ラグナロクとループ世界
……まさかこんな話を聞くことになるとは思っていなかった。
犬人たちの外見の統一性のなさから、この世界にかつて高度な文明があったんじゃないか、っていう予想はなんとなくできたけど、多次元植民地帝国VS銀河竜文明の戦争とか……。
リュントくんは、どうにか話を理解しようと寄り目になって考え込んでいた。脳回路フル回転で、おでこに手をあてたら熱々になっていそうだ。
「それで、あなたたち竜族は犬人の帝国を解体して、文明がふたたび危険なレベルまで向上しないように監視をしているわけね」
まあ、だいたい理解できた――そのつもりだったのに、竜人の巫女アルシャエディリスは首を左右に振った。
「そんなに単純ではないぞ。戦争は3000年つづいたのじゃ」
「さん……ぜん……?」
「そうじゃ」
「なんで? 竜のほうが強かったんでしょ?」
「犬人とその隷下におかれていた各種族と、源竜や竜人を比べた場合はな。だがそれだけではなかった」
「第三勢力が介入してきたの?」
「犬人の背後に、高次の存在があったのじゃ」
アルのいうことは、よくわからなかった。当時の犬人社会は一部の支配階層と多くの被支配人種にわかれていて、さらに次元の壁をこじ開けたさきの世界の、さまざまな“人類”を犬人の下に組み込んでいた。そこまではわかる。
その上の存在?
「神じゃよ。階級社会を当然と考える、支配欲の強い、自らの眷属が多元宇宙に覇権を樹立することを望んだ犬の神。神による介入を前にしては、われら竜といえど力ではどうにもできなかった」
「……子供のケンカに親が出てきた、みたいな? あなたたちの神さまは? 竜の」
「われわの神はもうおらぬ。あるいはずっと寝ておる。頑健で世話の手間がかからぬ眷属を創造したというところからみるに、要するにわれらの神は面倒くさがりなんじゃ」
「……なるほど」
竜の神さまズボラ説は、なんとなく納得できた。水槽にアメリカザリガニを入れておく、夏休みの小学生みたいなものだ。お世話を2、3日サボっても死なずにいてくれて、観察記録をつけられる。アメリカザリガニが飼育禁止になって以降、最近の子がどうしてるのかは知らないけど。
しかし……そうなると、神さま不在の竜族は大ピンチではないか。神自らが出陣してきた、犬人の多次元帝国に組み込まれてしまう。なぜそうならなかったのか。
「いったい……だれがぼくたちを間違った道から救い出してくれたんですか?」
いままでずっと話を聞いているだけだったリュントくんが、ここで声をあげた。
かつての自分たちの文明の行いを間違いと断言できる、その道徳心はどこからきているのだろう。
リュントくん個人の生まれ持った徳か、グトウザさんやロクランさんの教育か、はたまた、外見の特質が遺伝しないのと同様、犬人の本能にあとから書き込まれた帝国主義への禁忌なのか。
……そういえばさっき、階級社会になることを防ぐため、両親とその子供のあいだに外見の特徴が遺伝しないように、犬人は自分たちを作り変えたのではないか、というわたしの仮説を、アルは肯定していた。
それなら、神により与えられ、本来の生態以上に増幅された、階級による支配関係を当然とする社会を作り変えたのもまた。
やっぱり、アルはリュントくんへ真摯な目を向け、こういった。
「犬人自身じゃよ。神との決別を選び、支配を手放すことを望んだ。犬人が進出し、手中に収めていたそれぞれの世界にも神は存在していたから、欲深い自分たちの神を抑えてもらえないか、助力を頼んで回ったのじゃ」
「それって、最初に次元の壁を超える方法を開発して、ほかの世界を支配することは間違いだったと後悔したひとたちがやったことね?」
わたしが訊ねると、アルはうなずく。
「そのとおりじゃ。しかし、犬人の支配階層は神と一体化して帝国の維持と拡大を押し進めていたから、叛逆はたやすい仕事ではなかった」
「レジスタンスの結実に3000年か」
「まあ、神といえども、自分の本拠地以外では無敵なだけじゃ。犬人の技術はあくまで次元の壁を越えることで、超光速移動手段はなかった。その神にも、自分の世界ではない個別宇宙の法則そのものを書き換えて、1万光年の距離を1日で踏破する、などということはできんから、われらは遅滞戦術を採るだけですんだがの」
それでも、3000年のあいだに竜たちは複数の星を失っただろう。たぶん、神というのはそう簡単には動かないはずだ。ちょっと声をかけるだけで行動してくれるなら、そもそも犬人の侵入を受けた世界の住民たちはやすやすと支配されなかった。
世界によっては、竜の神さまと同様、不在だったり、どうやっても起きてくれない神さましかいないこともあっただろうし。
……地球はどうなのかな。わたしの夢枕に立ったあの神さまは、地球担当なのかしら。
「あ……そういえば」
「どうしたんじゃ、チサト?」
「わたし、寝てるところで神さまに声かけられて、よくわかんないまんまこの世界にきて、街をふらふら歩いてるうちに、リュントくんのお父さんに、ほとんど誘拐同然に連れてこられたんだけど……。そのとき、ほかにもわたしのこと捕まえようとしてたっぽいひとたちがいたのよね。あのひとたち、なんなのかしら?」
父グトウザさんがわたしのことをほぼ誘拐していた、と聞いて、リュントくんの耳がぴくぅ!と反応した。
だいじょうぶ、怒ってはいないから。蒸気自動車の5人組が何者なのか気になるだけで。シカゴマフィア風ピットブルと浪人風ドーベルマンをふくめて、あの7人が無事でいればいいんだけど。
アルはさほど考えた様子もなく答えてくれた。
「それはおそらく、復古派じゃろうな」
「ふっこは?」
「現在の犬人の世界が、不自然であることに気づいておる者はすくなくない。見ようによっては、叛逆者と異世界人が結託して、神が与えたもうた犬人本来の姿をゆがめ、その力を封じ込めているともいえるわけじゃからな」
「それと、わたしをとっ捕まえることの関係って、なにかしら?」
「まず、地球人の役割について話をしようかの」
「……そういえばまだ聞いてなかった」
いくつもの世界にまたがる壮大な物語を聞いて、なんかわかった気になってたけど、肝心な部分がまだだった。わたしがこの世界にこなければならなかった理由を教えてもらわなきゃね。
「地球人の役目は、いってみれば、第三者としての立ち会いと執行じゃ」
「地球とこの世界って、一切関係ないんだ?」
犬人たちの顔が地球の犬種と特徴が似てるから、てっきり関わりがあるのかと。
「犬人の帝国に組み込まれていたことがなく、われら竜種とも関わりがない。利益相反のない立場から、現在の暫定措置を延長するか、廃するかの決定を見届け、証人となってもらう」
「……暫定措置?」
「文明を永劫に発展させず抑制しておくことが、ほんとうに正しいこととはいえないじゃろう」
あー、そういう。
犬人がふたたび次元超越技術を獲得しないように、竜種と、かつて犬人帝国に支配されていた世界の神々が、監視と管理をしているのは事実。でも、それを永久につづけるつもりはないのか。
「ある程度この星の文明が発展したら、それをリセットするっていうのを、これまでは繰り返していたってわけね?」
「100年に一度の祭儀は、犬人たちをあらたな世界へ導くものなのじゃ」
「あらたな世界……?」
「次元超越技術を開発する以前の段階で、犬人が恒星系全体を開発していたという話はしたじゃろう?」
「はいはい、そういえばいってたわね」
「100年ごとに、犬人たちはとなりの惑星へと移動する。ある程度の技術――手工業を脱し、機械産業が芽生えた時期の文明を持たされた状態で。100年間生活したら、またとなりの惑星へ移る。400年してまた犬人たちが戻ってくる前に、文明の痕跡を洗い流しておくわけじゃ」
……思ってたより大がかりな文明リセット方法だった!
「それを、これまで何回繰り返してきたの?」
「わらわが着任してからは今回が4度目、ちょうど惑星ひと巡りじゃ。被支配犬人の叛逆が奏功し、諸種族の神々によって犬の神が捕らえられ、終戦協定が結ばれてからは22回になる」
「2200年……」