八話 やらかし14歳期
親父が出て行ってからの一年はとても楽しい日々だった。やはり家族が二人も居なくなった影響からか、ミュゼットもメルモニカも昔みたいに甘えてくる事が多かった。
大切な妹たち…きっと俺が居なくなったら泣くんだろうな。泣いてくれるかな…泣かないかもしれない。
とうとう、出立の夜が来た。日中に出て行けば二人に悟られるからこそ、いつものように目一杯遊んで、疲れて眠る二人の姿を目に焼き付ける。
少し余裕を持っての出立。騎士学校の入試はよほどバカじゃなければ通る。一応、ゴリラとインテリ眼鏡の認め状もあるからコネとしても十分…つまりよほどじゃなければ落ちない。
それは同時に、もうこの地に戻って来れないという事である。
いつもがいつもじゃなくなる。だが、それは本当ならとっくの昔に経験していたのだろう。ミュゼットが連れ去られ、本来の俺は狂ったはずだ。そしてメルモニカに辛く当たった…最低な味噌っカスだな。
その分、少しだけでも幸せにしてやれただろうか。最後の最後に突然居なくなる分、プラマイゼロか…
最後に二人の額にキスをして部屋を出る。愛していた…キャラクターとしてではなく、最愛の妹としてと気持ちを込めて。
*
「やはり行くのか…」
「アレクシール、やめにしないか?」
「何だよ、ゴリラとインテリ眼鏡が揃って」
階下に降りると、バカ兄貴たちが居た。ゴリラはともかく、インテリ眼鏡はわざわざ暗い中馬を飛ばしてやってきたようだ。アホかと…
もう決めた事だ。ましてや、辺境伯の三バカ兄弟の一人くらい学校出てないとミュゼットやメルモニカだけではなく他の寄り子たちにも醜聞になる。というか、原作通りだったとしたらかなりの迷惑掛けたんじゃなかろうか。
だから、教育係の親父も甘く見られて、結果王子たちが略奪されるような展開に……回り回って全てクソ親父と俺らのせいじゃん。
あれ、そう考えると行かない選択肢の方が正解な気してきた……いやいや、今更だ。
「俺は行く。これは前々から決めた事だ」
「ミュゼットとメルモニカが泣くぞ。コニーだって…」
「……分かってる。手紙も書いた…コニーちゃんには読んでやってくれ」
まあ、姪っ子の幸せはゴリラ夫妻で何とかしろ。俺が叔父として出来る事なんてそんなにないわけだし。
引き止めても無駄だと分かっていても、引き止めたくなる気持ちは分かる…親父は10年すれば帰ってくるだろうが、俺は帰ってくるとしたら遺体になってくらいだろう。
もしかしたら、何処にも雇ってもらえず辺境伯騎士団に入るかもしれん。だが、その時は上司と部下だ。気安く接する事は出来なくなる。
つまり、おそらく兄弟としては最後の会話だ。だからこそ、湿っぽいのは嫌だ。
「兄貴たちは、まず自分の家族を心配しろよ。奥さんに子ども…それとミュゼット。出来れば、メルモニカの事も頼む」
「アレクシール…お前も家族だ」
「やめろ、インテリ眼鏡。そういうの望んでない…俺は、俺の意思でこの家を捨てるんだ。俺の事は死んだものとして扱ってくれ。帰ってくる気は無いし手紙も書かない。卒業しても辺境伯騎士団に入るつもりはほぼ無い…味噌っカスは味噌っカスらしく何処かで野垂れ死ぬつもりだ」
「そんな事を言うな。俺たちはお前を役立たずだと思った事など…」
「だからゴリラ、そういうの望んでないっちゅうねん」
今更湿っぽい…だから静かに出て行きたかったのに。とはいえ、美少女ではなく、むさ苦しい野郎共に引き止められたのはまだマシか。これがミュゼットやメルモニカだったら確実に無理だった。可愛いは正義だから負けてた。
涙ながら引き止める二人を振り切り、味噌っカスは夜の帳へと消えていくのであった…大の男の涙とかクッソ気持ち悪いわ。