第一話 やらかしの始まり
「うわぁぁぁぁぁぁ」
「いやぁぁぁぁ」
やっちまった…いや、階段から落ちたくらいで死んでないはずだ。
夜中、小便に行きたくなった俺は部屋を出てトイレへ向かおうとした。
通りかかった妹の部屋から不審な物音と「助けて」という小さな、でも確かな叫びを聞いた。
尿意なんて忘れて、妹の…ミュゼットの部屋に飛び込むと彼女を抱えて連れ出そうとする見慣れぬメイドを見つけた。
俺に見つかり、ミュゼットを抱えて部屋を飛び出したそいつは一目散に階下は逃げようと走り出した。
誘拐だとすぐ思い至った俺は、咄嗟に追いかけて飛び蹴りした。鍛えてて良かった足腰…ミュゼットも一緒に階段から落ちたけど。
幸い、ミュゼットは誘拐犯が庇う形で無傷。誘拐犯は全身打撲…俺、クソ親父に顔を殴られて全治10日。顔はやめろ、ボディーにしなボディー…
と殴られて前世とかを思い出した。道路に飛び出した子どもを助けてトラック転生した事とか色々…
その中で、ハマったアニメを思い出した。乙女ゲーム原作の「華の乙女と星の王子たち」というありきたりなタイトルの恋愛もの。
男爵家の養女であるヒロインが貴族学園に通って王子やその側近の公爵令息、宰相子息、騎士団長子息、商会子息と愛を育み婚約者から奪い幸せになるというものだ……略奪婚乙。
普通なら炎上待ったなしの低俗ストーリーだが、作画担当者が当時人気の有名神絵師。更に当時話題のアニメに出続けた人気声優たちを豪華ふんだんに使った強制神作…もしくは超駄作と揶揄された原作を、婚約者などのサブキャラを立たせて見れるアニメにしたアニメ化スタッフは褒めて良いと思う。
ただ、漫画化や小説化だけならまだしも、舞台化に映画化、果ては実写ドラマ化した無能は蔑んでいい。アプリゲームとコラボして攻略キャラに変な必殺技を付与した奴は処されていい。
そういえばと思い出す。さっき階段から落とした妹の名前はミュゼット・ルクシール・カノーラ…ミュゼット・ボルモアの真名であると。
あれ…ここ、その乙女ゲームの世界じゃね? 幼い頃に誘拐されて人身売買で男爵家に売られる妹の運命変えてしまったんじゃね?
「やっちまったぁぁぁぁ」
「遅いわっ!」
もう一発殴られた。解せぬ…
*
ミュゼットは体調を崩したが大事には至らず。偽メイドの犯人と手引きした連中は親父と二人の兄貴たちに拷問されて野に放たれた(意味深)
武も知恵も極めている親父と、類するくらいの長兄(16歳)と知恵に秀でた次兄(14歳)…後、出涸らし味噌っカスの俺(8歳)
それにミュゼット(2歳)である。母上はミュゼットを産んだ翌年に儚くなった。元々体が弱かったのに無理させすぎた所為だ。四人も産むから…クソ親父が悪い。欲望の管理くらいしとけ。何なら側室迎え入れとけ。
というわけで、俺ことアレクシールは捻くれている。が、妹に恨みがあるわけではない…むしろ記憶を思い出す前から可愛がっている。
「にいちゃま嫌い」
「そんな事言うなよ…」
故意ではないとはいえ、階段から突き落としたらそう言われるのは致し方ない。が、嫌いと言いつつ膝の上に乗ってくるミュゼット…なお、前世で最推しの人気女性声優担当。嫌いって言葉もご褒美である(我ながら気持ち悪い)
嫌われてもええねん。ストーリーでは子無しの男爵家に売られ、最初の内は可愛がられるもやる事やって諦めてなかったクソ夫婦に実子が産まれて手のひらクルーされて虐げられる生活になるくらいなら、順風満帆に辺境伯令嬢として育ってくれたら…という原作ブレイカーの申し開き。
母上の愛を知らずに育つのだ。脳筋のクソ親父と子育て無関心なクソ兄貴たちの分まで俺が愛情持って育てる…使用人の手も借りて。
目指すはストーリー回帰。但し、より幸せに、より明るい未来に。出来れば、他人の婚約者を奪うような略奪婚しないように…
その考えが大きな間違いであったと気付くのは後々になってからだった。




