シングルマザー。中小企業、サバイボー。
初めての作品です。最後までそっと読んでいただけましたら幸いです。
「1ヶ月に1回ぐらい、こうやって話をしない?」
コーヒーを奢るとしつこく言われ、言われた回数だけ断ったが、結局、空いている席に座ることになってしまった。
「俺、妻とうまくいってないんよ」
百均で買ったばかりのミニクリスマスツリーとサンタさんが入った、真っ白な愛想のないビニール袋を、くちゃくちゃとぶら下げた私の左横には、課長が浅く腰掛けている。
けたたましく過ぎたある平日の夜、19時30分。仕事後に立ち寄った百均ショップで、クリスマス用のお飾りを物色していた。自分のやたらに冷めきった心と正反対な、鮮やかで、明るい色で、丸くて、可愛い、飾り物たちは、なんでこんなに幸せそうなのか。
そんなこんなを思っていると、めったと鳴ることのない私の携帯が、ブルブルと身を震わせた。
課長からだ。大事な話があるから、今からすぐに、駅近くのショッピングセンターに来てほしいとの連絡だ。
以前に大揉めにもめた嫌な上司だったから、明日会社でお話をお伺いしますと断った。だけど、どうしても、としつこい。それに明日、断ったことが原因で、仕事に問題が生じるのも嫌だから、仕方なく行くことにしたのだ。
ショッピングセンター入口すぐにある喫茶店で、何の飲み物も注文せずに居座っているが、夜の客が少ないためか、大目に見てくれているのだろう。店員も何も言わない。
「俺、春田さんのことが好きなんだよね。」
「はい?」
「どうしても今日言っておきたくて。いつも気になって目で追っちゃうし、春田さんのことが思い出されて、寝られへんのよ」
「・・・。私のこと、めっちゃ嫌ってたじゃないですか。私みたいな人と結婚したら大変だよね、って皆の前でおっしゃてましだけど。」
「それが変わったと言うか。気になって気になって、好きになったことに気が付いたんよね」
「それは、私のことを異性として好きだということなんですか?」
「うん、そう」
まさか、夜な夜な一人で行うあの事に、私の幻影を利用していないことを願って、思わず苦笑した。
私とセックスがしたいのですか、と咄嗟に聞きそうになり、気持ち悪いのでやめた。
「月1回ぐらい、そこらへんで食事して、楽しく過ごそうよ」
「今、私と話してて楽しいんですか」
「うん、すごく楽しい」
私の一人娘は、私の帰りを今か今かと待っている。離婚してから数年、唯一の心のよりどころであろう私の帰りを、どんなに遅くなろうと寝ずに待っている。
このクリスマスのお飾りは、この小さな一人娘のために買った。
目の前にいるこいつが、私に白羽の矢を立てたのは、安易な思い込みがあるからだろう。
「月に1回、難しかったら、2ヶ月に1回、夕食とかいいやんな」
「おごってくれるんですか」
「もちろん、そこらへんの適当なところで。そんなに高くないし」
その”適当”な”高くない”食事が一人5000円としても、その後のことを期待するなら、風俗に行くよりかなりの安値だ。
すでに2時間経過している。うまくやり過ごさないと、明日からの出勤が辛くなる。
絶対に職を失うわけにはいかないのだ。娘が成人するまでは。
なんとか、なんとか、うまく乗り切れますように。ああ、神様。
隣の見知らぬ男性サラリーマンの片耳が、大きくこちらに傾き、まるで別の生き物のように、息を潜めてこちらを凝視している。
「・・・奥様を大事にしてあげてください。」
「みられても、あいつ、なんにも言ってこないから、大丈夫」
苦し紛れに放った言葉は、ひらひらと情けなく砕け散った。
「私はお食事だけであろうとできません。月に1回であろうと、半年に1回であろうと、できません。すみません」
このセリフを30分間、ロボットのように繰り返し、繰り返し、私の聖夜前の夜は終わった。
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