7.消えたヒーロー
鏡の中のジークが身をよじる。
「おい! ジーク!」
間宮は両手を姿見についてかじりつく。
鏡の中のジークは苦し気に息を吐きながら、間宮を見つめた。
『私の願い……。私の夢……。今度こそ、叶う……。愛しいセレス……』
「セレス?」
「……セレスティア嬢がどうしましたか?」
背後からかけられた声に、間宮ははっと振り返る。
そこには、着替えを用意してきたアーノルドが立っていた。
姿見にすがりつく間宮=ジークに首を傾げる。
「ご自分のお姿に見惚れておいでですか?」
はっと間宮が振り返ると、そこには途方に暮れた顔をしたジークハルトの皮を被った自分が立ち尽くしていた。
× × ×
鏡の中のジークはただの鏡像へと変わり、アーノルドに身支度をされる間宮=ジークをただ忠実に映している。
アーノルドに名字はない。ジークハルトより3つ年上の20歳。この国の人間にしてはやや体躯が大きいのは、異国の血が入っていることが関係している。普段は執事の仕事をしているが、その実態はジークの護衛官である。
……とオーディションの際に渡された設定資料に書いてあった。
王子様の身支度というのは、普通メイドさんがやるんじゃないのか?
多少のがっかり感を隠しながら、間宮=ジークは尋ねた。
「あー……。俺……いや、私は一体何の用意をされているんだ?」
「国王陛下への謁見の身支度でございます」
手は止めず、アーノルドは答える。
「国王陛下というと……」
「もちろん、フォン・クラウス三世陛下。ジークハルト殿下のお父上でいらっしゃいますよ。『夢の花』の勇者の降臨に、皆様浮き足だっていらっしゃいます」
「『夢の花』の勇者……。俺、いや私のことか……」
アーノルドは周囲をちらり、と伺うとジークの側で囁いた。
「教会や異端審問会も同席いたします。特に異端審問会のライブラにご注意くださいませ」
「ライブラ……」
間宮はふっと設定を思い出す。
この王国では建国以来何度か『魔王』が出現しており、その都度「夢の花」の『乙女』と『勇者』が現れ、それを倒してきている。
『魔王』は「闇に落ちた人間」から生まれるため そんな『魔王』の出現を予知・撲滅するために存在しているのが「異端審問会」だ。
「異端審問会」にはかつての『乙女』が残した「理の天秤」がある。
これは「正しさ」を計ることができるマジック・アイテムであり、この天秤で「異端」と計られた者への粛清が許されている。何かおかしなことが起きたと噂が立てば、真っ先に異端審問会が飛んでくる。それは「勇者誕生」についても同じ事だ。
「つまり、魔王がウィルスだとしたら、、異端審問会は魔王化の予防接種ワクチンみたいなものか……」
「……殿下のお言葉は、私のような下々の者には理解が及びませんが、勇者降臨のたびに教会が『理の天秤』を使ってその真偽を計るのが習わしでございます」
「つまりその『異端』が『勇者』なのか『魔王』なのか調べるというわけか」
アーノルドは控えめに眉をしかめると、言葉を続けた。
「現審問員のライブラは、歴代の審問員の中でも粛清数が多いと聞き及んでおります。先日も、伯爵様が許可されていない領地外への遊行中に現れたライブラに『理の天秤』を使われ、粛清されたとか」
「粛清って具体的には……」
「その場で切り殺されました」
「……」
「役割に定められた行動を逸脱していたというのが理由です。しかし、それだけで聖具が異端を示すとは思われず、あれはライブラが伯爵様の敵対勢力に金でも握らされたのでは、と目下の噂でございます。ですので」
アーノルドはシュルッ、と間宮=ジークの胸元に白いスカーフを結び、ポン、と全体を整える。
「”あの”弟君のアレク様も同席される場です。少しでも『らしくない』行動をとられますと、足元を掬われる恐れもございます。重々、ご注意くださいませ」
俺、今の状態でも立派な「異端」なんですけど!
と叫ぶ閑もなく、間宮=ジークは謁見の間で跪いていた。
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