雑に仕事振る神と、てきとーに安請け合いするわたし
100万人は考えたことがあるはずの「丶」付ける場所間違えてる大正ロマン。絶対あると思って、グーグルさまと小説を読もうの作品検索で「犬正」検索したけど、小説やコミック、ゲーム等は出てこなかった(R5/5/24時点)ので私がやります。
どこかに先行作品があると思うんですがねえ……
それは、週末まだ遠い火曜日の夜のこと――
あと3日も働きたくないよゴッド……と思いながら23:45に床に就いたわたしは、不思議なあたたかい光の中で意識を取り戻した。
あたり一面、やさしい乳白色の空間。わたしはパジャマのままお布団の中にいた。ていうか布団以外なにも残っていなかった。わたしの部屋は……?
「……なにこれ。どこここ?」
「はいどーも、こんにち……こんばんは、かな。いきなりごめんね、驚いたと思うけど」
まさか応答があるとは思わなかったので、びくぅ!となりながら振り向くと、とびきりの美少年なのか、美少女なのか、どっちなのかわからない、性別不詳の美人さんが立っていた。
「ど、どちらさまでしょうか……」
「細かい説明をすると長くなっちゃうから、大幅に省いて簡単にいうと、神です。あなたは犬飼ちさとさん、現在実家を離れてひとり暮らし中の社会人3年目、独身、彼氏いない歴イコール年齢、じつは犬を飼いたいけど経済的理由で保留中――そんなところで合ってますね?」
「な、なんなんですかいったい」
ひとの個人情報をペラペラと、失礼だな!
ていうか彼氏いない歴まではともかく、わんこ飼いたい願望まで知ってるとかどういうこと? だれにも話してないし、日記にも書いてなければSNSでつぶやいたことすらないのに。
「神ですから」
「ちょっと待ってください……まさかわたし、睡眠中に突然死したんですか!? そんな、健康診断は受けてますよ。どこも異常なしだって……」
顔から血の気が引いていくのを感じながらわたしがいうと、神さまとやらは、なだめるような顔で手をぱたぱたと振った。
「ああ、だいじょぶだいじょぶ、あなたはバリバリ健康です、ちさとさん。この先のアカシックレコード全部教えちゃうのは違反だから話せないけど、最初の曲がり角まででもまだ25年あるから。そうとうまずい選択しない限り、88歳までは健やかな予定です。選択間違えなければ、100まで理想的に歳を重ねていけますって」
「……それなら、いったいわたしになんのご用事でしょうか、神さま?」
わたしが一番最初に呈するべき疑問をようやく口にすると、神さまはにんまりと笑ってこういった。
「あなたにひとつ、世界を救ってもらいたくて」
「あい? そういうのって、それこそアカシックレコードの予定外で事故死しちゃった人とか、神さま側の手違いの犠牲者とか、本来死ななくてよかったはずの人に、補償としてチート授けるついでにやってもらうことなんじゃないんですか?」
「最近の日本居住者って、それいう人多いよね。こっちだって仕事でやってるんだし、そんなミスまみれザルザルな管理はしてませんって」
「じゃあ強制ですか? 人間は神の道具になるのが当然だと? それって、ミスのお詫びに第2の人生補償するから世界を救ってね、っていうのより横暴だと思いますが」
早口でまくし立てながらわたしが語気強く詰め寄ると、神さまはまあまあ、とばかりに両手を挙げた。
「落ち着いてちさとさん。あなたの魂には、当該世界に平穏をもたらすのに相応しい資質がある。当然ながら、召命に対する報酬もある。具体的になにがもらえるのかは、まだ話せませんけどね、これもアカシックレコード開示違反に該当するから」
「……わたしがこの依頼を断らないっていうのは、アカシックレコードに明記されてるってことですか」
「いいえ、多層連関宇宙は、決定論を法則としてはいません。とくに、自由意志を信じている人にとってはね。アカシックレコードには、当然ながらちさとさんが断った場合の未来も書き込まれている。未来の可能性っていうのは、事実上無限。確率が限りなくゼロに近い事象でも発生はしうるけど、完全にゼロであれば起こらない。例えば、いかなる物体、素粒子にも接触していないのに、いきなり地球がブラックホールに変わるとか」
小難しいことを並べ立てるやからは、なにかをごまかそうとしている……それがこれまであまり長いとはいえないながらも、人生を送ってきたわたしなりの教訓だけど、これ以上押し問答をしていてもラチがあかないのはたしかだった。
自宅で就寝したはずなのに、こうして謎空間に連れ込まれているのだ。すくなくとも、目の前の自称「神」は、いまのわたしよりははるかに優位な立場にいる。
「死んじゃうほどの危険はないってことで、いいんですね?」
「もちろん。当該世界でのできごとは、こちらの世界では一夜の夢の中のようなもの。あなたは明日、水曜日の朝にかならず自宅の布団で目を覚ます」
「……仮に、向こうの世界をわたしがものすごく気に入ってしまった場合、移住はできますか?」
「単純に戻らない選択は簡単だよ。その場合、あなたのご家族や友人は、大切なひとを急に失うことになるけど」
「あのへんあと腐れなく処理はしてもらえないんですか、神さまなんでしょう?」
「過去の既成事実にまで遡って事象改変を施し『犬飼ちさとは存在しなかった』と世界線を書き換えるのは、できればやりたくないですね。でも、報酬のオプションに加えるのはかまいませんよ。ミッションがうまくいった場合、あなたは予定されている本来の報酬を気に入るはずだから」
……どうにも、「こいつは安く使える」みたいな値踏みをされてるぽいところが気になったけど、わたしは神の口車に乗ることにした。
異世界に行けるというなら行ってやろうじゃん、なんて、しみったれな根性が出たのも事実である。
なんせ、最後に旅行らしい旅行したの、卒業記念旅行のときなものでして。以来3年、年末年始に実家帰る以外、泊まりがけで自宅を離れられたことが一度もない。
海外よりも遠いところへタダで行ける、考えようによっては、悪くない話じゃない?
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とくに方向感覚や上下感覚に変化もなく、わたしは「ぱっ」と大きな姿見の前に立っていた。
両手を伸ばしても壁までぎりぎり届かないけど、横になるには狭苦しい、服屋の試着室みたいな部屋だった。パーティションとカーテンではなく、しっかりとした壁とドアで囲まれているが。
全身像が収まる鏡はあるし、ほんとうに試着室なんじゃないかな。
『サイズは合わせてあるから、適当なものを着て。お代の心配は無用。そのさきは、あなたが必要だと感じたことをすればいい。健闘を祈る』
鏡に日本語で文字が浮かんだかと思うと、わたしが読んだはしから消えていく。
たぶん、神さまのメッセージだろう。ここからはナビもなしということなのか。それとも、困ったときにはこんなふうにヒントがもらえると期待していいのかな。
あらためて鏡で自分の姿を確認してみる。
さいわいというべきか残念ながらというべきか、どう見てもわたしだった。
異世界へやってきたといっても、肉体は生まれ持ってのわたし自身のままらしい。
身にまとっているのも就寝したときのパジャマで、たしかに着替えが必要だ。
足もとにいろいろと服の入ったカゴがあったので、狭い床に広げてみた。
……なんか、おおむねクラシック調だな。かわいいけど。
下着は、ちょっと野暮ったいデザインで厚手だけど、しっかりした縫製で生地は綿だった。ブラはワイヤーなし。わたしには問題ない。
矢絣模様の着物に海老茶の袴なんて、卒業式を思い出すすてきな組み合わせがあったけど、ひとりで着る自信がなかったので、襟が大きい若草色のブラウスに、サフラン色したフレア裾のボトムを選んだ。
うん、なかなかシャレてる。われながらいい感じ。
これは大きめのハット被ってブーツ履けば、竹下通り歩けるやつだ。
服を見分しながらひとつ気になったのは、スカートも袴もパンツも、うしろにスリットが入っていることだった。留められるけど。
着るとき、一瞬、どっちが前なのか迷った。なんのためについてるんだろう。
履物も、雪駄やぽっくりまで込みでいろいろあったけど、ふつうのローヒールのパンプスにした。ダッシュしなきゃいけない機会があるかもわからないからね。
服装を整え、さて行くかとドアノブに手をかけたら、開かない。……鍵がこっちからかかっているだけだった。ひねると、カチャッとあっさりロックの外れる音がする。
ドアを開けたところで、紅染めの振り袖に毛皮の襟巻きを回している、品がありつつゴージャスなコーデに身を包んだ――ボルゾイさんが出迎えてくれた。
……うん、ボルゾイ。犬種の。あきらか美人さんだけどボルゾイ。
「お客さま、とってもお似合いです! お気に召していただけましたようで、よろしゅうございました」
美人なボルゾイが手を敲って、すごい美声で、話しかけてくる。言葉が理解できるのは、べつに驚くまでもない。そのくらいは神さまがサービスしてくれてしかるべきこと。
自動翻訳が効いているにしろ、言葉を話しているのが、文字どおりに面長で、気品ある美貌のボルゾイなのは間違いないが。
ボトムのうしろにスリットが開いている理由はわかった。しっぽを出すためだったのね。
にしても神よ……わたしが「犬飼」姓だからって、発想が安直すぎやしません?
ここは二足歩行するお犬さまの世界か!
テキストはだいたいできあがってます。35000くらい。全10話前後を予定してます。