじみ、呼吸も上がっていた。

 

「やばいなぁ。本当にモンスターがいない。」

 

 心地よい風が吹くはずが、今は風が全く吹かない。その静けさは、何かが起こる前触れのように不気味だった。少し歩きながら捜索していると

 

「これは・・・血の跡?それに場が荒れている」

 

 激しい戦闘があったかのように、草木がなぎ倒され血の跡が奥へと綴っていた。その血の跡を慎重に追いかけると

 

「うわぁ!グレートウルフ!・・・の死骸?」

 

 危険なモンスターであるグレートウルフが死んでいた。骨は折れ、体に深いひっかき傷がいくつもある。

 

「これは一方的にやられたのか・・・」

 

 顎に手を当て、グレートウルフを襲ったモンスターを考えていると、

 

「きゃーーーーーー!」

 

 少し遠くから女の子の悲鳴が聞こえる。空気を切り裂く様な金切声が山にこだまする。異常な事態だと感じ、一目散にその声のする方向へ走っていった。


 

 キャンプにも女の子の悲鳴が轟いていた。ハンナと試験官が山に視線を向ける。

 

「どうやら遭遇した子がいるみたいね」

「はい。バグベアは意外と動きが遅いのでおそらく逃げきれるかと。おそらく遭遇したのはグレートウルフですね」

「ふふっ。違うわね。」

 

 ハンナが不敵な笑みを浮かべる。

 

「バグベアの強化個体。この山にいるのよ。」

「なんですって!早急に試験を中止すべきです!危険すぎます。」

 

 試験官がかなり焦った様子でハンナに試験中止を促す。バグベアはパワーこそあれど、スピードが遅く遭遇しても逃げ切れるモンスターだ。しかし、強化個体のバグベアはそのパワーに加えて、スピードが増した個体。大人のハンターでもパーティを組んで討伐に臨むモンスターである。

 

「危険だからこそさ。甘いことと優しいことは違うんだよ。」

ーそうだろ。タクトー

 

 心の中に言葉を押し殺し、組んでいた腕にキュッと力をいれた。

 

 

 木々が生い茂る道なき道を荒い息を繰り返し、全速力走り抜けるルイ。

 

ーなんだ。森の様子がおかしい。嫌な気配がするー

 

 背中に冷たい汗を感じたルイはその場に立ち止まった。即座に剣を抜き、戦闘の構えをとる。その瞳は、周囲を警戒する光を宿している。すると、何かがすごい速度で飛んできて、木にぶつかった。ルイが目を向けると、傷だらけの志願者が横たわっていた。

 

「大丈夫ですか!」

 

 ルイはすぐさま駆け寄り、志願者を抱きかかえた。

 

「ぐぅ。あっちにまだ人が・・・」

 

 志願者は力の入らない腕を必死に持ち上げ、指を震わせながら森の向こうを指さした。ルイは志願者をゆっくりと寝かせ、急いで志願者が指さした方向に走った。森が開けたその場所には、大きなバグベアと体を震わせる二人の志願者たちがいた。バグベアから視線を外せず、彼らからは動こうという意思が感じられない。バグベアが地面を揺るがす恐ろしい咆哮を上げ、凶暴な爪を彼らに振り下ろした。

 

「うわぁぁ!」

 

 ガキンっという金属音が森に響く。ルイは急いで志願者の前に立ち、バグベアの一撃を剣で受け止めた。体が軋むような重い衝撃にルイのうめき声が漏れる。

 

ーくっ。長くは持たないー

「早く・・・逃げて・・・」

 

 身体全体を震わせ、なんとか攻撃を凌いでいるルイ。志願者は腰が抜けてしまい立ち上がれず、言葉もうまく発せられない。

 

「あっ・。うぅぅ・・・」

 

 ルイは息を大きく吸い、全身の力を込めて叫ぶ。

 

「早く行けっていってんだろうがぁ!もうこらえきれない・・・」

 

 ルイの荒げた声で二人は急いで立ち上がり、森の中へ消えていった。ルイは攻撃を受け流すとバグベアの一撃で地面はバターのように軽くえぐれた。ルイは距離を取ろうとするが、すぐさまバグベアは轟音と共に突進してきた。

 

 「ぐあぁぁ」

 

 ルイの痛々しい悲鳴が空気を切り裂いた。


 

 キャンプでは、緊急救護テントが張られ、バグベアにやられた多くの負傷者の手当てをしていた。外傷が大きいものからテントで診断を受け、救護を受けている。

 

「救護班!今すぐ治療に当たれ!」

「試験突破した人は救護の手伝いをたのむ!」

 

 救護班は慣れた手つきで、けがをした志願者たちの治療をしている。言葉の強さほどの焦りは見られない。

 

「大丈夫!思ったより傷は深くない。逃げられたのは実力だ。誇っていい。」

 

 試験を突破したエマも怪我人の救護を手助けしている。

 

「逃げられたのは僕の実力じゃない」

「緑色のコートの人に助けられたんだ。」

 

 エマの手がピタッと止まり、瞳に不安が満ちていく。

 

「それって・・・」

 

 救護がひと段落すると、エマは重い足取りでハンナのもとへ向かった。

 

「あの。すみません。」

「なんだい・・・」

「私の友達がバグベアと戦ってるみたいなんです。」

「様子を見に行ってもいいでしょうか?」

 

 胸の前で拳をきゅっと握り、心配そうに顔を俯いたエマにハンナは辛辣な言葉を浴びせる。

 

「いくのは構わないけど、その場合両者ともに試験不合格だよ」

「そんな……」

 

 エマは予想外の返答に目を丸くし、言葉を失った。思考は停止し、混乱の渦中にあるかのように。

 

「ハンターっていうのは危険な場面でも1人になってしまうことがあるの。今回の試験はその生存能力を確認する機会でもあるわ。」

「この試験で生き残れないようならそれまでなの」

 

 ハンナはエマの震える肩に優しくそっと手を添える。

 

「でも……」

「うるせぇな!エマ!黙って座っとけ!」

 

 近くで話を聞いていたレオが声を荒げた。エマはムッとした表情に変わり、

 

「レオは心配じゃないの!ルイのことだから多分一人で戦ってるよ。」

 

「だから黙れっていってんだろ。母親かてめぇは」

 

 エマの発言を遮るように言葉を浴びせると、エマも負けじと声に力が入る。

 

「大事だから心配してるんでしょうが!」

「大事ならあいつのことをちったぁ信じてやれよ!」

「でも、それは・・・」

 

 エマは言葉を詰まらせ、悔しさに顔を歪めるしかなかった。

 

「ふーん。仲がいいのね。あなたたち。」

 

 ハンナは本音でぶつかり合う二人を見て、どこか懐かしそうな色を浮かべる。

 

「ルイ……」

 

 エマは空に浮かぶ雲の流れをじっと眺めた。無事でいてほしいという願いが、風に乗って遠くに飛んでいく。

 

 そのころルイはいまだバグベアと決死の戦いをしていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ。危なかった。あと少しで腕を持っていかれるところだった。」

 

 バグベアの突進をかわしたと思ったが、すぐに方向転換し腕を振り下ろされたのだ。意表をつかれルイは反応が遅れてしまい、鋭い爪に襲われた。間一髪のところで体を回転させ、攻撃をかわしたので、致命傷は避けられた。

 

 ーくそっ。バグベアは動きが遅いはずなのに、こいつは以上に早い。一瞬の気の迷いが命取りになるー

 

 焦る心を静めるように、深く呼吸をした。ルイがカッと目を開くと、バグベアが唸り声をあげ力任せに攻撃を繰り出した。うまくそれをかいくぐり、渾身の一撃をバグベアの懐に放った。キラリと輝く剣が、針金のような硬い毛を切り裂いていく。しかし、バグベアは深く切りつけられる前に、ルイの剣を手で跳ね飛ばした。剣は無情にも空を舞い、無慈悲な地面へと落ちていった。傷を負わされたバグベアは勝負を早々に終わらせるように、身体に全身の力を込め、空に向かって両手を大きく振り上げた。

 

ーまずい。やられるー

 

 ルイの姿を黒く大きい絶望が覆っていく。

 

「だぁぁぁぁ!」

 

 ルイが死を覚悟したとき、誰かが森から飛び出てきてバグベアを蹴り飛ばした。バグベアの体勢が少し崩れた隙にルイはバックステップで距離を取った。

 

「早く剣をもって!」

「助かったよ!ありがとう!」

「どういたしまして。でもあれを何とかしないと君もアタシも死ぬよ」

 

 ルイを助けた人はフードを深くかぶっているので顔や表情はよくわからない。しかし、彼女の声はまるで小さな鈴が風に揺れるように、純粋で透き通る澄み渡る声色だった。背丈はルイと同じぐらいであるため、年齢は近いだろう。

 

 「バグベアを翻弄して、隙を見つけて攻撃しよう!」

 

 ルイが作戦を伝えると、彼女はコクッと頷いた。片方が攻撃をする素振りを見せ、バグベアが攻撃してきたら、もう一人が攻撃を叩き込んだ。彼女の動きは風を切るように舞い、バグベアの攻撃を軽やかに避ける。まるでネコ科の動物のようにしなやかであった。二人の攻防でバグベアの身体に傷がついていき、苦しそうな様子を見せる。

 

「そろそろ、とどめだね!」

 

 フードの子が最後の一撃を放とうとしたとき、バグベアが地面を強く掘り起こしあたりは砂埃で覆われた。ルイとフードの子は不意打ちを食らい、一瞬バグベアを見失った。

 

「後ろだぁぁ!」

 

 ルイが声を荒げるが、バグベアは凶暴な爪で彼女の命を狩ろうとしている。

 

 ーあの子が殺されてしまうー

「やめろぉぉぉぉ!」

 

 ルイの感情の高まりが最大に達した。その時、周囲に緑色の波動が発せられた。

「なんだこれは・・・」

 

 バグベアの動きが止まっている。正確にはバグベアの凶暴な手がほんの少しずつ彼女に迫っている。

 急げ!早く!早く!助けなきゃ。

 ルイは、地面を蹴り上げ高く舞い上がる。


 「これで終わりだ!」


 と叫びながら、バグベアの額に剣を深く突き刺した。

 

 その瞬間に、周囲に満ちていた波動は消え、バグベアが巨木が倒れるようにドンッと地に倒れた。その音は遠くまで響き渡った。ルイは突然の激痛に顔を歪め、ガクッと膝を折りながらその場に崩れていった。

 

「はぁはぁはぁ。ぐぅ。あぁぁ」

 

 息ができない。心臓が張り裂ける。頭が割れそうだ。筋肉が切れるように痛い。

 

「君!大丈夫!?なにがあったの・・・」

 

 フードの子は苦しそうなルイのもとに駆け寄った。死を覚悟した後、瞬きをする間に移動していたこと。バグベアが倒れていたこと。いろいろなことに混乱している様子だった。

 


 一方そのころキャンプでは怪我人の救護が終わり、嵐が過ぎ去ったかのような静けさが漂っていた。

 ポシュっと音がすると、山から青い発煙弾が空に打ち上げられる。それを見たハンナはふぅと安堵の息を漏らした。

 

「終わったみたいね。君の友達は無事よ」

「あれは監視班がトラブルがあった時に試験者の無事を知らせる合図よ。」

 

 ずっと眉を下げ、不安な様子のエマは心に溜まっていた不安や心配の息を吐きだす。

 

「はぁーーーー。よかった・・・そう人がいるなら早くいってほしかったです」

 

 ホッと胸を撫で下ろし、ほほを膨らませ少し不満そうであった。ハンナはウインクをし、人差し指をたて

 

「それじゃ実践的じゃないでしょ。信じて待つのも大事なことよ。犠牲を増やさないために」

「それにしても、そこの坊やはルイの実力を認めてるみたいね。」

 

 レオはケッとそっぽを向いた。ハンナはレオとエマを交互にじぃーっと眺めエマに小声で問いかける。

 

「ねぇ。あなたってルイとそこの坊やどっちが好きなの?」

「いや。そんな。好きだなんて」

 

 エマは顔を赤くし、手を大きく振り、慌てふためいていた。

 

「うふふ。かわいいわね。」

 

 ルイ、レオ、エマの三人の関係を微笑ましく思ったハンナはしばらくちょっかいをかけないで見守ろうと思った。


 

 ルイは調子が戻るまで、倒したバグベアに背を預けていた。時折ズキッと頭は痛むが、徐々に体調は回復している。

 

「なんだったんだあれは・・・」

 

 額に手をあて、雲の流れを見つめる。ルイの横でフードの子が小さく体育座りをしていた。彼女はルイを担ぎ、水を飲ませたり一時的な看病をしてくれていた。ルイは重い体を起こして、彼女の方を向き、

 

「僕一人では倒せなかったよ。あの時は助けてくれてありがとう。君の名前は?」

「ミア・・・」

「ミア。一緒に戦ってくれたのがミアでよかった。」

 

 彼女は足をもじもじさせ、恥ずかしそうにしていた。その姿を微笑ましく思っていたルイはふと大切なことを忘れていることに気付いた。

 

 「あぁぁ!また試験中だった!」

 

 バグベアは試験対象外のモンスターでため、ルイはまだ1匹も討伐モンスターを狩っていない。このままでは一次試験不合格になってしまう。

 

「やばい!ミアごめん。僕はこれから試験のモンスターを狩らないといけないから先にいくね。」

 

 ルイは急に立ち上がろうとするも、足にうまく力が入らず、手を膝につき無理くり体を起こそうとした。

 

「ちょっとまって。はい。これあげる。」

 

 ミアは体育座りのまま、手を伸ばし袋を渡してきた。差し出してきた袋にはホーンラビットが5匹いた。思いもよらない事態にルイの思考は一瞬停止した。その後焦った様子で

 

「だめだよ。ミア。受け取れない。だってこれは君が試験を突破するのに必要じゃないか」

 

 ルイはもらった袋をミアに返そうとした。ミアはちらっと眉をひそめるルイを見て

 

「あたしの分はもうあるからあげる。バグベアから助けてくれたお礼。お礼を受け取らないのは失礼」

 

 ミアの顔が見えそうだったのでそーっと覗こうとしたらミアは慌ててバッと顔を背けた。

 

 ー助けてくれたのはミアなんだけどな。優しい子だー

 

 ミアの自然のような寛大な心とお日様のように温かい優しさがルイに染みわたる。

 

「ミア。ありがとう。ありがたくいただくね。このお礼はきっちり返すから」

「ん・・・」

 

 ミアはフードを深くかぶり、恥ずかしそうに返事をした。


 

 もうすぐ日が落ちそうな夕暮れの時間。キャンプにはいまだ帰ってこないルイを待つエマとレオの姿があった。

 

「ルイ帰ってこないね・・・」

 

 心配そうに森を見つめるエマを見たレオはニヤッと笑いながらいたずらに声をかける。

 

「心配ならいけばいいじゃねぇか。」

「いいえ!待つんです!ルイなら大丈夫だから!」

 

 しばらくすると声が遠くからはっきりと聞こえてきた。

 

「おーい!レオー!エマー!」

 

 遠くからルイが丸太のいかだのようなものにバグベアを乗せて帰ってきた。キャンプに着くとルイは両手を綺麗な茜色に包まれた空に向かって掲げた。

 

「ルイーー!」

「ちょっとなになになに?エマ・・・くっ苦しいって・・・」

 

 ルイが近くに来た瞬間、エマの足は自然と駆け出し、。ルイに両手を回した。エマは完全に不安や心配から解放されたように安心していた。

 

「けっ。くだらねぇ」

 

 レオは小さくつぶやいた。

 

「ルイ?そのフードの子はだれ?」

 

 エマはルイの後ろに小さく隠れているミアが気になった。

 

「この子はミア!僕がバグベアにやられそうなとき助けてくれたんだ。バグベアを倒せたのはこの子がいたからだよ!」

 

 エマはミアの周りをうろちょろと興味津々に歩き回り

 

「ふーん。ねぇちょっとそのフード取ってお顔みせてよ!」

「だめぇ!」

 

 エマがフードを取ろうとするとミアがパシッと手を弾いた。一瞬の静寂が訪れる。

 

「あっ。ごめんなさい」

 

 ミアはフードを深くかぶり、小さくなった背中をクルッと見せると走り去ってしまった。

 

「エマーー!だめじゃないか。」

 

 ルイは軽く口を尖らせた。

 

「ごめんー。気になっちゃって・・・」

「次あったら一緒に謝ろう。」

「そうね。悪いことしちゃったわ」

 

 ルイとエマは走り去っていくミアの背中を申し訳なさそうに眺めていた。

 

「ルイ。そのバグベアを狩るなんて大したものね。驚いたわ。」

 

 声の方向に目を向けると、ハンナが満足そうに眼を細め微笑んだ。

 

「えへへ。僕一人ではないんですけどね。ミアっていう女の子と一緒に倒しました。」

「ミア・・・なるほどね」

 

 ハンナは何か思うことがあったのか意味深な表情をしている。

 

「ひとまず無事でよかったわ。」

「対象モンスターの提出は済んだ?もうすぐ時間切れよ」

「あぁぁぁすぐに行ってきます!」

 

 ルイは急いでモンスターを提出に向かったのであった。

 

 

 夕暮れの風が、賑やかな音を運んでくる中、山ではなにかを企むような、怪しげな男たちが潜んでいた。

 

「今年のガキどもはどうよ。」

「いきがいい奴が何人かいた。ひとまず、そいつらでいいんじゃないか?」

「まったく監視の目を盗んで目星をつけるのは骨が折れる」

「ひとまず仕事まではのんびりいこうや」

 

 彼らの背後から、低い唸り声と大地を揺るがすような足音が聞こえる。

 

「うぉ!バグベア!」

 

 黒ずくめの2人組が臨戦態勢をとる。後ろから茶色の革で作られたロングコートの男が酒を呑みながらゆっくり歩いてくる。

 

「ほぉこいつは珍しい。強化個体のバグベアか。お前たち下がってな。」

 

 その男は大きな斧を肩に担ぎながら、ザッザッと乾いた音を立て前へ進む。バグベアは唸り声をあげながら猛烈な勢いで男に突進する。男が斧を振り下ろすとバグベアは縦に二つに割れ絶命した。血塗られた斧をピッっと振り、男は胸の高まりを抑えられないようだ。

 

「ひとまず、動くのは2日後だ。せいぜい楽しませてくれよ。」

 

 空は夕焼けの残照に染まり、その赤みが徐々に闇に飲み込まれていく。街の灯りがぽつぽつとつき始める中、森には異様な笑い声が響いていた。



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