5.声優転生
眩しさに一瞬目を瞑った間宮は、次の瞬間大きく目を見開いた。
ロココ調っぽい調度品や家具が並ぶ室内には、天蓋付きの大きなベッドが鎮座している。足元には歩けば弾んでしまいそうな毛足の長い絨毯。確かに防音性は高そうだが、どうひいき目に見ても新作ゲームの声優オーディション会場の風景でも、緊急病院の病室でもなかった。
そして、モニターだとばかり思っていたものは、巨大な姿見だった。
姿見には、寝間着姿で呆然と立ち尽くしているジークハルトと、それを心配げに見つめている執事服の男が映っていた。
「お前……、アーノルド?」
間宮は振り返って男を見た。
深い紺色の目と髪、褐色の肌をした長身の執事は、きょとん、と間宮を見つめている。
アーノルドもジークと同じく、ゲームの攻略キャラの一人だ。
「はい。ジークハルト殿下の忠実な僕、アーノルドでございます」
間宮の目の前で執事……アーノルドはなぜか少し得意げに一礼した。
「いや。確かにアーノルドにしか見えないけど、なんでゲームキャラのアーノルドが俺の前に立っているんだっていうことで……」
「は? ゲーム? それはいったい……おや。殿下! 手をどうされましたか!」
「手?」
執事服の男は間宮の足元に跪くと、間宮の右手をうやうやしく取る。
間宮の手の甲には、花のつぼみに似た紋章が浮かび上がっていた。
「あれ、これあのしおりの押し花の形……?」
「これは……『夢の花の紋章』!」
「へ?」
「素晴らしい!」
アーノルドは額に手を当てのけぞると、感極まった声を上げた。
「あの『予言』は、本物だったのですね!」
「いや、『あの予言』ってどの予言だよ。って、その前にここはいったい……」
「おめでとうございます、殿下!」
アーノルドは、喜びに満ちた顔で間宮を見上げた。
「ジークハルト殿下なら、きっと『夢の花』に選ばれると、このアーノルド、確信しておりました……!」
「夢の花って……。それゲームの中の最重要アイテムだし、俺はジークじゃない……」
「陛下にご報告申し上げて参ります!」
その一言を残し、アーノルドは一迅の風のように退室していった。
部屋に一人残された間宮は、呆然と目の前の姿見を見つめる。
姿見の中のジークハルトも間宮を見つめている。
間宮は姿見に映るジークに掌をあてる。
姿見の中のジークも同じように掌を重ねてきた。
「マジか……。本当に俺、ジークになっちまってるのか?」
瞬間、姿見の中のジークが怪訝な声をあげた。
『そういう君は、一体誰だ?』
乙女ゲーム『夢見る乙女と五人の勇者』は、勇者に眠る「夢の花」の力を引き出すことのできる少女(=主人公)が五人の勇者候補=攻略対象と恋をして、恋をして、そして最後にちょびっと世界の平和を賭けて魔王とバトルする、そんな乙女ゲームだ。
勇者の「花」は、主人公が彼らの中に眠る「本当の願い」を気づかせた時に開花する。5人分の「花」が集まり結晶化した「夢の花」は、「願い」を現実化する力を持っているため、主人公の「願い」によってゲームのクライマックスが「魔王討伐」と「恋愛成就」の二種に枝分かれするのも特徴だ。
「つまりここはゲーム『夢見る乙女と五人の勇者』の世界ってことなのか?」
鏡の中のジークとの対話から状況を読み取った間宮は、信じられない、と目を見開く。鏡の中のジークは眉間に皺を寄せた。
『その"ゲーム"というのが何かは分からないが、確かに私はこの国の第一王子ジークハルトであるし、君の言う『夢見る乙女と勇者の伝説』は我が国に伝えられている伝承だ。信じられないが、君の世界では、我々の世界は物語の中の世界なのだな』
「嘘だろ……」
さっきまで、炎の中で死にかけていたのだ。
そっと間宮は腕を撫でる。
さっきまで二宮が自分を掴んでいた腕の痛みさえ、まだ残っている。
しかしその腕を撫でる手は、自分のものとはあまりにもかけ離れている。
「俺は……死んだのか?」
次回は月曜6時、更新予定です。
お楽しみいただけましたら、嬉しいです。
「面白かった」「続きが読みたい」など感じていただけましたら、
広告下の「ポイント」で「★」~「★★★★★」で応援いただければ幸いです。
励みになります!
よろしくお願いいたします。m(_ _)m