1.ヒーロー死亡
「セレスティア=オーディーン。第一王子、ジークハルト・フォン・クラウスの名において、今ここに婚約破棄を宣言する!」
白に近いプラチナブロンドの髪。マリンブルーの瞳をもった「王子様」ジークハルト=ジークは、目の前に呆然とたたずむ女性を睨み付け、はっきりと宣言した。
その直後、ドン、と大きな衝撃がジークの体を貫く。
続いて猛烈な傷みが胸を走る。
こみ上げるモノに手で口を押さえると、指の間から、ぼたぼたと赤い血が滴り落ちた。
「いやあー! 殿下ー!」
ジークの傍らに控えていた少女=アーリアの悲鳴のような叫び声が、豪奢な広間に響き渡った。
ドレスや正装に身を包んだ男女が、一斉にジークをを凝視し、息を呑んでいた。
ジークに、一人の女が抱き着いている。
腰まで届く銀糸のような髪は滝のように美しく背中を流れ、紫水晶のような瞳は長いまつ毛の下で欄々と燃えている。
見る者の目を捉えて離さない、冬の湖水のような、怜悧で気高い輝きを持つ美女。
その美女が持つ護身用の短剣が、ジークの胸を貫いているのだ。
ジークはその名前を口にする。
「セレス……」
「ええ、そうですわ」
美女はすさまじい笑顔をジークに向けた。
「私はオーディーン伯爵家の一人娘であり、貴方様、クラウス王国第一王子ジークハルト・フォン・クラウス殿下の婚約者であるセレスティア=オーディーンですとも!」
「おのれ、この魔女が!」
怒声と共に駆け寄った剣を手にした執事姿の男が、セレスを背後から袈裟懸けにする。
一瞬、けいれんしたように背を伸ばしたセレスは短剣を取り落とした。
そのまま糸が切れたマリオネットのように、仰向けに倒れていく。
その手をジークに延ばしながら。
ジークもセレスに手を伸ばす。
二人の指先が触れそうになった瞬間、更なる剣戟がセレスを切り裂く。
二人の指は触れることなく、セレスは床に倒れ伏した。
セレスの銀髪と白いドレスが、流れる血で紅く染まっていく。
その瞬間、ジークは唐突に思い出した。
この光景は、今まで何度も見た「最悪の結末」だということを。
そして自分が、この光景を避けようと、何度も、何度もあがいてきたことを。
(ああ、"また"こうなってしまうのか)
急激に体から力が抜け、ジークはその場に膝をついた。
ジークから流れた血が、倒れたセレスの血だまりに流れ込んでいく。
愛するセレス。
そのセレスに殺される自分。
一体何度、この悲劇を繰り返してきたのだろうか。
死んでは蘇り、蘇っては死に。一体今は何回目の「今日」を演じているのだろう。
(この悲劇の連鎖を止めることは出来ないのか)
ジークは歯がみした。
また自分は、全てを忘れて時を遡るのか。
(誰か……)
倒れたセレスを見つめながらジークは祈った。
(誰か、私の代わりにこの悲劇を止めてくれ)
『俺が、ジークになってやるよ』
唐突に、誰かの声が聞こえてきた。
とっさに声の主を振り返るが、すでに視界は霞み、周囲がぼんやりと薄れて見えている。
ジークは縋る思いで、その声に応えた。
「私の代わりに、この悲劇を終わらせてくれると……?」
『本当のジークになれるのは、俺だけだ』
「ああ……」
途切れそうな意識の中で、ジークは声の主に語りける。
「私の全てを……君に託そう。私を……セレスを助けてくれ……」
消えてゆく意識の中で、ジークが差し伸べたセレスとジークの血に塗れた手を、誰かが掴んだ。
薄れゆく意識の中で、ジークはまた時が遡っていくのを感じていた。
しかし、ジークはこの輪廻の中で初めて、希望を抱いてその流れに身を任せていた。
(”彼”ならば)
自分でありながら他人。他人でありながら、誰よりも自分を理解してくれている。
ジークは「今度こそ」「本当の願い」を告げられたたことを確信し、安堵の笑みを浮かべた。
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