9.安心で危険
「お待ちください、兄上」
背後から投げかけられた声に、間宮=ジークは振り向く。
取り巻きを引き連れたアレクが、そこに立っていた。
「まずは、夢の花の勇者となられたこと、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
オートモードは発動しない。渋々間宮=ジークは自分で言葉を紡いだ。
「しかし、勘違いなさらぬように。夢の花の有無は王位継承にはまるで関係がございません」
「……そうだろうな」
「恐れながらアレク殿下。我が国の王位継承は出生順でございます。ジークハルト殿下が勇者であってもなくても、それは変わらぬということを改めて仰りたいのでしょうか」
アーノルドが進み出ると、侍従の一人が声を荒げた。
「黙れ、浮民ごときが。お前のような者がアレク殿下に声をかけることが許されると思っているのか!」
じろり、と侍従を横目で見ると、アーノルドは慇懃に礼をしてぷい、と横を向いた。
侍従がさらにわめき声を上げる。
「陛下は実力主義の方でいらっしゃる。今までの慣習などでその目を曇らせることはなかろうということもわからぬのか!」
どうやら、国王は弟の方を次代の王に選ぶと、そう言いたい訳か、と間宮=ジークは余所事に思う。
そういえば、設定では兄弟仲が悪かったはずだが、それが原因か。
「私のような浮民ごときに、そんな遠回しな言い方をされても理解いたしかねます。どういったことを言っておられるか、具体的に仰っていただけますか」
アーノルドの後ろ手に掌に収まるサイズの刃が握られているのを見て、間宮=ジークはひっ、と心中で声を上げた。
アーノルド。顔は笑っているが、目が全く笑っていない。
その目は、具体的に言ったが最後、それはお前の辞世の句になるぞ、と如実に言っている。
(いやいやいや。相手、王子の取り巻きだし、いっそお前、その王子ごと始末しようとしてないか? ついでに、それ俺の弟ってことだし!)
一触即発なアーノルドを制し、間宮=ジークはアレクに問いかけた。
「それで、一体何の用があって呼び止めたのだ」
「勇者稼業は王族の勤めでもありませんので、乙女や勇者の捜索に城から人数を避けるなどとはお思いにならないでください、ということですよ。彼らも国の資源ですから」
「……私は今さっき、陛下から国のために一刻も早く乙女と勇者を見つけるように仰せつかったばかりなのだがな」
「そうですね、ご自分のお力でぜひ明日にでも見つけてきてください。陛下もお喜びになられることでしょう」
優雅にマントを翻して去っていくアレクに、アーノルドが小さく舌打ちをした。
「……アーノルド」
「分かっております。人目につく所では無体は致しません」
刃を納めにっこりと笑うアーノルドに、間宮=ジークは背中に冷たいものが走った。
「人目につかない所でもやるな」
どうやら、思っていた以上にこの乙女ゲームの実体はきな臭いものらしい。
間宮=ジークは長椅子に寝そべっていた。
謁見の後に遅めの朝食を終え、溜まっていた執務をこなし、騎士団の訓練に参加し……。
(……きつい)
長椅子に横たわりながら、ジーク=間宮は弱音を吐く。
能力的にはこなせるゲームのご都合主義には感謝するが、どうやらジークも超人ではないらしく、まともに疲労するようだ。
ジークも人の子だったか、となんだか親近感が沸くと同時に、いや、この疲労感を外に見せずに王子様してるんか、と思うとさらに「本物」との距離感が開いた気もする間宮だった。
これでバレずにいられるのだろうか。
間宮は心配そうに伺うアーノルドを横目で見た。
アーノルド。浮民の子として生まれ、暗殺集団に拾われて育てられ、「捨て駒」として少年時代のジークの暗殺計画に使われる。ジークに傷を負わせることに成功するも、暗殺は失敗。捉えられ、処刑されかけたアーノルドはジークに救われる。以来、ジークに絶対の忠誠を捧げ、命をかけて仕えることとなった。
……とここまで分かっていても、それは所詮「設定」で読んだ「情報」に過ぎないんだよな、と間宮は唸る。
間宮の中にはジークが17年間生きてきたこの世界の記憶が欠片もなかった。
アーノルドと目が合うと、彼は目元を和らげ、にっこりと微笑む。
この微笑みも、「ジーク」に向けられたものである。
「ジーク以外はどうでもいい」というのがアーノルドの基本設定だ。
アレクに刃を向けようとしたことといい、根本は暗殺者時代と大差ないのだろう。
もし、自分が「本物のジークを消したもの」と判断された場合、どうなるのか……。結果は火を見るより明らかだ。
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