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2.声優登場



     ×   ×   ×


 表参道の外れにある雑居ビル。


 コンクリート打ちっぱなしのデザイナーズ・マンションを思わせる建物の表玄関には「ヒルサイド青山スタジオ」の表札がかかっている。


 建物内にある待合室は、人でごった返していた。


 台本を読む者、必至の形相で掌に書いた「人」の文字を読む者。


 方法は異なれど、誰もが緊張を解そうとしているのは明らかだった。


 その時、扉の隙間から男がひょっこり顔を覗かせた。


 たまたまドア近くにいて何気なく視線を向けた女子大生風の参加者は、その顔を見て、はっと息を飲む。


 黒髪短髪でマスクをつけたその男の双眸はまるで南の海の水面のように煌めき、見る者の視線を吸い込んでしまうような引力を持っていた。


「ここ、『夢見る乙女と五人の勇者』の声優オーディション待合室かな」


 男の声に、女子大生風の女性はコクコクと頷く。頬が紅い。


「良かった。遅刻したかと思った」


 ほっとしたような男の声に、待合室中はざわめいた。


(イケメン声~!)


(え、藤倉瑛士にそっくりの王子様声なんですけど、誰?!) 


 ドアを開けて入ってきた男の姿に、女性陣のみならず、冷ややかな目でその風景を見ていた男性陣も息を止めた。


 男の風体が、なんというか「悪い意味で」予想外だったからである。


 身長は成人男性にしては低めの一六〇センチ程度。ずんぐりむっくりな身体でドタドタ歩く姿は、まるでアミューズメントパークのマスコットキャラのよう。しかも、メインどころのキャラではなく、「あれ、何のキャラだったっけ?」と首を傾げられる立ち位置風の。


 そんな「着ぐるみ男」は、清潔感はあるが全くファッションに興味がなさそうな綿シャツにジーンズのラフな格好で、バッグパックを背負っていた。


 空いている椅子に座ってマスクを外したその男の顔は、下に向かって丸みを帯びた下膨れのせいで、まるで……。


「よお! 部分イケメンの『茄子の王子様』! 今日もギャラリーの視線を独り占めじゃん!」


 石化した他の参加者の間を縫って現れた人物が、嫌味な口調で男に語りかけた。


 これもまた、男とは別の意味で人の視線を集める人物だった。


 青みがかったショートカット。すらりと延びた長身。品の良い小顔には、きらきら輝く、生命力を感じさせる大きな瞳と、小さく上を向いた可愛い鼻が整然と並ぶ。薄い形の良い唇が少し皮肉を帯びた笑みを浮かべている。女顔のイケメンにも見えるが、ボーイッシュな美人にも見える。 年齢は30代に見える男よりは遥かに若く、20代前半に思えた。


(ねえ……、あの人、二宮優紀じゃない?)


(え? あの男女二声・声優の?)


 男女二声声優・二宮優紀。


 成人男性の声と女性の声、全く違う性質の声を出せる声優。


 例えば、筋骨隆々なマッチョマンの声と、透けて消えてしまいそうな妖精女王。まるで違う人間が、それこそ男と女二人いるように演技ができる。


 二宮優紀の売りは、その独特な声質だった。


 周囲のざわめきに二宮は手を振ってみせる。


 女性陣は小さな歓声を挙げると、顔を真っ赤に染めた。


 その様子を尻目に「茄子の王子様」は、やれやれ、と肩で息を吐くと嫌そうに口を開いた。


「人目につくって点なら、お前の一人勝ちだよ」


「え? そのマスクはフリじゃないの? 取って『実はこんな顔でした~』ってところまでの。ツッコミ待ちなんでしょ?」


「突っ込まれてなんのトクがあんだよ。花粉症だよ、知ってんだろ」


 二宮のからかいをいなすと、男は鞄から台本を取り出した。


(二宮優紀が出るなら、俺らの出番なんかねえじゃん)


(え、ちょっと待ってよ。誰のオーディション受けに来たのよ。それによって、状況変わるんですけど!)


 周囲のざわめきに、男はぼそっとつぶやいた。


「……相変わらずざわめかれてんな」


「あんた程じゃないと思うけど?」


 二宮の言葉を無視し、男は室内を見渡した。


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