四十三話 やらかし妹・幼少期編①
また、前世の夢を見た。とてもとても怖い夢だった…
「ミュゼット、また怖い夢見たのか?」
「にいちゃま…トラック…怖い…」
「大丈夫だからな…よしよし」
悪夢から目覚めた私を、隣で添い寝してくれていた兄様が優しく撫でてくれる。
私は真論という女の子の記憶を持っている…それは優しく抱きしめてくれる兄様には言えない事だった。
ミュゼット・ルクシール・カノーラ。それが今世の私の名前……そして、お母さんが好きだった華星の主人公。
お母さんの影響で、華星については多少なりとも知っている。
誘拐されたミュゼットは引き取られた屋敷でこき使われて、高校生になったから学校に通って王子様たちと仲良く過ごす…
私も誘拐されてきたのかなって思う事が何回あったか…
でも、本当に誘拐されかけた時は怖かった。もう兄様に会えない。またあんな毎日を過ごさなきゃいけない…
そんな時、兄様が助けてくれた…一緒に階段突き落とされたけど。
でも、ああでもしなきゃ私は連れ去られてた。そして、前世を思い出す事なんてなかった。
お母様は居ないこの家で、兄様の愛情を分からないままだったと思う。他にも年の離れた兄様たちやお父様は居るけど、アレク兄様の優しさは私が欲しかった優しさだった。
いつも優しく頭を撫でてくれて、優しく抱きしめてくれる…突き落とされた時は少し嫌いになったけど、やっぱり兄様が大好き。素直には言わないけど…
*
前世の記憶が戻ってからおよそ一年。新しい家族が増える事になった。
「は、はじめまして…メルモニカ…です」
うわっ、メルちゃんだ。本物だ。ちっちゃくて可愛い…赤いふわふわっとした髪の毛とかおっきい目とか全部が可愛い。
アニメでは、主人公の大切なお友達で、色んな場面で助けてくれる格好いい女の子……改めて、自分がミュゼットなんだなーって思った。
仲良くなりたいな。アニメ以上にお話とかしたいなって思っていたら…
「メルモニカちゃん、はじめまして。俺はアレクシールだよ…今日から君のお兄ちゃんだ」
「お兄ちゃん…」
兄様がメルちゃんに笑顔でそんな言葉を優しく語りかけ、メルちゃんは顔を赤くしながらキラキラした目で兄様を見つめていた。
兄様を盗られたような、メルちゃんを盗られたような…モヤッとした気持ちになった。
ううん、メルちゃんは悪くない。初めての場所で、怖くて頑張っているところに甘い言葉で誘惑する兄様が悪いんだ…
「………にいちゃまの浮気者」
兄様は少し困ったような顔で笑っていた。そういう時は嘘でも「お前が一番だよ」って言ってくれれば許してあげるのに…やっぱり、血の繋がりがあるからなのかな…
おっと。今はそんな事よりメルちゃんに挨拶しなきゃ。
「はじめまして、メルちゃん。私はま…ミュゼットだよ」
「はじめまして、ミュゼちゃん…」
思わずメルちゃん呼びしちゃったし前世の名前を言いそうになったけど、メルちゃんも私の事を「ミュゼちゃん」って呼んでくれたからとりあえず、オッケーだよね。
本当なら高校に入ってから仲良くなるはずだったけど、兄様のお陰でこんなに早く仲良くなれた。
だからといって、兄様を放っておくつもりはないんだけど…思えば、この時から少しずつ兄様は剣の稽古を始めて私たちから少しずつ距離を置いていったように思う。
メルちゃんにもお兄ちゃんだって言ったくせに…
その時はそんな不満も抱えていた。兄様の思いも知らずに。




