二百二話 やらかし結婚ラティーナ編②
*
それは、今思い返してもわっち自身の聖女として…いいえ、人としての在り方を変える大きな出来事だった。
王都に衝撃が走った公爵による連続切り裂き事件から数日後、教会でいつものように祈祷を済ませていたところに急な面会の申し出があった。
相手は、元第二王女で現公爵夫人のアリスベル・フィネット様。それまでは深く関わる事のなかった貴族の中の貴族…そんな方が突然、先触れの使者も無く少し慌てた様子で乗り込んできた。
面会室で対面すると、神妙な面持ちで待っていたアリスベル様の手には、かつて追い求めていたユニコーンの角があった。
わっちの視線に気づいたアリスベル様は、こう語った…
「これは、とある御仁から預かったものです。一人の少女を癒やしていただけるのでしたら差し上げます。その方もそう望んでいます…彼女の『命と心』に比べたら、こんなものは無価値と言って…」
アリスベル様の言葉に驚愕したのを今でも覚えている。そんな神聖な、ましてや教会に関係する歴史上の誰もが大金を積んで欲しがって、それでも手に入らなかったものなど無価値だと。そんなものよりたった一人の少女の身と心の方が大切なのだと…
確かに、ユニコーンの角があればわっちの力は増幅するはず。そうすれば、より多くの人を救える…そう思っていた。
でも、救うという事に対してわっちは傲慢になっていたのではないか? そんな自問に自らを恥じた。
もし、辺境伯領を救うと意気込んでいた時なら何も考えず話に飛びついていた。そこに、少女を救うという高尚な考えもなく、単なるユニコーンの角を手にするだけの対価として…
その先にあるのは、聖女という単なる装置たる自身と承認欲求を満たされるだけの傲慢な化け物であったかもしれない。
でも、目の前にあるのはわっちの初心だった…まさに無償の愛そのもの。だから、わっちは受け取るのではなく借りる事にした…勿論、アリスベル様にはいただくと言って。
その御仁…アレクシール・カノーラ様の心意気に感銘を受けた。そのようでありたいと、いずれ並び立てるようになりたいと…
*
そんな聖人様と出会い、人間らしさを知り、ますます好きになった。そしてわっちとは比較するのも憚られるほどの癒しの力を目の当たりにし運命すら感じた…
それはさておき。三人の知る原作のわっちは、自身を身共などと言い本心も隠して婚約者の心変わりを憂いていただけの愚か者と教えていただきました…もっとも、聖人様に対してはそのような事をすればどうなるかくらい分からないままではありません。
全ては神・レイリス様の思し召し…聖人様たちが前世の記憶を持っている事もその一つなのでしょう。
わっちは思うのです…聞けば、キース様と結ばれる為にはミュゼット様はわっちに対して決して普通に働いても手に入れる事の出来ない額の金銭を渡さなければならないのが現実だったそうです。
その金策には普通に働いて少額の資金を稼ぎ、くじや賭博などで増やしていくか、物々交換でユニコーンの角を手に入れるかが必要との事…
ユニコーンの角を手に入れられる方は誰なのか……聖人様は妹思いの方ですから、おそらく原作でも頑張ったのではないでしょうか。勿論、わっちの想像でしかありませんが…
ですが、それは同時にわっちに絶望を与える行為だったのかもしれません。優しい聖人様の事です…前世の記憶が無かろうと、きっと悔いた事でしょう。辺境伯領でわっちが果てたなら尚更…
けれど、この世界はそうならなかった。その理由、あるいは……いいえ。それは過ぎた妄想です。わっちにはそんな果てた記憶など存在しないのですから。




