3.本物のヒーロー
「それにしても、急なオーディションの連絡だった割には、人数きてんな」
「今から大物ゲームに参入できるとなれば、そりゃルーキーもベテランもかけつけてくるでしょ」
今回のオーディションの演目、乙女ゲーム『夢見る乙女と五人の勇者』はすでに何年も前に発表された新作ゲームだ。有名大手ゲーム会社が手掛ける一大プロジェクトとして業界で話題になったが、その壮大な企画故に制作期間が長期にわたり、様々な問題を巻き起こしていた。
「スタッフ間のトラブルにキャストのスキャンダル、降板に引退……。ああ、人生からの引退もあったっけ。あんたはそれでここにいるんだもんね」
意味ありげに覗き込んでくる二宮を無視して、男は台本をめくった。
「あんたがオーディションに来るなんて、珍しいじゃない」
「そうか? 今までたまたまお前と一緒にならなかっただけだろ」
「あ、ごめんごめん、あんたの役を僕が一緒に争えるわけはないよね。『代役専用声優』さん。仕事の方からあんたに頭下げてやってくるんだから、オーディションなんて無縁だよね。……あれぇ?」
わざとらしいオーバーリアクションの二宮に、男は胡乱な目を向ける。
「わざわざオーディションに来たってことは、大事な『遺産』のストックが、もう切れちゃったのかな?」
しなだれかかるように言う二宮に、男はむっと顔をしかめた。
その拍子に、台本に挟まれていたしおりが落ちる。
男が拾う前に、二宮がさっと取り上げた。
「なにこれ? 押し花?」
すかしの入った細長い白い紙には、五枚の花弁がついた花がプレスされている。
「あんた、こんな趣味、あったの?」
「別に俺が作ったわけじゃない」
男は二宮からしおりを取り上げた。
「一緒に送られてきたんだよ。オーディションの通知と」
「送られてきたって、誰から」
「……」
二宮の言葉を無視し、男はしおりを台本にはさみこんだ。
扉が開いてスタッフの男性が顔を覗かせる。
「では、オーディションを始めます。まず最初は、二宮優希さんと……、間宮為成さん。お願いします」
男……間宮が立ち上がる。周囲がざわめいた。
(え? 間宮為成って、あの藤倉瑛士・専用代役声優って呼ばれてる、あの?)
(藤倉瑛士さんって、去年亡くなったんだよね)
(じゃあ、さっき声が似てるって思ったのは、あながち間違いじゃなくて?)
(声が似ている上に、たった一人の弟子だっていうことで、代役独占してるんだろ?)
(え? 今日の男性キャラって、藤倉さんの代役になるんだよな?)
(二宮と間宮がいるんじゃ、このオーディション、もうデキレースみたいなもんじゃん)
「ああ、そうだ」
間宮はくるっと振り返って声の主を睨み、ニヤッ、と笑った。
「俺がジークになってやるよ」
不遜だが、朗々とした声に周囲のざわめきが止まる。
「あんたら、時間の無駄だから帰んな。藤倉瑛士の屍を食らって生きる、火事場泥棒声優様のお通りだ」
(なんだよ、あの態度。藤倉瑛士が残したキャラでしか仕事ないくせに)
背後で誰かがぼそっとつぶやいた。
間宮は振り返ってギロッと声の主を睨みつけた。 進み出る間宮に、嫌味を言った参加者が後退る。それに呼応したように、他の参加者も「モーゼの十戒」のように道を開けた。
その先の扉の前に、仏頂面の二宮が立っている。「それ、僕にも言ってんの?」
「お前はヒーローじゃなくて、ヒロインでもやってな、可愛い子ちゃん」
カッと頬を紅潮させる二宮を押しのけ、間宮は扉に右手をかけた。
「本当のジークになれるのは、俺だけだ」
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